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辰巳新地

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                       花洛細見図

辰巳新地は八坂の塔の北の桝屋町、八坂の塔のある八坂上町、塔の南の金園町、南町から成ります。

遊所の誕生は清水新地と良く似ており、応仁の乱で八坂の塔以外が焼け、その周辺は荒地となり盗賊の巣となりました。

元和五年(1619)所司代板倉伊賀守は盗賊を捕らえ茶屋を許したので、茶立女が現れました。その後、この塔を中心に踊りが盛んに行われ、ここのお姐さんたちと無料で踊れるのが人気を呼び、彼女達が遊女渡世をしました。如何にこの踊りが評判を呼んだかは、『花洛細見図』に載る事からも察せられます。

寛政二年には、八坂上町、金園町の芸者共、建仁寺、恵比寿神社の裏、下柳町(現在の宮川町歌舞練場の裏)に出見世をしています。

島原を根本において、その支配を受けた二条新地の出稼地であったのが清水新地でした。一方辰巳新地はやはり島原を根本に置いた下河原の出稼地でありました。明治五年ごろには茶屋、芸者置屋二十軒の地図が『京都府下遊廓由緒 附図』で確認できます。

この辰巳新地は明治七年ごろ自然消滅したらしいのですが、田中緑江さんの『京の怪談』に「白蛇のたたり、辰巳新地は滅ぶ」があるので紹介させて戴きます。

この地に浅井柳塘という画家が住んでおり美しい娘がおりました。この娘に画家の門下生のYが恋をし、娘もまんざらで有りませんでしたので、娘が大変信仰していた町内の弁財天の堂守に占ってもらった処、「白蛇さんが悪縁だから、深入りするな」というお告げ、

Yは白蛇が恋の邪魔をしたとして、この白蛇を見つけると棒で殴りつけました。すると白蛇は白髪白衣の老人の姿になり消えました。

その後、どこへ行ってもあの白蛇がジーッと睨んできます。Yは娘に一緒に逃げて欲しいと頼みますが、娘は承諾しません。怒り狂ったYは手に持った短刀で娘を刺し殺し、悲鳴を聞いて駆けつけた母親までも切り殺しました。

Yは自分の手に白蛇がまといついたので、驚いて振り放そうとして行灯を倒して逃げ出しました。この火が辰巳新地を焼き尽くし、辰巳新地は消滅したとの事です。

後日談があります。Yは故郷に逃げ帰る途中、近江石部の宿に腰を降ろすと、夕食が三つ運ばれてきます。Yが質すと女中は、「お着きの時には女の方二人と三人連れじゃありませんか」

翌日も関に泊まると、お膳が三つ出てきます。二人の怨霊はどこまでも付きまといます。

Yは霊に招かれるまま叢の池に引き込まれとうとう絶息しました。そしてそこには見た事のない白蛇が横たわっていました。

さて、辰巳のつく場所は、何処からか辰巳の方向にある場合が多いようです。明田鉄男さんも『日本花街史』で、新地は御所から辰巳の方向にあると述べられております。一つ付け加えさせてもらうと、その線上には、つまり御所と辰巳新地の間には、祗園の辰巳神社と巽橋があります。



by gionchoubu | 2016-09-02 14:19 | 京都の花街・遊廓 | Comments(0)