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遊廓、花街の類形 その十

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鉱山型 佐渡の金山を頭に描くと、暗い坑道で命がけで金を掘る罪人達ぐらいの刷り込まれたイメージしか湧かないのが普通だと思うのですが、坑道を出て暫らく歩けば、我々が想像していなかった世界が展開されていたのです。

『慶長年録』(1603)に「佐渡の国に金山繁昌して京・江戸にも御座なき程の遊山見物、遊女等充満す。国々より来る金穿、町人等かようの遊興にふり、元手を失ひ候て悉く疲れ、国元へ帰る事なき者数をしらず」

集まったのは金穿、町人だけでなく、遊女化した熊野比丘尼、六条三筋時代の遊女歌舞伎、さらに世阿弥が流された所以もあって能演も盛んに行なわれました。

『慶長見聞録安紙』によれば、慶長八年の春から女歌舞伎が諸国へ下り、出雲阿国も最初佐渡に渡ってから京都で歴史的な上演をしたことになっています。

もう一つ『慶長見聞集』に、京都の六条三筋の廓を拠点として、遊女歌舞伎の有力な主催者であった佐渡島某、さらに同時期遊女歌舞伎の男舞歌舞伎の大スター佐渡島正吉という遊女、さらに大阪の新町開廓に手を貸した佐渡島与平、新町には吾妻太夫を出した佐渡島屋や新町の一角を占めた佐渡島町、さらに京舞の源流に佐渡島流という流派も見え隠れし、これらは佐渡と京・大阪を結んだ糸が存在した事を如実に物語っています。

佐渡の鉱山は当初、鶴子銀山が主で、遊里も山先町と柄杓町に開かれました。藤本箕山の『色道大鑑』に、諸国二十五箇所の公許の遊里として、江戸の三谷、京都の島原、大阪の新町とならんで、佐渡国鮎川山崎町と紹介されているのはこの為です。

山先町の遊女町は、享保二年(1717)に町の北端、海岸近くの水金町に移転し、昭和の時代まで存続しました。佐渡には江戸時代に、廻船商人によって栄えた、港型の小木町遊里もありました。

銀山に栄えた遊里に、秋田県雄勝町の院内があります。遊廓設置が認められたのは元和三年(1617)で吉原より早いのですが、なぜか『色道大鏡』から外れています。万治三年(1660)『院内銀山記後編』にその成り立ちを「当山繁栄のあまりにや、遊女白拍子の下り始ては慶長十三年の秋の頃、始て京都より五人下りしが、是を始として聞及聞伝へ、毎年ここ三ケの津より美目すぐれたる遊女歌伎の輩下り集りける程に、当山あら町といふ処に傾城白拍子夜発の輩二百余人ぞ徘徊す」

さらに「其内に過半は太夫と号し、諸芸世の常の白拍子にすぐれ、琴、三味線、浄瑠璃にうたはいふに及ばず、連歌、俳諧、謡、鼓に至るまで達したるもの共なり」とここでも高級遊女ぶりと、色濃い京都のつながりを感ずる事ができます。

鉱山型としてもうひとつ、銅山の発掘以後出来た栃木県足尾遊廓も好景気時代は豪遊を極めた町として挙げなければいけません。

鉱山型に金山、銀山、銅山ばかりでなく、明治に出来たものに筑豊炭田と共に発展した、炭鉱型として福岡県直方二字町の遊郭があり、当初私娼中心の溝堀花街として炭鉱労働者を相手にしていましたが、明治四十一年、二字町遊郭として公許になりました。

参照:佐渡金山、磯部欣三・江戸遊里盛衰記、渡辺憲司


by gionchoubu | 2014-11-19 15:43 | 遊廓、花街の類形 | Comments(0)