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タグ:島原 二人司町 ( 1 ) タグの人気記事

島原遊廓ぞめき 二人司町


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市バス島原口で下車、花屋町を東に行くと、島原大門の手前南側に二人司(ににんつかさ)町があります。

昭和32年7月16日の京都新聞夕刊、『都大路 花屋町通 島原にも時代の波 古さ伝える七不思議』に由来が載っていましたので紹介させて頂きます。

〜略〜

“島原の凧みて立つや畑の人” 太祇

“島原や畑の月に猫の恋” 虚子

“島原や二階明くれば鳴く雲雀” 薫風郎

こんな句があるように、郭が栄えて後も長く周囲は一面の田んぼで、春は菜種の花ざかりに蝶が舞う、夏は早苗の緑に蛙の声と、野趣すて難いものがあった。

角屋の青の間に、当時にしては珍しいバルコニーがあるのも西山へかけてのこの見晴しを賞でるためだったろうという。

「遠い昔のことやおへん。あてらの子供の時分もまだ、ぐるりは田んぼで、暗うてよう足をつっこんだもんどす。

明治も末から開けて来たんやと覚えてます。

ぐるり一帯が元うちの地所どしたが、二人司町という処がおっしゃろう。あの辺はもと遊女の死体を埋めたというとこやそうで、大正年間に家を建てるので掘り返したら、がい骨がごろごろ出て来たもんどっせ。

そやから人魂が出たなんのというて物騒なもんどしたんや、この一帯はなあ」

郭に程近い櫛笥通花屋町上ルに先祖代々住む南谷万之助(七八)氏は、以前の島原界隈をこう語っている。

二人司町というのは、大門を出て東南にあたる処の町名だが、元は非人塚とも二人塚ともいったもので、いずれにしても、うんと下級の遊女が、人間扱いされず、身元もわからぬまま葬られたことからこの名が起ったという。

郭が開けたころは、外回りには土塀を築き、堀がめぐらしてあった。これも遊女が郭ぬけするのを防ぐためのものだった。

今は片りんさえもなく、周囲はぎっしりと町家が接し、非人塚の跡もさっぱりとしたものだが、所せんは苦界。こんな残酷さに似たことが皆無だとはいいきれないのではなかろうか。

古き良きを伝える角屋や太夫は保存したいと思うが、新しい時代の風は、もはや、過去の島原の存在を許さない。

二つの矛盾した思いが、心に重く沈んだ、今日の島原であった。(和田さく記載)

題字は角屋十三世当主中川徳右衛門氏


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『色道大鏡』藤本箕三の抻郭野佳之図にも二人塚として地図に載っています。

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この題字は角屋十三世当主中川徳右衛門氏


by gionchoubu | 2019-08-17 12:09 | 島原遊郭 | Comments(0)