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タグ:島原、太夫道中 ( 1 ) タグの人気記事

島原、太夫道中



島原、太夫道中_f0347663_11212871.jpg
平成30年2月25日、私がまいまい京都のガイドとして20人の応募者の方を輪違屋にお連れしたとき、輪違屋の屋内で如月太夫子に太夫道中を再現してもらいました。

昭和28年4月19日、京都新聞

『艶麗、島原太夫道中』『供を連れ揚屋へ 花の4月21日 八文字ふんでシャナリしゃなり』

京名物の一つ島原太夫の道中が今四月の二十一日同郭内で行われ一般の鑑賞に供することとなったが、この行列は島原がこの地に移されてからおよそ三百年、その間の歌奴たちの風俗の移り変りを示すもので結髪、服具の着装などを各時代の風俗画家の遺作等により新しく考証、江戸時代の初めのものを除いては衣服その他ほとんど全部その時代の実物遺品を使用したところにこの時代風俗絵巻の特徴がある。

寛永時代から現代に至るまで七ツに分けたそれらの時代の結髪様式、頭飾具の意匠、形式寸法装着法などそれぞれ十分鑑賞に価するもので花車を先頭に寛永正保時代、貞享元禄時代、安永天明時代、文化安政時代、明治初期、現代と移り変わりを示している。

この島原の太夫のどうちゅうはどうして出来たかというに、島原に遊郭が設けられたのは寛永八十年(現文のママ)京都とその近在から容色にすぐれた女達が島原に集められ、各階層の人達がこの女達を相手に遊び楽しんだ。

そのころの音楽、服装などの流行は島原から始ったもので、ここの女達にも階級が出来てその最上級に位するものが太夫と呼ばれた。

当時の女達はこの位にあこがれる事、このごろの映画スターにあこがれるのと同一であった。

彼女達を相手として遊楽する場合は揚屋と称する家に彼女達を招く。太夫が自分の家から揚屋まで出かけるのに新造、かむろら多くのお供を引連れ八文字を踏んでしゃなりしゃなりと練って行ったものでまるでコシ入れのように太夫の身の回りの用具一切を持参に及んだものである。

これを道中と呼んだ。そしてこの道中を道ゆく人達は今のレビューでも見るように足をとどめてながめたものである。

それが毎月二十一日に一種の式としてこの道中が行われるようになり。それが残って今では花の四月二十一日に行われるようになったものである。

そして道中後の同年4月22日の記事

『艶麗絵巻 島原の太夫道中』

京の春の年中行事の一ツ島原の太夫道中は二十一日午後三時から花曇りの空のもと可愛い、子供如く花車を先頭に行列は組合事務所を出発寛永、正保時代から年代順に文化文政、明治と移り玉袖、九重、美吉野、光扇、春日、君太夫と禿引舟を従えて八文字を踏みながら曲輪の中を練り歩き約一時間にわたり古典艶麗な風俗絵巻をくり展げて同四時過ぎ道中を終った。

昔にかえって無料公開というのが効いたのか数万の人が押しかけ道中開始二時間前に大門を閉じるという盛況であった。








by gionchoubu | 2018-04-22 11:34 | 島原遊郭 | Comments(2)