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先斗町ぞめき 七

先斗町ぞめき 七_f0347663_12581488.jpg
明治十一年に出版された大西亀太郎の『都の花競』(京都市立右京図書館所蔵)は京都の花街の芸娼妓の住所、年齢、本名まで載った名簿で、これにより当時の先斗町の芸妓、舞妓、義太夫芸妓、娼妓数を町別に記すと

下樵木町 芸妓29人 舞妓9人 義太夫芸妓2人
橋下町  芸妓2人  舞妓1人         娼妓1人
若松町  芸妓8人  舞妓2人 
梅の木町 芸妓3人  舞妓2人 義太夫芸妓2人
松本町  芸妓5人       義太夫芸妓2人 娼妓8人
栢屋町  芸妓1人
材木町  芸妓6人  舞妓2人 義太夫芸妓1人 娼妓1人
鍋屋町  芸妓6人       義太夫芸妓4人 娼妓3人

合計芸妓60人、舞妓16人、義太夫芸妓11人、娼妓13人
芸妓、舞妓、義太夫芸妓の合計は娼妓数をはるかに凌ぎ、先斗町が芸妓本位の花街であった事を如実に物語っています。
年齢でいうと舞妓が十三歳~十九歳、芸妓は二十台前半が多いものの十四歳での芸妓もいました。義太夫芸妓はその三味線の形態から太幹とも呼ばれ、浄瑠璃を座敷で演じるのを専門にしたお姐さん達で、祇園でも大連と呼ばれ非常に発言権をもったといいますが、戦後、義太夫自体が下火となり、昭和四十年台後半より京都でも殆ど見かけなくなりました。宮川町や大坂の堀江は美人義太夫芸妓で名を馳せました。

明治十五年には芸妓の数も余ほど増えたと見え、鴨川踊りも前年より出番一組増やして五組にしました。

明治十九年布令にて五業取規則を発布されたのを期に四条下がるの斉藤町が先斗町よりはずされ、橋下、若松、梅木、松本、柏屋、材木、樵木、鍋屋の八町が先斗町区域になり、先斗町の組合制度は取締一名、福取締一名、事務掛四名、筆生二名、用使二名、検徴隠婆役一名、同助役一名、線香番二名、帳合一名、用使六人の組織になりました。ここで言う五業というのは貸座敷、尾形小方、引手茶屋、紹介人、娼妓の事です。

鴨川踊りは明治十七年より明治二十七年まで休止しますが、これは経済不況が影響したもので、収支の賞も出ないのに、雨が降っても会場の鳥須沙摩の図子までかよわねばならぬ、出演者より散々小言が出たのが大きいようです。

明治二十八年刊『京都土産』によると、この年の先斗町には貸座敷132、芸妓139人、娼妓56人、屋形27軒、引手茶屋五軒、著名貸座敷として岡千賀、藤村屋、梶亭など16軒、名妓として村岸小岸、桐村市福、碓井すて等29人を揚げています。屋形は置屋、引手茶屋は一般に妓楼に行く前に芸妓を呼んで遊ぶ所です。




by gionchoubu | 2014-08-10 12:59 | 先斗町 | Comments(0)