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京の銭湯史 その一

京の銭湯史 その一_f0347663_11200877.jpg
                   吉野太夫花供養の嶋原太夫          

『今昔物語』に、藤原利仁が五位殿を誘って、東山の湯湧く所に行ったという記述があるらしく、鎌倉時代から京の都では湯屋で遊ぶ風があったことになります。

『太平記』延文五(1361)年の條を見ると、京都で湯屋に湯女(大湯女)風呂屋に垢掻女(小湯女、後の髪洗女、その様子から猿とも)がいた事が分かります。

昔の風呂屋は、所謂蒸し風呂で湯には入らず、一種のサウナのようなものでした。お湯に入るのが湯屋で、銭を払ってお湯に入るので銭湯になったのでしょう。

京都でこの風呂屋が遊女屋の隠れ蓑になったのは、元和四(1618)年、六条三筋の業者が、林又一郎が四条河原町で風呂屋を営業しているが、一月に一度も風呂を焚かず遊女渡世をしていると告発していた事でも明白です。

天和二(1682)西鶴の『好色一代男』にも垢掻女が出てきます。茶屋の茶汲女、宿屋の飯炊女や足洗女、海辺の菜売女や洗濯女、水上の舟比丘尼、江戸は佃島の帆洗女、表向き勧進をする歌比丘尼、楊弓店の矢場女・・・皆売女の異名となりました。

『歴世女装考』に「かくて追々湯女の淫風浪花はさらなり、両都にも起り、此風のために坤廓(島原の事)の花も散りがてになれば、かれが風を写して、しまばらの遊女等も飾に櫛を二枚させりとぞ」

「郡内のきる物に黒き半襟、なげ島田に二ツ櫛」とあるように、二つ櫛は湯女の風俗、塗り櫛を二枚さして、客が多いことを誇示した事が由来で、これが京の島原でも流行したことになるのです。

京都お役所向大概覚え書所収正徳五(1715)年の調書に

一、洛中湯屋数  五十八軒
一、同居風呂数   十二軒
一、同風呂屋数   十三軒
一、同塩風呂数    五軒
一、同釜風呂数    八軒
一、洛外湯屋数   十三軒
一、同塩風呂数    一軒
一、同居風呂数  二十三軒

二、城州愛宕郡八瀬村窯風呂数 十六軒

洛中では今の銭湯に近い湯屋が主流を占めていたのがわかります。

参照:東西浴場物語、昭和四年、浴場新聞社発行



by gionchoubu | 2017-05-06 11:34 | Comments(0)

遊廓、花街の類形 その六

遊廓、花街の類形 その六_f0347663_11533198.jpg
                 額風呂、二階で宴会しています。弓矢→湯屋か?
湯屋及風呂屋型 前篇
 時代により、地域により、その呼び名は変わりますが、ここでは江戸中期の認識で、蒸し風呂を風呂屋、湯があるのを湯屋とします。

もともと、湯屋の女を湯女(ゆな)、風呂屋の女が垢掻女(背中を掻く姿から猿とも)や髪洗女と呼んで、共に入浴客の世話をしていた職業婦人だったのですが、いつのまにか、大都市で湯女として色を売るようになりました。

大阪では『元禄曽我物語』に「額風呂(がくぶろ)の小三、扇風呂の萩、湊風呂の近など、元禄中浪花にて名高き湯女ども」という記述があり、宝暦元年(1751)の島之内のねりものの番付に通常の遊女置屋とならんで、宇治風呂の白、千年風呂の小蝶、大黒風呂の岩、柏風呂の西などの妓がねりものに参加しており、当時の島之内の遊所は茶屋と風呂屋で一廓を形成していたものと考えられます。

大阪で風呂屋が出来たのは天正十八年(1590)とされ、『歴史女装考』によりますとその後「此湯女宝永の中頃にいたりては容色を飾り、浴客らが酒のあひてもなし、櫛一枚は常なるゆゑ塗櫛を二枚さして客の多きを見せ、頭かざりとも湯女のしるしともしたるなりけり。然して、稍色を売るにいたり、大湯女、小湯女の名目ありて、大湯女は酌をとり、小湯女は垢をすり髪をあらう」といった
具合になりました。

京都でも、この風呂屋という名で風俗営業があったのは、六条三筋の総中が元和三年(1617)奉行に「四條河原にて一町共に風呂屋と名付一ヶ月に一度も焚不申傾城屋仕候事」と訴えている事で明白です。

祇園新地には、薬湯や松湯といった湯屋か風呂屋があり、通りの名として残っていた(薬湯の町≒四条北の花見小路、松湯の町≒切りとおし)のを見ると相当名物だった事は分かるのですが、はたしてどういった営業だったのか見えてきません。もう一つ、島原で遊女塗櫛を二枚さす風があったのは、上記の湯女の風を習ったものとされています。
遊廓、花街の類形 その六_f0347663_11592435.jpg
             かつて松湯があった場所(古地図で確認)に松湯ビルがあります。
江戸に銭湯風呂が銭瓶橋のほとりに出来たのが大阪と同じ天正十九年で、承応から明暦にかけて盛んになりました。午後四時頃本来の風呂屋としての営業が終わると、上り場の格子の間を座敷のように金屏風を引き回して模様替えをし、湯女たちも衣装をつけ、三味線を弾き、小唄を歌い、なんら遊里と替わらぬ様相を呈しました。

京都では点在する風呂屋が、大阪島之内では遊所の構成分子として遊女を置いた風呂屋が存在したものの、妓楼の集合体としての遊廓の類型の一つとは成り得ないはずですが、江戸の神田、佐柄木町(神田雉町辺)の堀丹後守の屋敷前には一群の風呂屋があり、江戸の遊廓政策にも大きな影響を持ちましたので、類型の一つ足りうると判断しました。

この中で丹前風呂(丹後守の前)に通う浴客は粋な服装を好み、その様が一斉を風靡し、後に丹前は派手な姿態を称して言うようになり、さらに現在、旅館なんかで、大浴場に向かうとき着る「丹前」になりました。
遊廓、花街の類形 その六_f0347663_15214963.jpg
                          湯女図

参照:秘志生態風俗選10・林美一、東西浴場物語・浴場新聞社発行


by gionchoubu | 2014-11-08 11:57 | 遊廓、花街の類形 | Comments(0)