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島原遊郭ぞめき 太夫道中1

島原遊郭ぞめき 太夫道中1_f0347663_12450549.jpg
   太夫道中、 戦前の手彩色による絵葉書

角屋十二代中川徳右衛門著『波娜婀娜女』(はなあやめ)では島原の重要行事であった太夫道中を「往古(むかし)は毎月二十一日に廓中の太夫の道中を行ひしものなれども、今は毎年四月二十一日にのみ之を行ふ。但し新しき太夫の店出しありたる日は、何時にても之を行ふことは、今も昔に変らず。総道中の順序は、造花を以て美しく飾りたる花車を多くの芸妓が異装して手に手に扇をかざしながら静かに曳き、其後より太夫は差しかけ傘にて、二人の禿を先に八文字を踏みつゝ、道筋を揚屋町まで練り歩行くなり。殿(しんがり)なるを『傘止』といひ、廓内最も全盛の太夫、之に与る」と、纏めておられます。

十代目の徳右衛門は芹沢鴨の狼藉の時代、十一代目の時、国鉄、丹波口駅を廓内に誘致しています、十三代目は多数の上方浮世絵を含む、多くの資料を収集された方で、現在の角屋は十五代目が引き継がれています。

八文字は八文字を描くように爪先を内側にまわして歩くことで、これを真似た吉原の花魁の外八文字と区別するため、「内八文字」ともいいます。

花車は“かしゃ”と読むと、京都の場合江戸期の島原、祗園などで、茶屋、料亭の女主人の事を指し、“はなぐるま”と呼べば、太夫道中で芸妓連が曳く車のことです。(前回の画像がそうです)

『京都遊廓見聞録』京を語る会、田中泰彦編によると、

「島原の太夫道中は、現在日本に遺された遊里研究上最も重要な行事の一つです。この行列は太夫道中として催されたのでありますが、実は江戸時代三百年間の女子の服装の移り変りの順序を見せようとするもので、着物の寸法、仕立、着ごなしから頭飾髪の結い方など細かく観察して頂ければ仲々に興味のあるものです。頭の差物、着ている着物、帯から履物にいたるまでほとんど全部が実物をそのまま使っています(ただし寛永時代は実物のものが使用にたえないため復原摸造の品を使用)。各時代の風俗とも当時の記録とその時代の画家の描いた絵を中心にして考証したものです。なお、行列に出てくる禿とは当時の女給仕ともいうべき少女で、新造とは太夫候補生、つまり若手の太夫のことです。」

同誌に集録された昭和二十二年の「島原太夫道中しるべ」によると、

一、 寛永・正保時代
二、 万治・寛文時代
三、 貞享・元禄時代
四、 享保・元文時代
五、 安永・天明時代
六、 文化・文政時代
七、 明治初期時代

の、各時代の行列があり(ひろ子、登美丸、梅千代などの名から見て、芸妓が太夫の格好をしたのでしょう)その後に現代として現役の薄雲太夫、如月太夫の名が並びます。

これは、毎年の太夫道中とは各時代の女人風俗を再現するものではなく、この昭和二十二年(あるいはその後あったかもしれませんが)の試みであったはずです。

太夫道中は四月二十一日に催されるのですが、昭和二十二年の「太夫道中しるべ」は十月十七日の日付けです。


by gionchoubu | 2016-07-19 12:48 | 島原遊郭 | Comments(0)

遊里におけるお歯黒 その五

遊里におけるお歯黒 その五_f0347663_14394748.jpg
                   右のお屋敷が若胡屋です。

若胡子屋の花魁、八重紫が、今日も一人のお大尽客に多額の金をもらってお歯黒を付けることになった。

廓の風習で大尽客は相手にお歯黒を付けさせて女房気取りにするのが誇りであり、そうさせなければ大尽客として持て囃されなかった。

花魁には何時もかしづいて用たししてくれる禿がいた。今日も、言葉優しく、

「花魁エー お歯黒つけなんせ」

と、言ってお歯黒壺を差し出した。それを受けとって羽根筆でつけたが、どうしたものか、其の日に限ってよく付かぬ。

外のお歯黒壺と取り返させたが、どうも思うように黒く染まらぬ。金の威光で客はしきりに催促する。

花魁も気が気でなく苛立ち、疳は高ぶり、雪かとまがう厚化粧の顔には、青い筋さえ浮かんできた。

火鉢の側で様子を見ていた可愛い禿は、小さい胸を詰まらせ、目からは涙の露さえ光って、不安におびえ震えていた。

「エーイ 口惜しい!」

と、絹を裂くような声、煮えたぎったお歯黒は禿の口へ注ぎ込まれた。

禿は忽ち虚空をつかんで悶え、食いしばった唇の間から、お歯黒混じりの黒血が流れ、恐ろしい形相で事切れた。

それから花魁八重紫は良心の呵責に責められてか、禿の恨みか、鏡を見る度に禿の姿が映り、

「モーシ花魁え、お歯黒付けなんせ」

と、其の声に幾度か気を失った事か、流石に今全盛の八重紫も、若胡子屋にいたたまれず前非を悔い、死んだ禿の回向を思い出し、四国八十八ヶ所廻りを発心し、今治まで渡った時、

「此処から一人で行きなんせ。」

と言って禿の姿は再び現れなくなった。

若胡子屋は今、御手洗会館となり、古びた壁に、禿が苦悶して吐いた黒血の痕が残っている。

その後幾度か塗り替えたても、いつの間にか黒血が浮かび上がってくると言います。

参照:前回と今回は『串茶屋 遊女を偲ぶ6』遊女の墓保存会(非売品)の港町と遊女屋を参照させて頂きました。今回の話はほぼ転載させて頂いております。

*江戸期、遊女がお歯黒をした理由は太線の内容によるものと思います。

遊里におけるお歯黒 その五_f0347663_14410636.jpg
                若胡子屋の一階です。奥に見えるのは色籠だと思います。










by gionchoubu | 2015-03-10 14:42 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)