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都をどりと伊勢音頭

都をどりと伊勢音頭_f0347663_12352937.jpg
   亀の子踊り

古市の伊勢音頭が亀の子踊りの別名を持つのは、踊りといっても両の手先を胸先三寸のところで、上下に振り動かすことからです。これなら踊りの素養がない娼妓でも簡単に振りを覚えられるということになります。

代表的な備前屋の地方は芸妓六人で左右に胡弓一人づつ、三味線二人、歌二人で、備前屋音頭歌は出だしが、√さくら花、たかゑかくにもさかりとは、いいあわせねど人こころ、うつりやすさよ世の中の、恋のつぼみのひらくまで~、というもので、妓楼によって演奏法も娼妓の出方、引き方も夫々の工夫がありました。

この備前屋は「桜襖」油屋が「重ね扇」杉本屋「菊の寿」で何れも七五調で、歌詞は永く、優雅にできていました。

この亀の子踊りが祇園甲部の都をどりのベースにあるというのは知られた話です。もともと関西の座敷舞は(畳)半畳舞とか一帖舞といわれるように限られたスペースで限られた御客を楽しませる様発達したもので、多くの客に舞台で見せるという発想は必要有りません。

『京の舞踊』で田中緑江さんは「槙村(後の京都府知事)は祇園新地の取締役をしていました杉浦次郎右衛門と相談し、その頃この花街の踊は篠塚流の舞でしたのを三代目井上流の片山春子にここの踊を担当する話になりました。引き受けたものの何をしたらよいのか師匠たちが集り相談の末、下河原のまくづ踊が華でよいが、あれは伊勢音頭を真似たものやから、皆よって伊勢音頭を見に行こうやないかということになり役員から師匠達共々伊勢宇治山田の古市へこれを見学にいきました」と都をどりと亀の子踊りの間に前回述べた東山名所踊り(まくず踊り)が介在していたことを紹介しています。

そして「一行はこの踊子の出るのは華やかでよいのですが、囃方が前に列んでは多くの客がはいれませんので、地方を正面の後列に囃方をその前に並べました。」と都をどりと伊勢音頭の配列の違いを、理由とともに説明してくれました。

明治五年、第一回のみやこ踊りが新橋西入南側の路地(現在旅館ギオン福住辺りか祇園東の置屋岡とめ辺りの内どちらか)の松之家という寄席で催されたのですが、その出演者であった名妓、三宅美代鶴は「アノ時は新橋の松の家という小さな寄席で、踊子は矢張り左右の花道から出ましたけれど、お囃子と地方は正面の雛段に並んでいやはんたんどす。」と回顧しております。

ちなみに松乃家で開催されたのは第一回のみで、二回目からは花見小路西側に新しい会場を求めました。現在は花見小路東側の祇園甲部歌舞練場です。

昨年(2015)年発行『ステージショウの時代』中野正昭編の著者の一人、濱口久仁子氏が第三章「宝塚歌劇の日本舞踊とその周辺」で都をどりと宝塚歌劇の共通項を解き明かす過程で、この亀の子踊りにも触れられています。


by gionchoubu | 2016-04-15 12:42 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)