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大津、八丁、四の宮、真町遊郭  その二

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                  かつての真町、お茶屋風の建物

『艶本紀行 東海道五十三次』で林美一氏は四の宮は明治維新後公許の遊廓となり、二十一年に滋賀県庁の移転のため、近くに遊廓のあるのは面白くないと十八年に端っこの真町に移転した、そして昭和四十七、八年ころに大津駅前に三十メートル道路が完成するまでは、四の宮町のほうに清水屋・木村屋などの大きな茶屋造りの建物が残っていた、と書かれています。「


四の宮遊廓が新設の真町に移ったのでしょうか?


ところが、明治六年二月県下の他の遊郭とあわせ納める税金で上等=大津四ノ宮町、真町 賦金一カ月金二円という資料があります。

さらに、明治十二年の滋賀県租税便覧に、真町は上等免許地として柴屋町(馬場町)と四宮町と名を連ねており、両遊廓は同時に存在しております。

真相は大正四年、中村紅雨著『大津名勝案内』にありました。

真町遊廓は「明治の初年に設置し、滋賀県丁の新設に際し四宮遊廓所へ移転合併せり」と記されているので、この二遊廓は暫らく共存しており、明治初年より十八年に大津には柴屋町、甚七町、真町、四宮の四箇所、明治の五年くらいまでは八丁も残っていた可能性大なので、最大大津には五遊廓がぞんざいした可能性もあります。

明治、大正、昭和の三代に渡って柴屋町で“英吉ねえさん”として名妓の誉れ高い芸妓さんは日日新聞で「四ノ宮の郭にもよい妓がいましたァ。県庁ができて、柴屋町に移ってきやはりました」と回顧していました。


明治三十九年真町に貸座敷十六軒、芸妓三十三人、娼妓七人とあり芸妓本位の花街だったことが分かります。

昭和五年『全国遊廓案内』では妓楼は十五、六軒、娼妓は約四十名で娼妓は送り込み制。御定りは時間制又は仕切制(何時から何時までと仕切る)、一時間遊びが一円二十銭位、一泊が四、五円位で台の物は付かない、廻しは全くとらないので比較的のんびりできるとの事です。

『公娼と私娼』内務省警保局によると昭和五年六月に真町に貸座敷は十五ありました。

ちなみに同書で当時の滋賀県の娼妓事情を見てみると、

当時の滋賀県の娼妓数212人のうち一番出身の多いのが京都府の80人で38%を占めます。次が大阪出身の32人で15%、滋賀県出身の29人で14%つづいて三重県の十二人で6%、この4府県で72%を占めました。

また年齢は20歳から25歳までがもっとも多く66%がこの年代です。

滋賀県の娼妓の公休日は月一回とほとんどの府県と同じです。

公休日の設定は県単位が多く、月一回が殆どで、ごくまれに月二回の所があり、一番多いのが山形県で年三十日以内を自由に休業さす・・・とありますが多分実際はそんなに休んでなかったでしょう。

中には、青森県の十七箇所の内十箇所や長崎県、長野県や福井県の一部のように娼妓の休日年間ゼロというところもありました。

その理由として宮城県のところに「娼妓一般の意識としては、休日により収入の減少することを嫌い、其の実施を歓迎しないようである。」と有りました。




by gionchoubu | 2018-08-01 14:57 | 亡くなった滋賀の遊郭 | Comments(0)