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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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名月に寄せて

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九月十九日(日)祇園会館4階、牛禅・East Avenue 323 にて祇園東、富菊主催の「名月に寄せて」ご昼食と芸妓・舞妓の踊り鑑賞に行きました。

演目は 萩・桔梗 富瑛梨
    露は尾花 富津愈
    五万石  富多愛
    うつし心 富津愈 富多愛

地方は豊寿ねえさん

お食事、踊りの後はご歓談と記念撮影、アルコール無しですが艶やかさに酔っちゃいました。

次回は10月17日です。

# by gionchoubu | 2021-09-21 15:12 | 祇園東 | Comments(0)

高知 玉水新地

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                                 娼妓さん

明治になって高知市の旭村に玉水新地(上の新地)、下知(下の新地)に稲荷新地(明治元年)、五台山に吸江新地ができ、明治十年の芸娼妓数は併せて三百人で、他県からの出稼ぎが多く、下級士族の後家、孤女(こじょ)などが多かったといいます。

玉水新地は西のはずれで軍人の客が多く、稲荷新地は埋立地で浦戸港に接し、漁業関係の客が多かったといいます。

高知と言えば自由民権運動、玉水新地の玉江座、稲荷新地の広栄座では頻繁に懇親会が行われ、明治十四年には玉水新地の料亭得月楼で六回、稲荷新地の梅花楼、高知楼、此君亭香雲閣で六回、運動家の懇親会や演説が行われています。

こういう事情もあり、高知では芸妓社会と当時の民権家は単なる客以上の深い関係がありました。

この頃の高知県の遊娯場は料理茶屋、貸座敷、引手茶屋、待合茶屋
劇場茶屋、玉突、室内銃射撃場、諸見セ物に分類されたものの、貸座敷、引手茶屋、料理屋の分類は曖昧だったと言います。

『全国遊廓案内』昭和五年によると、制度は居稼ぎ、写真制で廻しは取らないとの事でした。

同年、内務省警保局『公娼と私娼』では玉水新地に業者二十七軒、娼妓二百十九人、下知新地(稲荷新地)に業者十二軒、娼妓百七人となります。

ちなみに、高知県には大正初めに、須崎町琴平新地、中村町岩崎新地、宿毛町宿毛新地が新たに貸座敷地域として追加公認されたものの『公娼と私娼』には宿毛新地に業者四、娼妓十三人がいるのみで、他の二新地は免許のみで、昭和以降、実質営業していなかった様です。

昭和に入ると徐々に不景気になり、得月楼や大貞楼などの料理屋からしだいに遠のき、昭和四年頃にはカフェーが百軒超え、女給は営業時間中でも、客と二人で出かけ、営業も午前二時、三時を超え、これを規制するため、昭和十二年県令十二号によって「料理屋飲食店芸妓置屋妓給仕婦取締規則」が交付され、バーは特種飲料店になりました。

昭和十二年土讃線全線開通頃が戦前の遊廓全盛時代で、同年七月に勃発した日華事変以降、娼妓・遊興客ともに漸減して行きます。
最盛期には澤山楼、扇亭、得月楼などの大店(おおみせ)には娼妓二十四、五人以上、小店で十人くらい、娼妓は一日平均四~五人の客をとったといいます。

昭和十九年三月五日、太平洋戦争も終盤を迎える頃、高知県では料理店二百二十六店、カフェー十二店、芸妓置屋八十五店、芸妓百三十人に休業を命じました。

戦後、赤線時代を迎え、昭和二十六年末に、高知市では中央、松淵、旭、下街の四地区と、弘岡町の一部や玉水町などで営業している者二百四十五人、売春婦二百六十四人を数えました。この数には街娼は含まれていません。

昭和二十九年六月には東部貸席協同組合に属する浦戸町、朝倉町、弘岡町、東唐人町などの表向きは飲食店で、実態は売春宿となっている店が四百軒にも上りました。

昭和三十年『全国女性街ガイド』渡辺寛によると、宿では女中さん、仲居さんが芸もし、宴会を切り盛りしてくれるので、チップと酒代
で、ねてもくれるが、酒は相当飲む、との事でした。

昭和初期の花柳界を描き、映画化もされた宮尾登美子作の陽暉楼は
明治三年、玉水新地鏡川畔に松岡寅八により創業、南海第一楼と唄われました。

明治十一年に現在の得月楼に名前を変え、明治中期に本店を稲荷新地に移し、玉水新地のお店は別館になりました。

得月楼は戦災で壊滅、現在の得月楼は旧得月楼中店のところに復興したものです。

参照(文中以外):『土佐史団233号』『高知市史上巻』『ふるさとの想い出写真集 明治大正昭和 高知』『月刊土佐1984第十二号』和田書房
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                                 得月楼大広間
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# by gionchoubu | 2021-09-17 14:19 | 亡くなった四国の游所 | Comments(0)

温泉芸者のすべて その九

温泉芸者のすべて その九_f0347663_16092208.jpg
獅子は恐し小鳥は小さし鴨の程よい片山津
  鴨は浮寝の柴山潟に鴨と浮き寝をしてみたい・・・片山津節

『全国遊廓案内』昭和五年、では遊廓ではない山中温泉、片山津温泉、山代温泉、粟津温泉を北陸の四大歓楽地と位置づけ、芸妓の特別祝儀は十円見当で一泊していく、其の間は絶えず傍に付きっきりで、酒の相手から、唄のはやし、話の相手から、散歩のお供にまで付いて行くという女房気取りで、一種独特の情緒がある。と書いています。

大正八年宮武外骨『猥褻風俗辞典』のしし(獅子)の項で、加賀の山中温泉、山代温泉にて湯女の事で、昔一反風呂敷の浅黄地をカツギの代わりに被ったのが獅子の姿に似ていた、と説明があります。

昭和四年『全国花街めぐり』で松川二郎は山中と片山津温泉の二か所をとりあげ、妓を山中でシシ、山代で太鼓の堂、片山津で鴨、粟津で小鳥の異名を持つと書いています。

さらに片山津では、「鉄砲かついで来た片山津、鴨も打たずに空(から)戻り」の小唄を紹介しています。つまり、片山津にきて芸者と同衾せず帰る客を揶揄するもので、それだけ芸妓を一夜妻にすることが当たり前の世界でした。
    
昭和二十九年『風流抄』の「加賀の湯女」で売れっ子作家の船橋聖一は北陸の温泉街を訪れ、山名のよしの屋、片山津の矢田屋、山代の大野屋、粟津のかみやへ泊まり、シシの情報に探りをいれますが、こういった一流処は、湯女の制度を、風紀上、経営上、運営上非常に嫌っているようで、女中、芸妓にきいても要領を得ず、山中で、文中名前は伏せた旅館に、夕食を済ませて出かけようやく目的であるシシ達がいる女中部屋に案内され、シシの一人から、女中としての仕事で精いっぱいなのに夜の御用も要求され、決して自らの希望でないことを聞き出しています。

又別の女中に「今のように一泊さんばかりじゃァ情がうつらないでしょう。昔は、短くて一週間、長い方は、二十日でも一ト月でも逗留したと云うから、そりゃァ情も涌くわ」と語らしています。


昭和三十年『全国女性街・ガイド』で渡辺寛は山中温泉では二ページほど全編一番と言って良いほどの行数をとり、芸妓ではなく女中が一夜妻として旅客に侍る様子を物語風に情緒を込めて語ってくれました。

赤線時代も終了して久しい昭和四十五年4月10日号の明文社『週刊実話と秘録』では、山中温泉には八百人の女中、芸者さんも百五十人程いるものの、売春防止法実施以降相次ぐ警察の手入れで、三流旅館で女中さんに頼むと、なんとかシシを照会してくれる程度・・・山中は有名になりすぎて、警察の取り締まりが厳しく、むしろ片山津の女中さんや、山代の芸者さん、あるいは女中さんに湯女の伝統が残るという事でした。

同年檸檬社『別冊プレイパンチ』3月号の江見仙吉のルポによると、シシの値段は宿泊別で七千円ほど、しかしシシの手元には四千円ですが、以前は80%が中間で消えたとのことでした。渓流近くの高級旅館は応じず、街中の安宿にその風が残るという事です。
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加賀の山中おそろし所よ 夜の夜中にシシがでる
鉄砲かたねて来た山中でシシも打たずに空もどり・・・山中節



# by gionchoubu | 2021-09-10 16:11 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

温泉芸者のすべて その八

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今回も同じ年、昭和四十五年二月一日発行双葉社『強烈のエロチシズム!衝撃の問題小説特集!』の「特別企画 日本縦断温泉芸者ピンク度全調査!」から抜粋しました。

北海道・湯の川温泉・・・後家芸者の深情け
八十人の姐さんたちはいずれも芸達者で、鳴物、長唄、清元なんでもござれで花代は一時間千二百円。芸者の半数が亭主持ちで、トーちゃんは遠洋漁業で一年の七、八月留守にするので、客相手に空閨の穴埋めをするようになった。

青森・浅虫温泉・・・チョンガー向きの昆布巻き芸者
宿に女中が少ないので、給仕に芸者を呼ぶ方がいいと旅館がすすめる。コブマキ芸者を呼ぶと即戦、即決、帯をしたまんまというから、チョンガー族に高く評価されている。一時間千円。置屋がなくて、アパート通勤芸者。

山形・寒河江温泉・・・サクランボ芸者の猛烈サービス

宮城・鳴子温泉・・・風呂線地帯の草餅芸者
草餅芸者と呼ばれる彼女ら風呂を利用して客をとる戦術は有名で、別称を風呂線地帯ともいう。

福島・飯坂温泉・・・男性天国炬燵プレイ
芸者は百八十名、十月五日の温泉祭りでは、ねじり鉢巻きに粋なはっぴ姿綺麗どころが総出で神輿を担いで、黄色い声を張り上げて練り歩く。

群馬・磯部温泉・・・カステラ芸者の上位サービス
ひところ、せんべい芸者で有名だったが、今はグッとモダンになりカステラ芸者が二十人ほどいる。戦後二十四年に「大塚」のほか四軒の置屋ができたが、今は十軒ほど。

神奈川・箱根湯本・・・ドッキング芸者にパンマ攻勢
強羅の八十名、宮ノ下の五十名に対して湯本には百五十名の芸者がいる。箱根芸者はチト高く、ワンセット一時間三十分の花代三千円。

静岡・修善寺温泉・・・お座敷外のプレイ芸者

愛知・三谷温泉・・・ドライバーに弱い三河芸者
きれいどころの芸者が八十人

石川・山中温泉・・・三億円で74手を披露
柳橋スタイルのネエさんは百三十人いて、ここの芸者をシシ芸者と呼んでいる。喜楽家の照葉は、「いま、フリー・セックス時代でしょ。あたしは男のコを可愛がってやるけど、そうだね。三億円くれれば、七十四手のスペシャル・サービスの熱演すっけど、そんな客ってまだこないねえ」


三重・有久寺温泉・・・山の温泉で海女芸者と
芸者は長島町に二十人

鳥取・三朝温泉・・・ラジューム芸者のその味は
ゲイシャは百人いて、ラジューム芸者といって放射線のようにとろかすので有名。

愛媛・道後温泉・・・SEX戦線ますます激烈
地元の芸者は六十名、玉代は二時間で二千円、番頭に芸者のハント料をたずねると、「それがねえ、旦那、明し花になると二万円で」「ひえーッ」





# by gionchoubu | 2021-09-03 22:34 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

温泉芸者のすべて その七

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昭和四十五年4月10日号の明文社『週刊実話と秘録』に「ワイドアナ場情報 春の慰安旅行に帰りはここでバッチリ!」の特集があります。

東北地方・・・旅館は前もって予約すると面倒な事になる、なぜなら旅行案内書に載っているのは一流旅館では、芸者は入れない。駅前タクシーに乗り、芸者が入れる風俗営業許可のある旅館に連れていってもらう。

おもしろく遊ぶには七時前に旅館に着いて、女中さんに直接芸者に連絡とってもらうのが必要。七時以降だと芸者は検番に出ており、検番を通すと花代をつけお座敷に呼ぶ必要があるのと、希望が叶う芸者が来るとは限らない。一夜のお相手をしてくれる芸者は、十時以降に芸者勤務を終え、個人として来てくれるという事になります。一夜の遊びは六~七千円ぐらい。

芸者は殆ど地元出身ですれていない。ホステスは新潟あたりの流れ者が多く、すれっからしで、高いカクテルなどをがぶ飲みされるおそれがある。ただ芸者と張り合ってるので、「俺は芸者遊びは好きじゃない」みたいな事をいうと、うまく誘えるかも、との事でした。

中部地方・・・形原温泉は百二十人の芸妓がおり、花代が二時間で二千円。お遊びは相手次第で確率は六~七十%。ショートで七千円、泊まり最低一万円。西浦温泉は芸者五十人で、一宮や豊橋あたりも紡績工場から転職した集団就職組の女工さんあがりの芸妓が多い。

ただし旅館に芸者は入るが、一夜のお相手は連れ込み旅館や片原のカーホテルに行く必要がある。料金は旅館での花代等ゝ含めると安く遊んで二万円。

三谷温泉にも五十名ほどの芸者がいるが、ズバリの確立は片原。西浦より落ちる。

山陰地方・・・皆生温泉には、自前芸妓ばかりの共立検番と皆生芸妓検番、両方合わせると百五十人、ただ一夜のお相手をしてくれる芸者は決まっているので、座敷で交渉成立は無理、宿の女中さんに相談すると、検番を通さず直接置屋と相談してくれる。置屋には要望に応じる芸者さんをも抱えており、十五軒ほどある内湯温泉の看板のある簡易旅館で芸者と待ち合わせをする。オールナイトで八千円ぐらいとの事。

北陸方面・・・山中や片山津の芸者さんは他から流れてきたものも多いいが山代温泉は殆どが地元出身で情が深く親切。

男が一人で行けば、黙っていても「お客さんなら、若くて現代的な姐さんがいいわね」と、向こうから持ち掛けてくれるので、話下手でも交渉する手間が省ける。

十時から泊りで一万円、簡単に遊んで五千円、こちらから好みを言って女中さんに五百円ぐらいチップを渡すのがいい。

とにかく、全体的にみると、一流、二流の旅館はさけ、早めにチェックイン、仲居さんにチップをあげて相談するのが賢く、やすく遊べる極意だと感じました。


# by gionchoubu | 2021-08-31 21:46 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)