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盆屋からラブホテルまで 前編

盆屋からラブホテルまで 前編_f0347663_14240099.jpg
『洛中洛外図、町田本』で客を引く女、一種の立君、四条西洞院下がる辺り?

享和二年(1802)、滝沢馬琴の『羇旅漫録』の総嫁の項に「総嫁は二条より七条までのかはらへいづる。河原にむしろかこひしてこゝのて夜合す。」とあります。

総嫁は路傍に立って客を引く女で、室町時代では立君と呼ばれ、古歌に「宵の間はえりあまさるる立君の、五条わたりの月ひとり見る」があります。

又、『見た京物語』に「京の立君、声をたてて呼ぶなし。皆鼠啼なり」、つまり女が客をひくとき「もしもし」と声をかける代わりに、鼠の啼く声を真似て客の注意をひいたものです。

この総嫁は主に京都、大阪で使われ、江戸では一般に夜鷹と呼ばれました。その他これらの女は、辻君、夜発(やほち)と、時代により名を替えたものの、下等私娼に変り有りません。

さて、江戸、大阪では夜鷹、京都、大阪では総嫁と呼ばれたように、男女密会の場所も江戸では出会茶屋、京都、大阪では盆屋といいました。この盆屋の発祥は壬生の盆茶屋にあるという説もあるものの、

この盆屋は、一般の男女の密会の場所以外、プロの女性が、それを買う男と入る場所としての利用がありました。

この盆屋にかんする記述は滅多に見られないものの、昭和二十六年発行『大阪弁』みなみ特集で宇野浩二氏が「暗い町(芝居裏とぼんや町のこと)」に記述があります。これは大正九年発行の『夜の京阪』から抜粋された氏の思い出話なので、明治の後半の話と思われます

大阪には、いわゆる盆屋街というものがあり、どこも同じ格子造りの家が並び、家毎に四角な行燈が入口の脇に掛かり、金釘流の女文字で屋号が記されていました。

さらに入口には浅黄色の暖簾が掛かり、その奥のたたきから階段で、店の人と顔を合わせることなく二階の部屋に上がれるので、人を憚る男女の密会には最適、というより明らかにその目的で造られたものでしょう。

盆屋の由来は、二階の部屋毎に小さな盆が置いてあり、人々は銭をその盆に居れ、全く家人と顔を合わすことなく、利用が出来たのが由来と云われています。

場所は書かれていません。「私の町の方から千日前に行く前の辺を横町におれて、成るべく電燈や瓦斯の灯の少ない所」ということです。

南地五花街のすぐ東、日本橋の向こう側に、ラブホ街があります。繁華街から遠からず、近からず、私はそこが嘗てのその盆屋街に思えて仕方ないのです。


by gionchoubu | 2016-10-12 14:24 | 私娼 | Comments(0)

茶屋の種類 後編


茶屋の種類 後編_f0347663_17431879.jpg

                                 鳥羽 待合 津の国

かつて案内茶屋というのが有りまして、ここでは花魁のいる妓楼とお客をとりもつ役目を持ちました。

編笠茶屋 江戸では、吉原が火事になり、遊女屋が市中で仮宅営業をした時、顔を出すのを躊躇う武家に編み笠を貸す茶屋が出現しました。田町に多く存在していました。京の島原にも有りました。大阪には編笠茶屋という名の遊所が曽根崎新地と接していました。

引手茶屋 明冶以降に一流の大店への案内所の役目を帯び、客は引き手茶屋に芸妓を呼んで景気づけをしてから置屋から送り込まれた娼妓のいる貸し座敷に繰り出しました。この引き手茶屋のみで遊び、遊女と遊ばないのが通とされました。引き手茶屋から入った客が貸し座敷で浪費した金は全部引手茶屋に付けられました。

その他、案内茶屋系に切手茶屋送り茶屋なども有りました。

待合というのは待合茶屋の略で、所謂、席貸し業種として、女将が料理屋か料理を運ばせ、置屋から芸妓を呼ぶので、関西でいう本茶屋と同じ意味合いです。非常に機密性が高いので、待合政治などという言葉も生まれました。

盆茶屋 京都の壬生寺の地蔵堂の近くに在った「盆茶屋」から転化しました。後、店の人と顔を合わせることなく、逢瀬を楽しむことが出来た、大阪、京都に数多く在った盆屋になりました。ファッションホテルの元祖とも言えます。江戸では出会茶屋といい素人の逢引に利用されました。座敷に盆が置いてあり、客は其の中にお金を入れると忍び足で出て行くので盆屋の名前の説が有力です。

泊り茶屋 江戸時代、旅籠での遊女渡世は非合法でしたが、日本全国に蔓延していました。大阪では江戸末期に、道頓堀、曽根崎新地、新堀でこれを合法とし、泊り茶屋と名乗らせました。

その他色茶屋系には曰茶屋、曖昧茶屋、猫茶屋、茶屋小屋、転び茶屋、わけ茶屋、だるま茶屋、転び茶屋、前出茶屋があり、男色にはかげま茶屋が使われました。

基本茶屋はお抱え芸妓や遊女は置かず、置屋から妓を呼ぶので、揚屋と形態は同じで、明冶以降、貸座敷と呼ばれた時代が長く続きました。
貸し座敷については以前述べました。

参照:廓の生活 中野栄三著、



by gionchoubu | 2015-03-29 17:55 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)