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島原遊郭ぞめき 七不思議

島原遊郭ぞめき 七不思議_f0347663_10344491.jpg
                        きんせ旅館

「六條ならびに中道(堂)寺傾城町、いつかたへ成とも見計、町はつれへ出し可申候。面むきの家、結構に仕まし由可申付事」『日本花街史』でも『京都の地名』でも板倉所司代が幕府の意向として寛永七年(移転の十年前)にすでに傾城町移転の方針を江戸から示されていた事を指摘しています。

ですから板倉所司代は、この間十年代替地等の準備も終えた上で、移転を命じたものだと考えるのが自然です。

六條三筋の傾城町は堀や塀で囲まれている訳でなく、町の一部として区画を決めていたので、風俗取締りには不向きでありました。ただし突然「すぐ移転しろ」といったのは本当のようで、その移転騒ぎがまるで島原の騒乱様と後世伝えられたのも頷けます。

矢張り『京都市の地名』に、寛永以後万治以前京都全図で、朱雀野の中に「傾城町」書いた町割り図が張り紙で表され、移転があわただしく行われたことが知れる、としています。

移転の理由は、幕府の意向というより、風紀を乱した六条三筋の傾城町にあるとして有無を言わせないよう板倉所司代が一芝居打った様な気がしてなりません。一筋縄でいかない六条三筋の猛者共に有無を言わさず移転命令・・・板倉所司代、大した役者です。

江戸の吉原が葦の茂る不毛地にあった葭(葦)の原がその名の由来とされていますが、嶋原も、朱雀野海原に忽然と姿を現した、世と隔絶したまさに新島だったのです。

「廓の入り口を出口といい、どうもないのに道筋といい、下へゆくのに上之町、上へゆくのに下之町、橋もないのに端女郎、社もないのに天神さん、語りもせぬのに太夫さん」俗謡に歌われる島原七不思議が簡潔に島原遊郭の姿を言い得て妙です。

できた頃の島原は、堀と塀で四方を固めた城郭の様で、これが廓の謂れになります。出入り口は一つ(現在の場所でなく、北の端にありました。)ですから入り口と出口が同じになります。道筋は島原のメインストリート、当初は胴筋を当てました。

上と下が逆なのは、遊郭が鬼門に口をひらいているのを憂えて、丑寅を未申に転じ、上の町を下の町と名付けました。尚享保十年の二月に西口をひらきました。(『一目千軒』の方角之事)

端女郎、天神、太夫は遊女の階級で、当初は上から太夫、五三、三八、天神(北野天満宮の縁日が二五)鹿恋(かこい、鹿はしゝの呼び名があり四、四=十六匁)端女郎の順で、最上級の太夫と最下級の端女郎以外は、呼び名が出来た頃の揚げ代説がありますが、定かでありません。



by gionchoubu | 2016-04-29 10:37 | 島原遊郭 | Comments(0)

嶋原遊廓ぞめき 嶋原と名附けた本当の理由

嶋原遊廓ぞめき 嶋原と名附けた本当の理由_f0347663_12210835.jpg
  大門、洞筋より

延宝九年(1681)三十三年の年をかけて十八巻から成る『色道大鏡』を完成させた藤本箕山が生まれたのは寛永三年(1626) 、十三の年から廓通いを始めたと本人は書いているので、彼が足を運んだのは傾城町六条三筋の最後の時、そして六条三筋から嶋原に移る頃移転劇を目のあたりにしたはずです。

箕山が色道大鏡第十二『日本遊廓総目』の「洛陽傾城町来由」を書いたのが三十六歳で、京都、大阪新町では飽き足らず、江戸の新吉原で遊んでいた頃です。

嶋原移転辺りを抜粋すると、

「柳町を室町の六条に遷さる。ここにおいて三筋町となづく。此地に居をしむる事四十年、其後大猷院殿の御代、寛永十八年辛巳年、又六条より今の新屋敷に遷さる。此時より、此処を島原ともいふ。或の日(あるひとのいはく)肥前國嶋原陣落去の砌として、郭の構へ一郭一門にして、四方按揚げの堀なるが有馬の城に似たりとて、かくいひしときけど、是はおぼろげの譬へと申べからん。抑(そもそも)、島原という心は、人皇七十四代鳥羽院の御宇に、嶋千歳(しまのせんざい)・和哥前といひしは、是本朝遊女の根元也。この嶋といふ字を取て、此遊郭になづく。原とは広き心を云也。毛詩十七公劉篇、鄭玄曰、広平曰原云々。又或説、肥後国はたれ嶋といふあり。風流嶋と書く。又六條宮の御撰の伊勢物語の真名本には遊嶋(たはれじま)とあり。彼是両様をもって見れば、とかくたはるゝ境地なれば、此嶋のながれにしたひて、嶋原となづけ侍る物ならし。」

色道大鏡巻第一の名目抄、第一人倫門の傾城に「夏の桀王の妹喜、殷の紂王の姐己、皆是傾城なり。其外西施・虞氏・王昭君・楊貴妃など同じく傾城なり。我朝にては、鳥羽院の御時、嶋の千歳・若の前といひし者、是日本遊女の根源也」十二世紀に現れた日本の白拍子は名門の出であり、芸妓を含む技芸者の祖とされています。嶋原の嶋はこの嶋の千歳からとり、原は広き心・・・島原の城は出てきても、箕山は島原の乱と嶋原移転の混乱説に関しては触れることすらしていません。

世に嶋原に関する書物は沢山あり、この嶋原の由来に、島原の乱と嶋原移転の際の混乱説を紹介していない本を探すのが難しいくらい、嶋千歳、若(和歌、哥)の前説を紹介する書物を見つけるのは難しいのが現実です。

嶋原遊郭への移転を体感した、さらにこの時期島原に尤も深い造詣をもっていた島原研究の第一人者である藤本箕山の説がなぜ紹介されないか・・・それはその由来が大変地味で人の心を引かないからだと思います。

一方、嶋原遊郭移転に島原の乱を引っ張り出すのは、譬として大変面白く、万人受けするからだと思います。

そもそも気位の高い都人が、云わば田舎で起こった騒乱の名前を日本第一の傾城町の呼び名にもって来る事があるでしょうか?

嶋原の名前の由来が「嶋千歳と広き心」説を私は信じて疑いません。


by gionchoubu | 2016-04-25 12:24 | 島原遊郭 | Comments(0)