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『モダン京都<遊楽>の空間文化誌』加藤政洋編

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先日、加藤政洋先生から祇園東お茶屋組合と私に4月28日発効『モダン京都<遊楽>の空間文化誌』編者 加藤政洋、共著者、住沢杏子、三浦実香、加藤千尋をご寄贈頂きました。

加藤先生は文学博士で現在、立命館大学文学部教員として教鞭をとられており、
著書に『花街 居空間の都市史』朝日新聞社、『敗戦と赤線 国策売春の時代』光文社新書、『京の花街ものがたり』角川選書、他があり、私もこのブログを書く上で、大変参考にさせていただいております。

先生とは数年前、祇園東の歓亀神社宵宮祭で偶然お会いして、それ以後フィールドワークの途中など、時折祇園にお立ち寄りいただき、色々ご教示頂いております。

又、祇園東に保管されていた祇園ねり物の版木を刷ってもらった際も、加藤先生から立命館アートリサーチセンターの金子准教授を紹介していただき、竹笹堂の竹中さんに依頼するに至りました。

時々私がガイドを依頼される、まいまい京都の以倉さんと知り合う事が出来たのも、加藤先生を通してでした。先日私がBS朝日で中村 芝翫さんと八坂神社を歩きましたが、BS朝日が依頼したのは本来加藤先生で、先生ご多忙の折、私に代打が廻って着たのが実のところです。

さて『モダン京都<遊楽>の空間文化誌』のサブタイトルは「漱石や虚子、谷崎らが訪れた<宿>花街や盛り場の景色の変換・・・・・・文学作品や地図、写真などをもとにモダン京都における<遊楽>の風景を再構成する。」です

現在私は宮川町、祇園東、祗園甲部の置屋さんから芸舞妓さんを自館を中心に手配しております。しかし本書により、以前は料理屋などが芸舞妓を呼ぶ場合、料理屋と置屋の間にお茶屋があり、まずお客が馴染のお茶屋に頼み、お茶屋が置屋から料理屋に芸舞妓を送るといった図式があった事を知りました。

これは大阪と京都だけで、理由は明治の初期、京都も大阪も廓以外に町芸妓がなかった関係上、廓側の自衛策として、廓に属している茶屋以外には芸妓を送らぬ事を、当局に願って設けた制度が昭和のいつしかまで続いたとの事です。

その他島原の太夫道中や下河原の山根子、雇仲居そして祇園ねりもの・・・私にとって興味が尽きない内容です。

京都初心者でも、深く京都の遊楽空間を知る物、どちらでも楽しめる本というのが私の印象です。

これだけ内容の濃い本が、普通の本屋の京都本コーナーにキャッチーなタイトルの京都本と並んで普通に置いてあるのが私にとって一種驚きです。




by gionchoubu | 2017-07-01 12:25 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 一

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加藤政洋著『敗戦と赤線 国策売春の時代』を読むと赤線とは

集団的な管理売春(組織売春)を黙認するかたちで、戦前の遊廓や私娼街の業者を風俗営業として許可し、営業場所を指定した地域。地域によっては店舗の商業統計上の分類が「特殊飲食店(「特飲店」と略される」)や「特殊喫茶店」とされたことから、特殊飲食街(「特飲街」と略される)と呼ばれることもあった。特に旧遊廓の貸座敷の一階部分に喫茶室やダンスホールを設えるなどの部分的な改築をほどこし、特殊飲料店として使用される例が多かった。尚昭和二十三(1948)年九月一日に施行された風俗営業法にもとずき、個々の店舗は「カフェー」として営業を認められる地域もあった。

という事になります。厳密な期間は、赤線時代は公娼が廃止された昭和二十一年一月二十四日から売春防止法が完全施行された昭和三十三年四月一日までの十二年六十七日間という事になります。

そして京都の区域は七条新地、五番町(北新地、西陣新地)、祇園乙部、島原、中書島、橦木町という事になるのでしょう。

公娼が廃止された翌日、京都新聞の昭和二十一年一月二十五日号に「公娼を廃止」の記事が載り、直接、間接に日本の公娼制度を存続する権利を認め許可を与えるべくすべての法律規則その他の法令はすべて無効にする、と書かれています。又連合軍のサムス大佐は公娼制度に関し、「この制度の最大の弊害は日本国民全体を通じて年々多数の婦女子を公然と経営される法律の保護を受けた娼家に遣込む習慣は存在し得ない」と言いました。

花街の動きも見てみましょう。一ヶ月後の二月二十四日の紙面に、京都新聞主宰で、戦災者を飢餓から寒さから救い厚生の第一歩を踏み出させるのを目的に、祗園甲部、乙部、先斗町、上七軒、宮川町、島原の協賛を受け、厚生新日本の芸能文化再建を兼ねての芸能大会を京都新聞会館で、二月二十五日と二十六の二日に渡って催されるの記事が載りました。

そして三月十六日の紙面で「四条大橋で“夜の女”挙る」の記事が踊ります。

最近四条大橋畔を中心に若い女たちが春の夜を彷徨しているが、府警察部では去る七日から十二日までの六日間彼女等を取調べたところ、五十名を突破する未婚婦人の色遊戯が黄金を代償として演ぜられていた。

五十名の彼女達の年齢、職業、学歴別にすると

十八歳二人、十九歳六人、二十歳十二人、二十一歳九人、二十三歳三人、二十五歳一人、二十六歳三人、二十七歳二人、二十八歳三人、三十三歳三人

職業は元ダンサーが断然多く十八人、次は現職ダンサー十五人、無職七人、会社事務員七人、女給、ホテル?人各二人、女工一ということになっている。

学歴は女学校卒業八人、同中退五人、実務学校卒業六人、同中退三名、高小卒業十四人、尋卒十三人、無就学一人という数字が出ている。

これからみれば全然無智なための行為とは考えられないが、夜の女の堕ちた原因として彼女達は真剣な表情で婚約者と逢って楽しい物語をしているのだと頑張っているものもある。

併し健康診断の結果、十三人が淋病、二名が梅毒をもっている事が判り、今更ながら不自然な生活を疾病カードに露呈している。

五十名中保護者のないのは十三名であとは両親揃ったのが十三名、父だけが七名、母だけが十七名という数字が出ている。出身地は京都が一番多く、京阪電車を利用して大阪、大津方面から出かけてくる者もあり、一ヶ月三百円の契約で、某旅館の一室を貸切っていたチャッカリ娘もあった。

以上が全文です、それにしても、未婚婦人の色遊戯が黄金を代償として演ぜられていた・・・随分回りくどい表現をしたものです。

そして花柳病率30%と非常に高い罹病率です。





by gionchoubu | 2017-06-26 11:07 | パンパン、赤線 | Comments(0)

雇仲居倶楽部


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木屋町四条下がる

昭和十年頃には市内に雇仲居の置屋は五十軒ほどあり、同営業組合は便宜上これらを五条、松原、中立売、西陣の四区間に分けました。

京都市雇仲居置屋営業組合は、所属雇仲居の品性技芸の向上をはかるため事務所内に矯風会を設け、会長、副会長、教師、助教を置き、会員を梅組、竹組、随時課の三種に分け、雇仲居希望者は検定試験に合格すればまず梅組に編入され、礼儀作法を中心に教えられ、終了者は竹組に進級して活花、抹茶の教授が始まりました。

随意課は婚礼に関する課なので、竹組の希望者や会長の推薦者に限り入会を許されました。婚礼式は小笠原流と藤原流の二様でありました。

この矯風会編纂、“礼式栞”の組合議長の序文は「社会の存立は共存共栄を持って基とし、共存共栄の経となり緯となるもの即ち礼節である。祝賀慶弔の行事は言はずもがな、親族知友の校驩内至朝暮の挨拶、起居辞の令、凡そ人々の相接する必ず礼儀あり、作法がなければならぬ。雇仲居置屋業は諸般宴会斡旋の需めに応じ、社交場裡必須の機関たる任を完ふするを本領となすものなるが故に其所属雇仲居は品性の高尚と諸礼儀式の熟達を期すべき』

この雇仲居は大正十年には京都市に218人、昭和三年に710人、この昭和十年にも500を超える人数がおりました。冠婚葬祭や宴会の雑役を職分と考える雇仲居もおおたでしょうが、擬似芸妓として、営業時間が十二時と決められているにも拘らず、二時、三時まで鳴り物入りで騒ぎ、世の顰蹙をかうヤトナも多数おりました。

昭和八年の松園蔵版の『京都職業別電話名簿』を見ると、京都市内に雇仲居倶楽部は四十数軒あり、職種は雇仲居置屋、雇女業、雇女置屋商、やとな倶楽部、雇仲居置屋業、やとな置屋業、雇仲居業、ヤトナ置屋業、ヤトナ倶楽部、ヤトナ業、ヤトナ置屋とばらばらで、自分たちの業種の統一もなされていないのが分かります、これは各倶楽部から申請されたものをそのまま載せたのでしょう。

加茂川倶楽部、アサヒ倶楽部、乙女倶楽部、ヤトナみや古、ヨシヨシ倶楽部、コトブキ倶楽部など高瀬川沿いの仏光寺〜松原あたりに10軒ほど、御池倶楽部、河原町倶楽部、ヤトナ元祖忠兵衛、奴倶楽部など河原町三条あたりに8軒ほど、本場といわれた東大路松原〜安井金比羅間は以外にすくなく東山花壇、あこややとな倶楽部、サイセキ倶楽部、常盤倶楽部、松原倶楽部、やとな安井倶楽部の5軒、その他離れた所に、千本下立売の乾やとな倶楽部、千本出水の千本ヤトナ倶楽部、大宮、寺の内の個人名の雇仲居置屋業、紫野北舟岡町の船岡倶楽部といった具合です。面白いことに『京都商工人名録昭和9年版』には祇園町南側で一力さんが合名会社萬亭で雇仲居倶楽部に登録されています。

この雇仲居倶楽部の密集地である高瀬川沿い仏光寺〜松原は席貸兼旅館も多く、当時この業種が上記の電話帳にて京都に68軒ありましたが、この区域だけで
栄屋(画像)、藤田楼、中の家、など15軒を数えました。

京都市で一番この席貸兼旅館が多かったのは同じ高瀬川沿いでもずっと北の二条〜三条間で、富の家、月下亭、玉川楼、木乃輝、あずま屋など十八軒ありました。

松川二郎は『全国花街めぐり』で「是等の家々は表に旅館と書いてあっても、旅館にあらず、料亭にもあらず将た貸席でもないところの席貸という独特のお茶屋であることは巳に大坂の部で述べた。芸妓置屋とは直接の取引がなく、凡て貸席から送り込む形式になってゐるが、木屋町の如きは地続きで極く近い関係もあろうが、貸席と席貸の連絡がよく取れてゐて、殆ど普通の貸席と異なるところは無いやうである。」

貸席と席貸に貸座席、お茶屋、待合とこの世界はややこしいことこの上ありません。

雇仲居と席貸の関係は加藤政洋著『京の花街ものがたり』に詳しいので興味のある方は是非購読をお勧めします。
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              木屋町四条下ルにあった加茂川倶楽部・・・同じあたりに・・・偶然でしょうか?
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                       木屋町四条条下がる
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                       木屋町押小路

by gionchoubu | 2015-09-21 12:57 | 雇仲居 | Comments(0)