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先斗町ぞめき 十四_f0347663_11422637.jpg
                    道楽橋があったとされる先斗町側

納涼床
 寛政十一年(1799)刊の『都林泉名勝図絵』を見ると鴨川の四條河原にて、多くの料理茶屋が行燈に名前を掲げ、酒や料理で涼を求める人をもてなす様子がうかがわれます。今のように鴨川東側に床が組まれたのは明治以後のようです。
現在は二条から五条までの禊川の上に初夏には床を並べます。先斗町のお茶屋で床をだすのは、初乃屋、大市、井ふみ、丹米など。

十五大明神 十五番路地には千社札で埋め尽くされた十五大明神があります。これは昭和五十三年に火事が起きた時、酒房「ますだ」の所でピタリと止まり、狸の置物が割れていたといいます。これはお狸様が身代わりになってくれたものに違いないと、ますだの名物お女将おさださんが祀ったものです。
以前はお賽銭を入れると、お神楽のような音楽がなり、おたかさん本人の声で運勢をうらなってくれました。この占いはおさださんの人生観が窺える大変魅力のあるものでしたが惜しいことに故障したままです。この装置が壊れたのは、私の記録によると2008年のことです。ますださんのお店のなかには常連であった司馬遼太郎の直筆の屏風があります。

道楽橋 かつて先斗町と川端通りを四条大橋のすぐ北で結んでいた橋。
『鴨川の景観は守られた』木村万平著、では先斗町の北100メートル(現在お地蔵さんがある場所)から川端にかけて菊水という鳥すき屋が大正時代に自費で建設したもので、人幅三人ほどの木製の橋で「菊水橋」というのが正式名だったとの事。実際この店主片岡金七が写した菊水橋の写真が載ります。昭和十年の鴨川の氾濫で流されたとあります。

ちなみに、この洪水では祇園芸妓によるねりものが中止になりましたが、先斗町では若い芸妓に紫、年配芸妓に薄鼠の揃いの衣装、帯も紅白の昼夜帯、履物も揃え、明治二十六年以来中断してした四十三年ぶりの復活ねりものを盛り上げようという話があったそうです。

一方『決定版先斗町のすべて』先斗町歌舞会監修によると、作家の杉田博明氏の文筆で、これは料亭「竹村家」が私費で差し架けたもの、泉鏡花の短編小説『笹色紅』に竹村橋が出ている、と言った紹介があり、さらに、昭和三年ごろこの橋がなくなったという証言が、画家田中善之助の『京ところどころ』に記されている、とも書かれています。

どちらも祇園と先斗町という京都の象徴的な二花街を結んでいたので道楽橋と呼ばれていたのは共通しています。最初は竹村家が架けたが流され、その後菊水が架けたとすればなんとか辻褄は合います。

上記『鴨川の景観は守られた』によりますと、この道楽橋復活の議論が突如1980年におきました。架橋の場所はオリジナルの道楽橋より北、四條大橋と三条大橋の真ん中辺り、先斗町公園のすぐ北が予定地で鴨川の東側は賛成、先斗町はおおむね反対でした。その後数年を経て京都市による架橋理由として1、東西の中心街の一本化 2、消防署の迅速な到着 3、親水空間の多様化が京都地域商業近代化地域計画報告書にあったそうですが、1の理由はともかくとして、2はこういった計画の大義名分を表明したもので、官側が提唱したもっともらしい言い分。3にいたっては何をいっているのか分かりません。

その後、1996年、フランスのシラク大統領が来日の際、「鴨川にポン・デ・ザールの理念を生かした橋を架けては」と提案してこの問題が再燃にましたが、景観を損なうものとして反対運動がおこり、市はこの計画を白紙撤回しました。

先斗町側でこの反対運動の中心となったのが料理店「山とみ」の女将さんでした。市が山とみの鴨川側の看板が美観地区の条例違反として一ヶ月以内に取り除くよう通達してくるなどのいやがらせに出たのにもめげず、一人で立ち上がるや、署名、カンパを募り、集会で訴え、勝利に結びつけました。

勝利集会で、平成のジャンヌ・ダルクと持上げられたとき、「ジャンヌ・ダルクやて、人を火あぶりにする気どすやろか」と返したそうです。
山とみは、もともと先斗町で五十年続いたお茶屋さんでした。

ポン・デ・ザールはセーヌにある橋で、ポンはフランス語で橋を意味し、ポンと発音しますが綴りはpontです。先斗とpontは全くの偶然とはいえ、先斗町の語源がいまだに謎ですのでなにか因縁のような物を感じます。




by gionchoubu | 2014-08-24 11:43 | 先斗町 | Comments(0)