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京都パンパン赤線時代 四十九

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昭和25年5月25日 京都新聞

『一夜借りたパンパン宿 宿代に夜の勤め いま厚生誓う混血の家出少女』

一夜の宿を求めたばかりに借金に追立てられ、遂にドロ沼に身を落としたという、これは家出娘の転落の物語であり、ナ落のふちから立上ろうともがくパンパンの実体である。

東山区三条大橋二丁目IC方A子(18)で物心つくころ両親に死別、名古屋市瑞穂区太田町二ノ五の叔父の許に養女となったが、混血児なるが故に周囲からの眼は冷たく、養母との仲もうまくいかぬところから昨年六月家出、女学校時代の友人を頼って入洛、ところが就職がきまるまでと友人の紹介で前記IT方に宿を求めたのが転落の始まり“本当に親切な人だ”とこれからの生活に乙女の胸をはずませて頼ったこの家は実はパンパン宿であったのだ。

案のじょう三日目には食事代と宿泊料を請求された。もともと無一文で家出したA子にはこの千円足らずの金を支払う力などない。ことあるごとに返済を迫る女主人、もはやあの親切な人ではなく、まるで鬼のような目つきであった。

「借金を清算するために目をつぶって・・・・」そのときA子の心は決った。だがこれとてA子の思っていたほど見入りがよくなかった。稼ぎ高の半分を部屋代、ポン引に、更に花代、食費などを引かれては借金は減るどころかその日その日の生活で一ぱい、夜毎繰返さなければならない醜悪な姿態ではあるが一刻も早く抜出したいとの念願は強くなるばかり“私の心まではダレもおかすことは出来ない・・・・”」これが彼女をささえる唯一つの綱であった。

この彼女の悲劇が同僚を通じ市警に聞えやっとドロ沼から救い出され、いま京都鑑別所に更正を誓っている。市警保安少年課ではA子を甘言でつり売春行為を強いた前記IC(46)、場所を提供した同町SH(40)を児童福祉法違反容疑で二十三日送庁したが、同課ではこのようにか弱い娘が更正を願いつつも金と悪らつなブローカーにしばられ、泣いている事例が多いと目下捜査をすすめている。

『柴屋町遊郭にメス 少女に売春・腹肥す業者らを検挙』

昭和27年 5月31日 京都新聞、滋賀版

児童福祉法の法網をくぐって少女に売いんをさせていた悪らつな業者が検挙された。

大津市警では五月一日から行なわれた第六回全国青少年保護育成運動の一つとして、かねてから未成年者に売いんをさせているとの風評があった大津市柴屋町遊郭就業婦の一せい調査を行ったところ、年齢を水増しし成年として登録、本年一月末から働いていた高知県生れA子(17、)二月十九日から同月二十三日まで働いた長崎県生れB子(18)、一月二十日から働いていた鹿児島生まれC子(17)の三人を確認、抱えていた大津市西令?町貸席市川ことIK(29)、同市下馬場町貸席鶴ノ家ことTH(30)、同所貸席川卯ことKC(49)、同町貸席中照ことWT(32)の四人を児童福祉法違反、労働基準法違反容疑で。

またもと同市膳所本町大津紡績女工として働いていたC子を四千円の手数料をとってKC方にあっ旋した同市膳所石神町店員MT(21)を児童福祉法違反、人身売買容疑で取調べていたが、二十九日いずれも大津地検に書類送庁。

三人の処置については大津家裁、県児童相談所と協議、善処することになったが同署では更に同遊郭の徹底調査を行なって違反者の摘発を行う意向である。






by gionchoubu | 2017-11-30 16:21 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 四十八

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                       角倉了以像 二尊院

昭和27年4月10日 京都新聞

『主家の品盗み色街で女遊び』

十八歳の少年が女遊びを覚え主家の商品を盗み出し五番町遊廓内で大尽遊びしていた。下鴨署では八日午後七時半ごろ上京区下立売通御前西入無職A少年(18)を窃盗容疑で逮捕取調べている。

同少年は立命館中学校を中退後二十五年十月ごろから右京区花園春日町山城撚糸工場―経営者佐野現二氏(40)―に配達係りとして勤務したが、フトしたことから悪友に誘われて女遊びを覚え、北新地五番町内美人座接客婦つや子ことAMさん(22)にうつつをぬかし、通いつめるうち小遣銭に窮し、勤め先の工場から生糸約十六貫(二十二万円)を盗み出して五番町内サロン北陽で知合った某生糸会社員に売りつけた金でつや子さんを落籍、遊郭内で連日豪遊していたもので下鴨小沢刑事が同遊郭内でのききこみにより少年がつや子さんに金側腕時計、ハンドバック、オーバー、クツなど不似合いな品物を買与えていたこを知り発覚したもの。

昭和27年4月20日

『美ぼうと気ップで転落の道を歩む「七条の十点」18少女捕る』

両親を失った十八の乙女が継母に育てられて不良の道に転落、マネキン、歌手、旅芸人と転々ついに街路婦の群に投じ、その美ボウと気っぷで「七条の十点」とよばれるネエさんとなって、友人、同僚の金品を荒していた下京区塩小路河原町角上ノ町無職角村光子(18)―仮名―は名古屋へ逃げていたところ十六日夜同市中区広小路ガード下で川端署員に窃盗容疑で逮捕取調べを受けている。

同女は昨年七月十五日下京区加茂川筋六軒町下ル川辺チカ子さん(19)方にとまり込み女物上衣(五千円)と現金二百円を盗んだほか友人、同僚間から窃盗、詐欺十三件、時価三万円相当の悪事を働いていたものだが、彼女は母を七歳の時失い継母に育てられていたが、父親も昭和二十年戦死し、その後叔父に引きとられ二十四年三月京都女学校を卒業したが、不良仲間とつき合ったことから悪の道に落ち、叔父の持物を持ち出すようになったが、生来のはで好きから丸物百貨店でマネキン、333の歌手、オフィスガールなどを転々とし、叔父の勧めで昨年三月結婚したものの身持が悪く一ヶ月で離婚、家をとびだし旅役者になり北海道などを放浪、昨年末再び京都に帰り街路婦となり仲間から「七条の十点」と呼ばれるほどのアネゴになっていたもので、友人の物を盗み名古屋に逃げていた。

取調べに対して平然と煙草をくゆらし十八の乙女と思えぬふてぶてしさに係官を驚かせている。

昭和27年5月13日 京都新聞夕刊

『家出させ紅燈へ 少女操る人身売買団』

堀川署少年係では家出少女を捜査中に、家出させ少女を売りとばしていた人身売買団を探知、一味を検挙した。

同署では右京区太秦安井御所ノ内町四大久保さん方MH(47)を児童福祉法及び職安法違反容疑で調べているが昨年三月生活に困ったところから長女ツネ子さん(24)を同区花園寺之内町一、喫茶店OS(44)の世話で一万五千円の前借をとり、岐阜市徹明町小料理店TK(38)方に売り飛ばしたところから、MHは人身売買が容易に出来ることに目をつけ、同区西ノ京仲合町UM(38)に話を持込み、UMの長女A子さん(16)をも一万二千円で岐阜に売り飛ばした。

さらにMHとUMはこれに味をしめ、三人の少女を甘言でだまし家出させ苦界にしずめ、またMHは船井郡八木町KC(36)をもそそのかしKCの長女B子さん(15)ら二人を三千円の手数料をとって同様紅燈の街に送り込んでいた。

同署では前記MHら四人及び雇い入れた岐阜市内五料理店を児童福祉法及び職安法違反で十二日書類送検した。






by gionchoubu | 2017-11-27 16:39 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 四十七

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『色街へ労基局の悩み 接客婦が取締れぬ 労働者か自前業者か 判定問題また蒸し返し』

労務省の通達に従い人身売買の取締まり対策を立案している京都労基局では旧遊廓の内部へも監督のメスを入れるか否かで協議を続けている時、上京区西陣新地の貸席組合が名古屋で行った接客婦募集広告をめぐって旧遊郭の彼女達は果して労働者か、自前業者かの判定問題がむし返されるに至った。

西陣貸席組合では名古屋、広島、徳島など五都市から接客婦を募集する広告を某広告取扱業者に依頼、名古屋市では既に二回にわたり“女子接客係募集。十八歳から二十八歳まで。収入最高。写真同封紹介を乞う”旨の広告が掲載され、十人から照会の手紙が同組合に舞込んだ。

これを知った西陣職業安定所では早速関係者を招いて調査したところ組合側は、“彼女達は自前の業者で労働者ではなく、大阪地検の調べでも実によくやっていると褒められた”事を強調した。

職安所では上労働監督署に連絡したところ同署では“一般的には労働者でない”との意見をもっているため職安所では労働者でなければ就職あっせんを行なっても違反でないとして調査を一応打切ることに決定したものの、これを伝え聞いた京都労基局では人身売買取締り対策と関連があることから、旧遊郭の接客婦を労働者として扱うか否かについてはあらためて検討を加えることになったもの。

労働省の通達によれば、彼女達が自前業者であるか否かについての判断基準として十項目の原則が示されているが、旧遊郭の接客婦達は建前上、自前の業者になっているに拘らず、実態はほとんどが労働者であることは判っているけれども、直接取締る法規がなく日本の社会的習慣でもあるため放置されている形である。

本地労基監督者談

悪質な人権の拘束があれば労基法から取締まるが非常に困難な問題なので人身売買取締り対策の中に旧遊郭を含めるかどうかについても研究しておりまだ結論をえていない。局としては名称は何であったも十原則に適合しなければ労働者と認める。

昭和27年 4月18日 京都新聞

『“良い仕事”は売春 京娘を売り飛ばす 被害者逃げ帰り発覚』

“よいもうけ口がある”と京娘を五人北海道の特飲ハウスに売り飛ばしていた非道の人身ブローカーが被害者の一人が逃げ帰って来たことから発覚、七日川端署に検挙された。

東山三条大橋東三丁目巽町大工TT(23)は“北海道によい勤め口がある。進駐軍相手の上品なバーで給料も非常に良い”と左京区浄土寺銀閣寺町103藤川ヨシ子さん(21)と友人の同北白川近藤ミヨ子さん(21)―何れも仮名―をだまし、北海道千歳郡千歳村の特飲ハウス(OG方)に周旋、謝礼金として二万一千円を受取っていた疑いで被害者のよし子さんが左京区浄土寺西田町飲食店増田春子さん(40)方に逃げ帰り川端署に“友達を救ってください”と訴え出たもの。

ヨシ子さんの話

昭和二十三年成安高等学校を卒業後、家業の花売りを手伝っていたが、許婚者に捨てられ悲観のあまり家出、前記増田春子さん方に身を寄せていたが、成安女学校時代の友人近藤みよ子さんから北海道の話を聞き、昨月十五日寺尾につれられて京都駅を出発、十七日OG方に着いた。

飛行機のあるところで家はバラック建。他の女の子が六人おり、いずれも京都から連れられて来られ、そのうち寺尾が三人つれて来たとのことだった。

店の主人が“借金を全部払ったから家の娘になって働け、どんな約束で来たか知らんが家は男と寝てもらうのが商売”と聞かされビックリ。

返して欲しいと泣いて頼んだが寺尾は“お前たちは遊びに来たのかそれなら借金を返せ”と借りもせぬ二万一千円の借金の返済を迫り、二人をセメたてたうえ十八日よる帰ってしまった。

友人のみよ子さんが“わたしはどうせ身を落した見だから借金はかせいで返す。あなたは素人娘だからこんな目にあうのは気の毒だから逃げなさい”と時計をくれたので三千円で売払い旅費を作り、二十五日京都に帰って来ました。どうかみよ子さんほか四人を救ってください。

同署では直ちに国警を通じ北海道の所轄警察署に連絡、軟禁されている京娘四人の救助方を依頼した。



by gionchoubu | 2017-11-21 15:54 | パンパン、赤線 | Comments(0)

島原、輪違屋太夫 賛姿語録 その四

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                           マッチ
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外側より
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四方の花 慶応三年版 松の粧嶋原名妓譜

輪違屋

太夫 花窓太夫 花君太夫 雲井太夫 花香太夫 馴君太夫 八重雲太夫

転進 嬉野 一之 袖衣 袖鶴 袖咲 花桐 嬉衣 如月 稲積 一花 花鶴
   花月 柏木

芸子 ちか鶴 金弥 小君 春尾 政つる 登栄 民路 金子 くら 玉吉 ふく松 末吉 小なつ 小とく 玉の うの栄 品栄 友つる 来栄   梅勇 小つゆ 松香

女郎 君の 咲栄 小雪 はつ 松栄 雛路 小いと 歌栄 色香

今回は輪違屋さんの建物の中外の輪違紋を探してみました。


by gionchoubu | 2017-11-16 13:10 | 島原、輪違屋太夫 賛姿語録 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 四十六

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昭和27年2月10日 京都新聞

『娘を苦界へ紹介 手数料かせぐ老人ご用』

五条署では数日前から下京区正面土手町東入KK(66)を職業安定方違反容疑で取調べていたが、同人は去る二十五年二月初旬、鳴門市撫養町黒崎RSさん(22)を下京区三ノ宮六軒町下ル貸席好成楼ことTYさん(35)方へ女中として紹介したのを手はじめに、昨年十二月までに前後十五回、いずれも六千円ないし二万五千円位の前貸をさせて就職させ、業者から六万余円の紹介手数料をとっていたことを自供したので九日午後送庁した。

昭和27年3月4日 京都新聞 夕刊

『スリ団島原一家を検挙 17人がリレー式』

この記事をまとめると、京都市内を中心に阪神方面にまで足を伸ばし三百万円にのぼる仕事を働いていたスリ団「島原一家」十七人が京都市警一課スリ係りにことごとく検挙された。

検挙されたのは東九条柳下町の通称柳原(25)と壬生馬場町のタヌキ(25)の二人を主犯、西京極下沢町トンガリ、丹波口大宮西入ヤス、中堂寺壬生川西入マモル、七条大宮西入ヒトシ、壬生森町テーヤン、中堂寺前田町ススムらでメンバーには少年七人も含まれていた。

彼等は島原遊廓内のヨシミ玉突店を根城にし四人、五人集ると“さあ行こう”と二条駅前や市電千本線丸太町、四条線、その他市バス内を主な仕事場としてリレー式に犯行を行なっていており、かせいだ金は親分、元犯が半額、残りをレツが等分、それぞれ遊興費にあてていた。十六の少年をはじめ同一家十七人全部が島原の遊女を見受け世帯もかまえていた。

尚、彼等の繋がりは「島原一家」といわれるほど綿密なもので、一斉検挙の前は、仲間が検挙されるとその弁護料や保釈金などで面倒をみていたといわれている。

昭和27年3月6日、京都新聞

『性病患者 大変が青年層 “不名誉だ”と宇治市が呼びかけ』

宇治保健所予防課では激増する性病にそなえ二十六年度における保健所性病診療室の成績を中心に最近の性病の特性、治療方法、まん延率等をさきに発表し、一般市民の猛省を促したが、

〜略〜

同保健所に正式に届出たものの性病患者の年齢別統計を見ると

六歳から十五歳の梅毒患者は男七人、女三人、りん病男一人、女四人、軟性下かん、第四性病皆無で、

十六歳―二十歳は梅毒男十四人、女五人、りん病男十四人、女十五人、軟性下かん男五人、女無し、第四性病皆無、

二十一歳―二十五歳は梅毒男二十四人、女五人、りん病男二十七人、女三人、軟性下かん男八人、女一人、第四性病男一人、女無しで

二十六歳―三十歳は梅毒男九人、女二人、りん病男八人、女二人、軟下、第四皆無となっており、

三十一歳―四十歳、四十一―五十歳、五十一歳以上と数はだんだん減じており矢張り十六歳から二十五歳までの間が患者総数百九十四人中百二人と大半を占め青年層の性知識欠如を物語っている。

〜略〜

京都全体の保健所別統計を見ると男では(宇治市の性病患者が)男では二倍、女では五倍になっている。

〜略〜

宇治保健所と同じ五万六千人の人口を持つ綾部(男二十六人、女八人)に比べ宇治は全く問題にならない不成績でこのさいこの汚名をばん回しようとするもの。


記事では宇治に性病患者多い理由を挙げていませんが、女性の罹病率が圧倒的に多いいのを見ても、アメリカ占領軍が進駐してきた大久保基地に群がるパンパンが関係していたのは明らかと思われ、大久保で大々的な街娼狩りがこの後も行なわれました。



by gionchoubu | 2017-11-12 15:10 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 四十五

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                     裏寺の鍾馗さん

『街の「温泉ホテル」の実態』昭和27年2月6日京都新聞夕刊

「多い素人女性 平気でベッドに寝そべるアプレ」

毎日の新聞を開く新聞の目に入り込むものに新聞広告がある。大はデパート広告から小は三行広告に至るまでさまざまである。

さてこのピンからキリまである広告のキリの部分を浮かび上らせると、いわく「家屋売買」いわく「結婚媒介」いわく「御休憩旅館」とこれまた様々である。

そしていずれも一応読者の気を引く珍商売である。戦後アプレの波に押しまくられて、あるいはタイアップして出来上ったこれらの商売のうちとくに愛用され親しまれているものは温泉マークの御休憩旅館、一名連込み旅館であろう。

夕刻迫る街に青い燈、赤い燈をポーッと浮かび上がらせ次々にアベックを吸い込む温泉ホテルはいまではアプレのとって、いやアヴァンにとっても安直なランデブー場所となってきた。

三行広告の小さなワクにハメ込んで「御休憩三百円、御泊り五百円」と露骨に示した文字通り、温泉ホテルの値段は皆同じで部屋のタイプは洋風と和風の二種類となっている。

もちろん場所柄によって品の良し悪しの差もはなはだしいが、客数は一日十組平均という所が多い。現在市内の温泉マークを数えあげれば恐らく何百という数に達するだろうが、そのうち代表的なのを二、三拾ってのぞき見すれば・・・

『20娘は御休憩 バックルで判る学生』

ここは名代の京極通りをちょっと入った路地にある。洋風の玄関を入ると左側に受付、右手はすぐ階段になっている。

出てきたマダムに(名)刺を通じて来意を告げると、とたんに警戒し始めた。七重の腰を八重に折ってようやくOK。以下はマダムとの一問一答から引用したホテル風景である。

部屋数は十五、洋間が殆どで来客は一日十組平均。景気の良かったのは昨年のクリスマスから松の内にかけてで一月下旬から二月いっぱいは不振。とここまではごく事務的報告でこれからが質問のむずかしいところである。

一日十組平均のアベック客、休憩、泊りは半々でくるのは日暮時休憩は二時間で、おそい連中は九時、十時に来るという。近所の飲屋の仲居はんや女中さんをクワえこむ連中はかならずこの遅組で、酒の上で意気投合し、感激の一夜を明かして翌日はケロリとして帰るその道の猛者ばかり。

しかし玄人より素人女性が断然多く、二十歳前後の娘さんを連れてくるときは全部御休憩。“家に帰る時間の関係でしょう”とはマダムの弁だが、最近は学生も多く、背広姿に化けてはきても照れくさがる様子とバンドのバックルですぐ判るという。

客筋はサラリーマン、女店員、事務員さんが圧倒的だというから二十日前後が暇だというのも無理がない。

客の気質をうかがうとアプレはホテルの人が入ってきても平気でベッドに寝そべってベタベタしたところを見せるが、玄人筋の女はさすがに男より先に起きて身をつくろうそうだ.

もっとも玄人女は後片付けを全然せず寝巻きは脱ぎっ放し、フトンは暴れ放題というからドッチもドッチというところか。

『定期客60じいさん』

B旅館

平安神宮近くに位置する純日本風旅館での客筋は上の部であるが土曜日祭日にもっとも客が多く“紳士が殆どです”とはここのご主人の保証。男は三十歳から五十歳ぐらいで女は二十歳以上が殆ど。

もっとも中には六十歳ぐらいのお爺さんが四十歳前後の年増同伴で定期的に来るという。階段を上がるのにもツエを頼りにするというから後の努力は涙ぐましい。何トマア、真剣な茶飲み友達であることよ。

アメリカさんの常連は一人。主人の豪語するだけあってここの客には検、判事さんもあれば、お巡りさんもいるという。“判事さんも人のうちですからネ”はさばけた返事だが相手の女性はドコのドナタでおわすやら。学校の男女教員も仲良く連立ってくるし“自由なイイ世の中になりましたナア”という主人の顔は判ったような判らないような表情。

休憩三百円(フロ代込み)宿泊五百円(税二割別)アノ地図をえがく無作法な人もおるから敷布、カバー、寝巻きは毎日洗たくする。敷布一枚七十円の洗たく代はちょっと痛いそうだ。

『同性愛の女同士も キモをつぶした女中さん』

Cホテル 通りの繁華街に位置する洋風の温泉旅館。常連が多く日に七、八組、男は会社員、商人が半々で女は事務員、女店員、キャバレーのダンサー、仲居さんとオール・メンバーをそろえている。

中には同性愛とおぼしき女同士の泊り客もたまにあるそうで、田舎から出てきたばかりのここの女中さんは最初肝をつぶしたという。

映画館も近い関係上、ちょっと口をきいたばかりの男女もよくやってきてはたまには“助けてッ”と大声を出して逃げ出す娘さんもあるそうだ。

年上の女が若い男と連だってくるといい合わせた様に“何もいわんとこんな所へ連れて来て知らんわ”とか“しょうも無いボンや”などといって照れ隠しをするという。

裏話を出すときりがないが、若いアベックは速戦即決主義が多く部屋の入るなりドアを締めて二人だけの源郷を楽しむという。そしてほっペタに口紅の跡をあっちこっちにつけて真面目な顔をして電話を掛けにくる若い男の顔を見る時などは笑うに笑えず、苦心がいるとは受付の女の打明け話である。

『パンツに乳バンド きまったような忘れ物』

“行きはヨイヨイ帰りはコワイ”のたとえ通りお客さんは来るときは愛想が良いが帰る時は真面目くさい顔をして“アリガトウゴザイマシタ”のあいさつも耳にはいらず飛んで帰るのが大多数だそうだ。

忘れ物として男はパンツ、女は乳バンドときまっており、玄人女の同伴連れはよく使い果たしたハンカチを捨てていくという。ここの休憩代三百円、泊りは五百円。

『三組三様のタイム

三つの温泉ホテルからのぞいたアベック客の生態はザットこんなところだが、典型的アプレとしてこんなのがAホテルにあった。

三組の男女アベックがやってきて一室に陣取りビールやら酒を飲みはじめた。そのうち三組のアベックは何時とも無しに一室ずつに入りこんだ。

ところが三人の女の子のうち、一人は突然部屋を飛出してホテルのうけつけに“クツをだして頂きたい”と泣きそうになりながら頼んだ。理由を聞くと男たちは“お茶をいっしょに飲む”という約束で連れてきたという。

併し後から追いかけてきた他の女の子が“あんたも帰るならウチも帰らなくなくちゃならないワ。ネ、だから十分だけ待って頂だい”と連れもどし、すったもんだの挙句結局それぞれのタイムを過ごした後はたのしかったのであろうかキャッキャと何事も無かったような顔つきで帰っていったという。

ホテルのマダムは“アプレの心理はこんな商売をやればやるほど判らなくなるワ”となかばあきらめ顔である。(S記者)












by gionchoubu | 2017-11-08 14:52 | パンパン、赤線 | Comments(0)

島原、輪違屋太夫 賛姿語録 その三

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                        桜木太夫

続いて色道大鏡巻第七 翫器(かんき)の部を抜粋してみました。(前回同様大分略しました)

六条三筋〜島原の時代に太夫、天神、格子などが、時に自分たち同士で、又ある時は客を遊び興じていた様子が偲ばれます。傾国とは六条三筋の廓か島原廓の事です。

 上品の女中のもてあそびながら、六条の時代には、傾国も是をもちいて興じつれど、近代此沙汰なし。

続松(ついまつ) 歌がるたの事也。当時傾国のとるは、覆のごとくに、残らず並べておきて、哥の上の句を一枚づつ出し、哥に合せて取るときは、露松といふ。

加留太 かるたは、異狄(いてき)より渡れば、其の根源を知らず。はう・いす・おうる・こつふなど言ふ名目も、弁(わきま)へ知りがたし。上品にはあらねど、わさわさしたる物なれば、時により傾国のうちても難なし。一座のさびしき時は興ともなるなり。

哥文字鎖(うたもじぐさり) 男女しめやかなる散会に、是程の口すさひ(遊び)は有まじけれど、これも哥数おぼえぬ女郎とは催しがたし。

双六 もっとも傾国のてずさひ(手遊び)に、よく似あひたるものなり。露松などは隙をとるものなれば、座のしらくる事おほし。双六ははてくち早くきゆえに、酒になりたる時しまひやすし。客と取り組みても、女郎どちうちても、難なければ、哥がるたには勝り侍る。

双六盤の事、しゃみせんに次いで傾国のもちたる翫器なれば、名ある女郎は自分に拵て置べき事なるに、さはなくして、挙屋にあり合たるを取出せば、盤も見苦しく、筒はわれかヽり、賽足らずなどいうことほヾあり。

手鞠 傾国のすさひに、あながち好ましからねど、時節により自然には有べし。これ正月に用ゆ。客の来らぬ内、挙屋の見世の内などにては取べし。(ただし傾国で手鞠を外でやってはいけない。天神以下がするもので太夫はしないとも書かれています。)

はねつき もっとも正月のてさすひなり。これ上職(太夫)・天職(天神)共に苦しからず。初春の夕つかた、小づまかいとりて、はね・胡鬼板、右の手のもにてさばきたる、いとやさしげあり。

(だんかい) 伊勢とも、ぜヾかいとも。猫ともいふ。傾城の弾をよるは、おおむね格子(女郎)にての手すさひなり。

石何劫(いしなご) 是も格子にての所作なり。されども、これはわさわさしたるものなれば、挙亭(揚屋)にてもくるしからず。いしなごは、胡にてとるを第一とす。石何劫の名人、六条にては玉鬘、坤郭(島原の事)にうつりて宮嶋家の左馬助、今の八左衛門家のきぬがえ。




by gionchoubu | 2017-11-05 12:11 | 島原、輪違屋太夫 賛姿語録 | Comments(0)

島原、輪違屋太夫 賛姿語録 その二

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色道大鏡巻第七 翫器の部を見ると

三味線 『抑(そもそも)傾国の芸において、三味線にうえこす物なし。傾城の是にうときは、官家の人の和哥(わか)を詠ぜず、武士の弓ひくすべしからぬにひとしければ、尤(最も)修練すべき道なり。六条(六条三筋時代)にしては小村家の幾嶋・越前、三味線に堪能なり。坤郭(島原の事)にうつりて鳳子小藤・尊子八千代、是三味線の棟梁たり。」

「遊客の心をうごかす事、三味線にしく物なし。かすかなる端女とても、是に堪なる者は諸客に呼出され、太夫職の座敷にいたる。尤当道において、遊興の奇器なる物をや。」

江戸期の太夫図や、洛中洛外図屏風などでも三味線を奏でる遊女の姿をよく目にしますので、江戸期初期に於いて島原太夫の三味線は必須だったようです。

 寛永(1630~1643)の頃「これより秘曲も世にひろまりて、ことことく傾国の手にもわたれり。されども、琴は挙亭にて場をとるものなれば、さまでこの(好)ましからず、又よくひく人もまれなり。すぐれずしては聞おほせがたければ、なくてもくるしからずとしるべし。」

小(胡)弓 「むかしは、遊興の座へかならず出したけれど、此比はよくひく人もなければ、絶て久しく出さず。」

「傾城にしては、大坂の長崎万重、諱倚子、小弓に堪えなり。其後尊子八千代、もとめずして心にかなひ、折々しらべ出るに、人の心をなやませり。今はひく人もなく、きく人もなければ、おもしろきといふ所をしらず。是諸道堪能ならざる故ならんか。」

尺八 「一よ切もおなじく八千代好みて、常に吹侍りぬ。諸芸堪能の遊女なりつれば、いづれにをろかはなかりき。八千代が外に、尺八をこのめる人なければ、よしともあしともさだめがたし。尺八もすぐれたるにしたがひてきかば、いかてか興なくてはあらん。」

古今無双の遊女、高徳秀才人成と謳われた奥村家の八千代太夫は三味線のみならず、胡弓や尺八も堪能だった事が分かります。

さて、今回の画像は輪違屋での桜木太夫の胡弓の場です。百匁ろうそくの灯に浮かび上がる妙なる響きは、聞き手を悠久の世界に引き込まずには居れません。



by gionchoubu | 2017-11-02 11:58 | 島原、輪違屋太夫 賛姿語録 | Comments(0)