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京都パンパン赤線時代 五十六

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昭和27年12月30日、京都新聞夕刊

『ゴルフ場に芽生える“悪”同僚の女を紅燈へ キャディーの無軌道ぶり』

洛北に観光日本株式会社京都ゴルフ場が出来たのは二十三年八月、当時京大演習場であった二十三万坪の林野を進駐軍の要請と援助開拓、十八ホール延六三五十ヤードにわたる一大ゴルフ場をつくりあげたものだが、このゴルフ場にも他のゴルフ場と同じような少年、少女のキャディーが働いている。

この少年達はお客のバッグをかつぎそのお供をしてプレーヤーの手足となり命じられるままに仕事を忠実に行なっているわけだが、これには相当な体力が必要であり、可成の重労働であるため収入も年の割に多い。

その大部分は貧しい家庭のアルバイトの手であり、役三百人の学生、生徒が働いているが、常勤で四、五千円、アルバイトで千五百円から二千五百円の月収がある。

少年としては多額の金銭をもらうわけであるから“もうけた金を自分で使うのが何故悪い”という考え方もあり、こうした傾向のキャディーたちが他の児童に及ぼす影響と一部悪質少年の補導は関係者の心を痛めている。

また体力によって働く能力も各クラスに別れアルバイトでA120円、B100円、C60円となっているため、その差額について微妙な問題がひそんでいる。

開場当時にくらべると少年達の犯罪も次第に減少の一途をたどっているが今年一年間でも善良なキャディーを脅迫、金品をまき上げたり、同僚の女キャディーを街路婦に紹介するなど悪質な犯罪も起った。

例えば去九月ごろ上京区上賀茂A(17)は同僚のH君(15)を脅迫して共犯B(16)と共に現金約五百円をまき上げ遊興費にあてていた。

また同じころ女キャディーK子(25)は同僚F子さん(22)をだまし東山区大和大路四条下ル某貸席業にあっせん、住込ませ醜行為をさせていた。

また反対に大部分の少年達は貧困な家庭を助けている感心な者もあり、加茂中三年C君らは、病弱な母親の面倒をみながらアルバイトでかせぎしかも学校でも優秀な成績をあげているといった模範成年である。

一般に地元の高、中高生が多く、洛北、立命高それぞれ五十人、加茂中五十人、その他は地元中学校卒業者でほとんど占めている。

客筋はいずれも会社重役や裕福な人達ばかりなので、正規の収入以外にチップをもらい自然金使いも荒くなったり、ゴルフボールを探している間に巧みに草むらなどに隠して後で探し出しお客様に安値に売つけるなどの犯罪もしばしば起り関係者を悩ませている。

区内育友会、婦人会などでも度々これらの問題がとり上げられ論議されているがゴルフの性質上キャディーを切離すことは不可能で一部の悪質な少年の行いを他の少年が見習わないように導かねばと消極ながら働き始めている。

会社側でも悪質者は登録取消による排除を行いキャディーの教養に係員が当り万全を尽している。

一方取締りの上鴨署でもゴルフ場でのプレーヤー対キャディーの関係は不可分なもので、悪質少年達に及ぼす影響などはある程度不可避だが防犯に努めている。




by gionchoubu | 2017-12-29 14:15 | パンパン、赤線 | Comments(0)

宮津 新浜ぞめき その三

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このドイツ人ケラーマンが明冶末ごろの宮津の芸者に関するくわしい記述を 『さっさ・よ・やっさ』 に残しています。もし、彼が日本人なら、当時の人にとって芸者に関する基礎事項は省略するはずですが、異国民として始めて接する風俗を、自国語で自国民に紹介する作業には、当たり前として触れない事も一から説明する必要があり、それが、私たちが到底知ることが出来ない、当時の宮津芸者の姿を鮮明に浮かび上がらせてくれるのです。

又、ケラーマンは著述家の資質として、冷静な分析で宮津花街を観察する一方、本人も書いておりますが宮津芸者に対する尊敬と愛情が、この一篇を読むものを、当時の新浜の紅燈が艶かしくゆれる世界へと誘うのです。

彼は芸者一般について「芸者は遊女よりも上の階級に立っているけど、一般から言って特に尊敬されているという訳にはゆかない。お茶屋に娘が出入りするやうになると、その娘は泥水に足を入れたと人から言われて、それを止めると泥水から足を洗ったと言われる。けれども結婚すれば、過去の生活はすっかり消えたように忘れられて、良人(おっと)の社会的地位をそのまゝ妻も持つことになる。これは芸者も遊女も同じ事である。」と、微妙なニュアンスに触れています。

彼の説明は舞妓以前の仕込みさんから始まり、まず、女の子が大体六歳でこの世界に入り、歩き方、座り方、物を差し出す事、挨拶そして花の活け方や、茶の立て方なども含めた行儀作法を習う、そして最初は太鼓の打ち方から入り、八歳になって三味線と踊りを練習始める事。

そして、同時に歌も習うが、一年で一番寒い「寒」を含む一ヶ月、まだ薄暗い早朝に、朝日の出るまで、声が潰れるまで毎日歌い、渋い声を得るという、厳しい練習法を紹介しています。

それから修行は鼓(読む人が想像出来るように、大きな砂時計の様な楽器と絶妙の説明があります)を始め、特別な才があれば、胡弓を習得し、最後に最も難しい琴に行き着く事。

ただし、女の子が不器用なら、茶屋の主人はその子を両親に返しますが、見込みがあると稽古を続けます。だから若い芸者は最初の二、三年は無報酬でお座敷を努め、お礼奉公に入るが、茶屋の主人は三年分として、両親にまとまった金を払う。基本的に芸者も遊女も貧しい家の出が多い事。

以上は、一般的な関西の芸所といわれた花街、特に祇園の風習に近いものですが、祇園と宮津の関係については、後ほど卑見を述べて見ます。

今回の最後はケラーマン(秦豊吉訳)による舞妓の店だしの様子の一文です。

「(舞妓に)付添って行くのは、茶屋の主人、女の上に日傘をさしかける下男、新しい踊り子の名刺を入れた小さい籠を持つ女中などである。その女の子は町の狭い通りをちょこちょこ歩いて行く。人々の微笑に見送られて行くその子は、王女のやうに着飾って、目を真直ぐに前の方へ向けて香水や白や漆の好い匂いを撒き散らして行く。茶屋の主人は旅館の主人の前にお辞儀をして、かう言ふ。おゝ、旦那様、失礼ですが亀の松を御紹介申上げます。まことに上手な踊り子でございます。どうぞ御贔屓くださいますよう私からお願ひ申上げます、と言ふ。」

店出し、舞妓という言葉は使われておりませんが、舞妓の店だしに違い有りません。


by gionchoubu | 2015-02-20 13:18 | 京都の花街・遊廓 | Comments(0)