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大津 甚七町遊郭

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          甚七町自治会のブログにはその歴史が語られ、強い誇りと愛着を感じる事が出来ます。

弘化年中(1844~46)になると幕府の禁令も緩み、広島より来た業者が広島屋開業、その後瓦松という者も遊女屋を始め続々開業。

稲荷新地遊廓も明治維新の際は遊女屋軒を並べるほど繁昌する。

明治五年、芸娼妓開放令で一時廃業

同年十二月、新規営業を許可される。

明治六年二月県下の他の遊郭とあわせ納める税金で以下の様に等級分けされる。

上等=大津四ノ宮町、真町 賦金一カ月金二円
中等=八幡池田町、彦根袋町、長浜南片町 同二円五銭
下等=大津甚七町、神崎郡八日市村 同一円

明治十二年、滋賀県租税便覧によると甚七町は中等免許地になり、【貸座敷営業】免許料金四円、一ヶ月賦金二円五十銭 【芸娼妓舞子営業】 免許料金二円五十銭、芸妓税一ヶ月一円五十銭 舞子 七十五銭 娼妓賦金 壱円、芸娼兼 税金七十五銭 賦金七十五銭

となる。

明治十四年ごろは全町殆ど貸座敷となる。

明治十八年 該業を営むもの四十六軒(貸座敷はその半分以下のはずです。)

明治二十九年の大洪水で大打撃を被り多くが他に移転する。

明治三十九年 貸座敷十二軒、芸妓十七人、娼妓四人

昭和五年刊『全国遊廓案内』では大津甚七町遊廓「は同市甚七町にあって、貸座敷数は約二十四軒、娼妓四十名位居る。柴地遊廓と略同様であると思えば間違いはない。」と実にそっけない扱いです。

柴屋町遊廓と同じとすると、遊興制度として店は陰店、娼妓も芸妓も送りこみ、廻しはとらない、という事になります。

ただし内務省警保局『公娼と私娼によると』同年に当郭の貸座敷は二十一軒に対し娼妓数十四人の信用できる数字があり、貸座敷数>娼妓数はその遊廓が芸妓本位の花街の要素を強くもっていた事を暗示しています。

さて、現在この由緒ある甚七町はお隣の肥前町と合わせて昭和40年に松本町2丁目と町名変更しました。

もともとこの辺りが松本村であった為の町名でしょうとも、せっかく甚七、肥前という素敵な名前を捨て、どこにでもある松本2丁目とした先人に私は強い怒りを覚えます。

これには当然国の大きな力が働いております。

世の中効率だけを求めるなら、文化は育まれません。

町名をおもちゃにしたつけは必ず払わねばなりません。



by gionchoubu | 2018-07-26 11:10 | 亡くなった滋賀の遊郭 | Comments(0)