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東山名所踊り


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                    祇園ねりもので官女姿の江良加世

それでは明治七年の東山名所踊の開催がどのような手続きで開催されたか見てみます。

まず明治七年三月二十五日、(京都)博覧会社に、月見町貸席の平井しけ、より舞芸興行御願所が博覧会社にだされ、四月十四日に京都府知事、長谷信篤に御届書がだされています。

「度旨去ル三月廿五日御願奉申上候処御聞届ニ相成り候ニ付就而者来ル五月三日より相始昼午分四時夜十時限日数二十日之間同廿二日迄興行仕度候ニ則左之場所江建札仕候間何卒御許容被為成下候ハヽ難在可奉存候 以上」

その立札の許可を求めた場所が、堺町御門前、寺町御門前、中立売御門前、三条大橋前、四条小橋前、五条大橋詰、八坂石段下で、この頃の賑やかな場所が分かります。

興行場所は安井前、平野御家席となります。

幸いこの年の東山名所踊は好評だったようで、最終日の五月二十二日に六月三日まで興行の延長の願い(東山名所踊日延御願)がだされています。

この時の博覧会総代の二人の内一人が三井源右衛門となっています。三井源右衛門は、当時美貌で名を馳せた祇園の芸妓江良加代を射止めた人物です。

お佳代の最初に旦那になったのが明治の元勲の一人井上馨、三井源右衛門は第二の旦那でした。ちなみに第三の旦那は大阪の豪商藤田伝三郎、第四の旦那が高鍋藩主秋月長門守の長子秋月種繁・・・蒼々たるメンバーです。

結局加代は源右衛門に落籍され古門前縄手東入ルの妾宅から東京の三井の控家で過ごしたあと京都に戻り大正九年に病死、三井家から立派な葬式をだしてもらっています、

さて、明治七年の東山名所踊りに戻れば、五月三十一日、さらに六月三日までの再延長願いを京都府知事に出しています。

その後、明治八年、十年、十一年、十二年、にも東山名所踊興行之義ニ付御願が出されていますのでこれらの年にも開催されていたことが分かります。

明治八年の分を見ると、踊り手は下河原町、鷲尾町、上弁天町、月見町、清井町合わせた山根子芸妓が十七人、三味線が同じく九人。その他鳴り物や三味線など数人は祇園などから応援に入った形です。

この年のプログラムは、部屋見舞、山姥、娘小町、子持山姥、面うり、信の、樽拾い(実はでつち)、七福神茶摘遊、三番叟、達奴、二人万歳、嵐山、花車、兼道、艶容対之染模様(実はお染久松)、妹背山道行、さらし、相模海土、朝戸出、ましら、朝妻、玉取海士、彌生達遊山(実ハおなつ)咲揃ふ、千代の梅香(実はわん久)でした。

ちなみに明治十年、十一年、十二年に力彌がかけられています。下河原町に純日本旅館力彌さんがありますが、あるいは関連あるかもしれません。

惣(総)踊東山名所踊唱歌

名も高尾 我が罪栂尾までの紅葉げに 通天の橋からみれば 人目も知らぬ男なら うらみも恋もあるまいものを なまぜ近江の水鏡 写して見れば水底は かたい堅田の石山に きつふ乗たりわしゃ乗せられて おもいすごしはわれ唐崎の 一つ前帯しどけなきふりよ たとい粟津と三井寺の鐘ではおもいいる 先の矢橋の風に 比良のゝ雪のくれ√うんらが在所の在所の畝道づたいすべらき申さずやわやわござれじまんするじゃないが穂に穂がさいて野づらの見事さ娘もお婆も赤根いらめいめいに重の染模様子妻ちよきりきりりゝしくかゝげ物見ゆ遊さんは船でこい駕でこいおうがってんじゃ榮よう栄がしつくし申し目出たき御代の印かや所賑ふ春の花幾千代かけて目出たけれ  



by gionchoubu | 2016-04-06 14:52 | 京都の花街・遊廓 | Comments(0)

遊廓、花街の類形 その十一

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                京都府 綾部 月見町は花街の風情をよく残します
城下町の花街・遊郭の成立過程はさまざまで、江戸の吉原や大阪の新町は前も述べたようにC 人目につくところから隔離を目的としたもので、幕府の意向に添い出来上がりました。

ただし大阪でも、新町以前に幕府でなく大阪城代が許可した今の道頓堀、ちょうど松竹座の裏あたりにあったとされる下灘波領の遊里は、その後非合法遊里としての起源を持つ島之内や北之新地と同じくBの人を集めようとした処に入るはずです。

もう一つの大都市、名古屋の築城の際できた飛田町の遊郭はA の人が集まる所に設置されたものの、その役目が終わると廃止の憂き目を見たのですが、異端の殿様宗春が七代目尾張藩主として赴任すると、西小路さらには富士見原、町に遊郭を新設しました。これは経済活性の目的でBにはいります。尤もこの試みは宗春失脚のため十年持たず、以後名古屋市中心には明治まで遊所というものが有りませんでした。

宗春が異端だった事で浮かび上がるように、江戸幕府は、特に元禄の奢移時代の反動で、以後極端な倹約令を引き、遊郭や芝居などは目の敵といった具合であり、城下に城代公認の遊里は中々持てなかった筈です。

ですから東海道を通る、浜松、吉田(豊橋)、岡崎などの城下町にあった遊里は非合法であり、宿場型として飯炊き女の名目で遊女を置いたものです。

江戸から離れた金沢の東廓は外様の加賀藩が散らばっていた茶屋を集めて公認したものですが、文政三年(1820)設置となれば江戸時代の終盤ですし、彦根の袋も藩政時代には無く、明治になって幕府の箍が外れて開業したものです。

ただ私としては、龍野、赤穂などの小城下町型花街といった類型は可能だと思いますので今後の課題としたいと思っています。

企業城下町型として、一つの企業が独占に近い形で遊郭、花街を支えていた類型が成立するかもしれません。

綾部の月見町の花街と、この町に大きな影響をもつ婦人衣料メーカー、半田市の花街と上客であった大手醤油メーカー、小松市にかつて存在した、特定の企業と従業員御用達の様な遊郭といった具合ですが、こちらも現在資料集めの段階です。




by gionchoubu | 2014-11-21 11:52 | 遊廓、花街の類形 | Comments(0)