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京都パンパン赤線時代 三十六

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岡崎の夜桜

昭和26年5月12日京都新聞

『祗園の名花も狂死 むしばまれた数百人・密売網一掃 害毒流した偽覚醒剤』

京都市警保安少年課では三月二十一日から五月十日まで(五十日間)市内各署を督励、覚せい剤の取締まりを行い、密造密売の本拠十件を摘発、偽覚せい剤約十三万本を押収、三十四人を逮捕送庁したが、これにむしばまれた少年、シャク婦ら実に数百人に達するといわれ、同課ではこれによって市内の偽覚せい剤は一掃されたといっている。

これらはいずれも薬品、アンプル、レッテルなど製造器一式を備え、常連のブローカーに一本十円程度で流し、花街、映画館、繁華街などで売りさばいていたもので、とりつかれた多くの青少年は頭痛、恐怖、被害妄想にかかり、あるいは経済的な破綻から自家物品の持出し、果ては??、殺人、詐欺、横領・・・とナラクのフチに落込み、財産を投げ尽し、一家心中までさまざまな悲劇を生んでいる。最近の例から一、二を挙げると・・・

そして記事では、偽覚せい剤を乱用しヒロポン中毒で狂死した東山区安井毘沙門町で祗園の名花とうたわれた美貌の持ち主の二十一歳の芸妓と、「兄ちゃん、ポンポン打ってみ、体がスーとするぜ」の一言にのせられ、中毒になり勤め先の金を使い込み逮捕された十八歳の青年の話を載せました。

昭和26年6月21日、京都新聞

『街路婦を急襲 川端署、MPが協力・16人を検挙』

川端署保安係ではM・Pの応援を得て二十日午後一時三十分から左京区岡崎一帯の街路婦一せい取締りを行い、東山三条大橋東入るK(22)ら十六人を政令九号違反容疑で検挙、府立平安病院に収容した。

キャッチされた女のあとを追って“オレの女房だ返してくれ”と同病院に威勢よくかけこんで来た男の悲喜劇も演ぜられたが、結局彼女達は血液検査のため一晩を同病院に留置された。

夕刊京都新聞 昭和26年6月17日

『情欲そそる エロ・ショウに上演禁止処置』

京都市警保安部では十一日から中京区新京極六角下ル京極演芸館で上演中の「エロス・エロトリア・腰抜けエロラティーブ」が風俗上好ましくないと十五日夕、上演禁止を勧告、同館責任者M、支配人Sの両氏を召喚、ワイセツ容疑で取調べている。

ストリップ・ショウ大流行の終戦後、市警が直接上演禁止の処置にでたのは今回がはじめてである。

同日午後一時から京都地検前田、西川両検事、市警前出保安係長らが同館を視察、市警、地検両者で協議した結果、前記主題の第一話、“昔はむかし今はいま”第二“当世郭文庫”の影の声が情欲をそそりワイセツ興行と認定、直ちに禁止方を勧告したもの。

同主題は二十日まで行なわれる予定であったが、同館では同日の最終回から上演中止した。

・・・それにしても、腰抜けエロラティーブ・・・一体何なんでしょう、とても気になりますね。



by gionchoubu | 2017-09-29 11:37 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 三十五

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昭和26年5月1日 京都新聞

『新京極を診察する ストリップは裏寺へ 専門大店の少ない寂しさ 本社主催座談会(二)』 JNS通信記者、ミス京都、市警刑事部長、市観光局長や商店街の人他で座談会があり、その一部を紹介させていただきます。

〜略〜

本社 ではここで先斗町の豆彌さんから京極をよくする意味で悪口を一つ、思う存分どうぞ。

豆彌 うちら京極のお客さんおいやすさかい悪口いうたらしかられますンやろうけど、昔はちょっとお座敷いったらじき京極へ花かんざしや、えり正はんの襟買いに連れてくれましたんえ。

そやけど、このごろのお客さんやったらダンスしにいきまひょか、言わはりまっさかい京極通へいきまひょうな、言うと京極は何にもええとこあらへん言わはりまんのどっせ。

こないだもネクタイ買う言わはりまっさかい京極へ行きまひょうな言いましたんエ。ほたらね、京極で見るネクタイと河原町で見るネクタイは全然違う。京極はええのんあらへん言うてやっぱり河原町へ行ったんどっせ。

そいでネクタイこうてエビス屋はんの角まで来たら警ラ隊の自動車がとまってますのん何やおもてうち人をわけて見てたんどっせ。

十七、八歳のパーマネントかけた男はんが“お前らなんで人の顔を見るのや”言うてどなったはんのどっせ。うちら何か悪いことしたんやおもて顔て見ましたん。

もう巡査も困ったはりましたわ。それでやっぱりあんなん見ると京極に来たら不良はんがいはりまっさかい迂闊に通れんな思いまっせ。もうちょっと京極も雅味のあるというのんどすか、そんなとこどすな。

京極の皆さんの前でこんなこと言いましたけど、かんにんどっせ。(笑声)

〜略〜

豆彌 地方のお客さんが言うてはりますけどストリップどすな、あれを見て京都というところはこういうところだという感じを持つ。あれは裏寺あたりへ持っておいきやしたら。そのくせ見たいのんどすけどね。男はんは(笑声)

浦崎(越後屋) 私も同感、昔は六角や裏寺にあったが今はあの六角の河原町、京極間が非常に発達してきた。

私は京極は京都らしい京極にしたい、ネオンで埋めたくない、昔のガス燈のようなもので飾りたいと思っています。日本らしい京都、京都らしい京都、そうして近代的なウィンドウ等で調和する。

私は履物をやっております関係上あまり洋服を着ません。着物ばかりですが、日本人には着物が非常に適しています。

京極通というものは京都の京極であってこれは日本の京都にしたい。奥床しいそして近代味のあるものにしたい。

豆彌さんのおっしゃったようにストリップは非常にいかん。あの劇場の前を修学旅行の生徒が通ってどういう感じを起すか。

ところがこのストリップ、見てはいかんというもんやさかい初めは人気があったがこのごろではいつでも見られるからというので寂れた。

また友田(市観光局長)さんのお話にもあったように雨覆いをし、看板も京都らしいものにしたいと思います。

ところが正直にいうと金がないから薬屋とタイアップしたり化粧品屋からお金をもらって看板を出しているというわけです。

〜略〜

以上、まだ京極にアーケードがない時代の話でした。



by gionchoubu | 2017-09-27 12:25 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 三十四

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昭和26年4月11日 京都新聞

『始った「春まつり」 練る太夫さん』

京の春の行事の一つとして、島原の太夫道中が十一日から五日間毎日午後一時から二回行なわれるが、十日にはその総稽古が同歌舞練場とその前の広場とで行なわれた、

最初美吉野、玉袖、雲井、薄雲、君、吉?太夫らの「かしの式」にはじまって芸者の長唄舞踊「春」「世界」常磐津「戻り駕籠」などがあり同歌舞練場から向い側の六坊へと会場を移し、かむろを従えて、例によって太夫は八文字をふみながら練り歩いたが、同期間中歌舞練場に茶席をもうけ藪内流で太夫のお点前を見せ、角屋、輪違屋などの門外不出の遺墨、遺品を陳列する。

昭和26年4月11日 夕刊京都新聞

『これも宣伝であリンす』

散る花を追うて十一日から五日間午後二回、島原では太夫道中が行なわれるが、それに先立ち同郭では宣伝のためとあって十日太夫の街頭進出を行い、当日の衣しょう姿で各方面にあいさつに向った。

昭和26年4月14日 京都新聞

『フォックス・トロットだね 高松宮両殿下、太夫道中御覧』

聖徳太子一千三百三十年忌記念事業の催しに西下中の高松宮、同妃両殿下は十三日午前九時五十六分着の国電で入洛、おそろいで五条坂清水六兵衛氏邸を御訪問、六和、六兵衛両氏の御説明で工房を見学、楽焼に興ぜられ辞去された。

午後は高山市長の御案内で一時半、新町竹屋町下ルの便利堂をご訪問、午後三時半からは島原太夫道中を御観覧になり、内八文字をふんで練る太夫の昔ゆかしい情緒を賞賛ぜられて後、郭内角屋へお立寄りになり、青の間で京大法学部教授猪熊兼氏の説明をきかれながら薄雲太夫のお点前でご一服。

「あの内八文字という歩き方はフォックス・トロットに似ているね。頭も衣しょうもさぞ重いだろうし立居振舞が大変だね、このかっこうでは騒げないだろう」

と後歓談、つづいて松の間で君太夫、薄雲太夫の“かしの式”を御覧になった。




by gionchoubu | 2017-09-24 10:37 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 三十三

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京都新聞 昭和26年3月26日 京都新聞

『祗園通りの免税を=実質的には市の道路と少しもかわらん=所有者が二度目の請願』

一般に市道と思われている祇園町の四条以南彌栄会館までとその周囲の道路は私有地で所有者の八坂女紅場が税金が大変だと市当局に免税を願い出ている。

昔の祇園町は四条から北の富永町末吉町付近で、四条から南は建仁寺の境内で竹ヤブであったのを、明治五年八坂女紅場が当時坪六銭三厘で買取ったもので、その後彌栄会館付近を牡丹園にしたのを、その花桜見に来るものが多いところから花見小路とつけられ、明治のころは台湾村とも別称されていたが大正三年女紅場が区画整理をして、それが今の街に発展したもので、今までは税金も安かったのでそのまま納めていてたが、昨年固定資産税と変わってから約二倍半になり、花見小路や周囲の道路も一般に通行しているため、この道全部に対し免税してもらいたいとの理由で、昨年東山区役所主税課で実情調査をしており、近くいずれかにきめられる模様である。

今回の免税願いは二回目で、昭和十三年頃下京税務署の館内にあった当時、三年間免税になっていたのを大阪財務局が調査の結果、花見小路は祇園町の発展のため作られた道路で公衆の利益にはならないとの理由で却下、三年間さかのぼって再び徴税されたことがあり、その後再三交渉の結果、花見小路の大通りのみ免税され現在に至ったが、さらに周囲の小道路の免税を請願したものである。

女紅場の所有地は約一万三千坪、うち道路は六百十六坪二合い勺(賃貸価格九千六百五十九円十四銭)で一年間の固定資産税十三万九千円十一円二十五銭となっている。

女紅場中村徳次郎氏談 今までは税額も安く、無理して払ってきましたが、税金も高くなり、皆さんも市の道路と同様通行してられるので、道路の分だけは是非免除してもらいたいと思っています。

東山区主税長出村晃氏談 実情をよく調査し、市とも相談して早急によい方法を講じます。

**********************************************************

昭和二十年代の京都新聞によく出てくる八坂病院(駆黴院)は明治十三年付属病院所属地になってから建てられたもので、明治四十四年に東山五条上ルに移転となり、その後祗園新地甲部組合が買い求め、大正二年に今の二代目歌舞練場を立てました。



by gionchoubu | 2017-09-22 12:14 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 三十二

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    円山公園 枝垂れ桜
京都新聞 昭和26年1月16日

『円山パラダイス全焼 煙突の加熱で天井から発火』

十五日午後五時五十五分東山区円山公園藤の棚、京都ナショナルクラブ経営進駐軍専用飲食兼キャバレー「円山パラダイス」(元ミヤコキャバレー)―社長内山至正氏―のダンスホール北西のステージのストーブ用煙突と天井の接触点から出火、屋根裏に燃え移ったのを同ホールへ来ていた外人客が発見、直ちに東山消防車に急報、同署及び全市の消防署十五台が出動したが、火の回り早く同ホール四十五坪、隣室の応接間(十五坪)東隣日本座敷七室、地下室バー、調理室など木造二階建延二百八十坪を全焼、同六時三十五分鎮火した。

同パラダイスは昨年四月一日から進駐軍専用キャバレーとして元ミヤコキャバレーの設備を改造して発足したもので、同年七月ナショナルクラブの経営に移り京都唯一の外人専用キャバレーとして経営、ダンサーは四人で外人客の社交機関であった。

原因について同ホールには四つの石炭ストーブがあり、煙突が屋根裏を通っているので、ストーブの過熱により天井との接触部から出火したもので、損害は約二千万円ともられているが、従業員の給料として備えてあった現金九十七万円を消失した、なお五百万円の火災保険がかけられている。

なお附近に国宝知恩院山門(正しくは三門)など名所旧跡があり市消防局照明車をはじめ全市の消防陣を挙げて出動、近隣消防団員約二百人が協力、附近には防火センがなかったにもかかわらず、同公園内の大池を利用したため水相の便よく、西に隣接したカメヤ喫茶店への類焼もくいとめた。

この出火には進駐軍消防隊も出動アメリカシステムの消化にあたった。

昭和26年1月26日 夕刊京都新聞

『乙女の夢破れ 不自由ない一人娘が夜の女 転落の詩集』

高等女学校まで卒えたのに夜の女に転落、同級生を訪ねては詐欺を働き今は鉄窓で罪の裁きを待っている。

この女性は石川県生まれ、住居不定F(24)で歯医者の一人娘として育ち戦時中府下船井郡梅田村に疎開、昭和二十年清華高女を卒業、二十一歳の時某氏と結婚したが夢破れ二十四年六月ごろ中京区三条高倉塚口タイプライター書院に通ううち上京区今出川新町今井京阪神速達社運転手某(35)と知合情交を重ねながら観光バスガールなどを勤めてしたが、昨年夏夜の女に転落、虚栄心を満たすのと生活に困ったところから、昨年末かつての学友上京区今出川小川東入ルHさん(24)を訪ね「勤務先の演芸会に要るから」と着物、羽織など時価八千円を詐欺したほか、同様手口で学友から衣類数十点約六万円をかたり取り消費、中立売署で捜査中二十四日宮川町某貸席のシャク婦になろうとしていたところを同署員に逮捕されたもの。

昭和26年2月4日

『病気持ちや妊娠女 一パイ食わされた五番町の貸席』

西陣署保安少年係では昨年末から下京区新町通正面下ルF寅松(57)奈良市油坂東町O利子(32)ほか四人を職安法違反容疑で身柄不拘束のまま取調べていたが、三日書類のみ送庁した。同人らは昨年一月上旬から十一月下旬までの間に上京区六軒町通中立売下ル五番町貸席業「辻菊」ことT松太郎氏ほか二十数業者が接客婦に困っていると聞き“よい女を世話してやる”と巧みにもちかけ住所不定Tはついさん(21)ら病気持や妊娠中の女を選んでは三十二人周旋、一人平均三千円の手数料計八万五千円を取っていた疑い。

昭和26年4月5日 夕刊京都新聞

『若い女の“血を吸う”売春を紹介・まだいる怪ブローカー』

九条署保安課ではさる二月初旬以来中京区河原町通蛸薬師上ルT(69)、下京区朱雀正会町M(56)らを職業安定法および勅令九号(婦女に売インをさせた者に関する処罰)の各違反容疑で取調べていたが近く送庁。

Tは元五条署管内芸娼妓紹介業組合長をやっていたが、無許可で二十四年八月からに二十六年一月までの間に知合いの下京区唐橋寺町Yさん(21)ら年ごろの女性十一人を彦根市袋町お茶屋花梅楼こと北村さとさん方、および名古屋市中村区日吉町の遊郭へ一人三千円の紹介料をとって世話し、女性たちは前借金を受けて売笑婦をつとめていた。

Mも同様紹介業禁止後、大分県直入郡竹田下町Oさん(24)ら四国、兵庫、京都などで金に困っている十人の女性に売イン行為をすすめ、祇園、東新地東富永町お茶屋東山下ことYさん、同角山下ことYさん方らへ紹介。

この願書から東山区三条通二丁目の川魚行商S(40)、名古屋市中村区若宮町染物仲介業K(61)らの同様行為も明るみに出された。








by gionchoubu | 2017-09-20 16:41 | パンパン、赤線 | Comments(0)

島原ぞめき まいまい京都 輪違屋コース

2017年9月18日、台風一過、まいまい京都ご一行様を私が輪違屋さんにご案内しました。如月太夫ご機嫌麗しゅう、輪違屋十代目御当主も、快くほぼ一見さんの皆様をお迎え頂きました。

館内による太夫道中、かしの式、抹茶のお点前、胡弓の演奏、舞い、お座敷拝見、如月太夫子、禿ちゃんとツーショット等々盛りだくさん、そして太夫と御当主と歓談しながらの宴となり、前回、前々回同様大盛り上がりになりました。

参加者二十名の内、北は福島県、南は鹿児島県からと十都道府県に渡り、皆さん初対面ながら打ち解け和やかな雰囲気のまま幕を閉じました。

アンケートをとらせて頂いた所、10点満点で20人の内19人が10点でお一人のみ8点でした。次回開催できるなら全員満点を付けて頂けるよう努めます。

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                     百年前の見事な内掛け
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                      桂小五郎の書
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                相手から背後より襲われるのを察知するギヤマン

by gionchoubu | 2017-09-19 15:44 | 島原遊郭 | Comments(2)

京都パンパン赤線時代 三十一

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橋本

夕刊京都新聞 昭和25年8月16日

『女中、実は売春 14の少女も売り飛ばす』

西ノ京円町附近の小川新子さん(19)―仮名―は家出後友人宅で一週間宿泊、勤め口を探していたが、これをきいたY大宮八条上ルは、女中を欲しがっている家があるからと、大津市北別保町のN方に連れ込み売春をさせていた。

Nは三月から売春婦数人を置き相当稼いでいた。その後Nは置屋を解散した際、小川新子さんの病気治療費として三千円が借金となっており、その代借として新子さんを伏見区西柳町Fに身売りした。

Fは新子さんに客をとらせていたが、その間に重なった借金六千百七十円が払えず、二人の女をつけて実家から金を払わせようとした所警察に発覚、捜索願を受けていた西陣署はYを勅令九号、職業安定法違反、Nを勅令九号、児童福祉法、刑法一八二条違反、Fを勅令九号、風俗営業取締法違反容疑で近く送検する。

Yは以前も下京区唐橋附近の夏川花子さん(15)仮名を十六と偽り同様手段でN方に紹介。Nは一ヵ月半にわたって花子さんに売春行為をさせていた。

昭和25年8月28日

『貞操奪って色街へ 8人に摩手・色と欲70じいさん』

京都市五番町酌婦のSさんから綴喜郡八幡署へ電話で、同郡橋本の無職I(70)に衣装八点(時価二千円余)をへん取されたとの届出が有り、同署ではSを調べた所、預かった衣類を渡そうとしなかったほか、昨年七月より、いろいろ甘言を用いて京都市五番町の橋本楼へ都合八人を酌婦として斡旋、一人当たり千二百円から千五百円の周旋料を取っていた。

周旋前夜には前記の女性を自宅に泊め欺瞞と暴力で貞操を奪い、中でもKさんは当時妊娠四ヶ月であるのに、情交をとげたのみか性病を感染させ、遂に平安病院で堕胎させ、しかも入院料と性病治療として同女から一万一千円を取っていたことが判り、同署ではIを勅令九号と職業安定法違反容疑として二十七日送検しした。

昭和25年9月11日

『まだ人身売買横行 未成年混る六女を食う鬼夫婦』

西陣署少年係は遊廓内に依然として婦女子の人身売買があるのを察知、内偵を進めていた所、上京区新出水千本東入ルYと内縁の妻Jを職業安定法違反並びに詐欺容疑で逮捕した。

Jは以前五番町遊廓で酌婦として働いていた際Yと知り合い同棲していたが二人りは共謀して本年六月Jの郷里付近の奈良県宇陀郡宇陀町N(18)同K(19)を上京区下長者町西入る貸席業玉屋に斡旋、Yより謝礼として三千円をもらいうけて以来、未成年を含む同郷の五人の女を上京区や下京区の貸席業に斡旋し、斡旋料以外にも女の借金を上乗せして貸席に請求し、差額を着服していた。

昭和25年10月6日

『良い所は色街 アプレ娘誘う魔手』

九条署保安係は下京区西九条Hを勅令九号、児童福祉法および職業安定法各違反容疑で取り調べていたが六日送検する。

Hは二十二年八月以来実娘妹春江さんが大津市下馬場町二友春楼方に嫁いでいることから家出娘や近所の娘をそそのかし十人の女をしゃく婦として友春楼に斡旋し手数料として八千円を得ていた。

さらにHはこのような斡旋を繰り返す内に「Hさんのところへ行けばよい所に世話をしてくれる」との評判をまき十六歳から二十五歳までのアプレ娘達が花柳界に身を売っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下は中野文庫からコピペさせて頂きました。http://www.geocities.jp/nakanolib/

婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令(昭和22年勅令第9号)

第一条 暴行又は脅迫によらないで婦女を困惑させて売淫をさせた者は、これを三年以下の懲役又は一万円以下の罰金に処する。

第二条 婦女に売淫をさせることを内容とする契約をした者は、これを一年以下の懲役又は五千円以下の罰金に処する。

第三条 前二条の未遂罪は、これを罰する。

  附 則 (抄)

1 この勅令は、公布の日から、これを施行する。


制作者註

  • この勅令は、昭和22年1月15日に公布され、即日施行された。
  • ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律(昭和27年法律第81号)により、本令は失効することとなったが、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第132号)1条2号により、なお法律としての効力を有するものとされた。
  • 売春防止法(昭和31年法律第118号)附則2項により、本令は昭和33年4月1日をもって廃止された。
  • 関連法令







by gionchoubu | 2017-09-17 11:02 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 三十

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         現在改装中の南座

昭和25年7月13日の京都新聞

『東山ダンスホール開放』

進駐軍専用を離れた東山ダンスホールは寂しい山のホールとして十五日から一般外人、日本人に十七年振りに開放されるが、毎夜七時から十一時まで、三条大橋明治屋前、四条小橋富士屋前から十五分毎に専用大型バスが発着する。

昭和25年8月7日、夕刊京都新聞

『京の夜の底を行く』『10対1群がる女達 大橋に争奪戦、河原は肉体賛歌』の記事が載ります。要約してみると、

午後十一時、Mダンスホール(美松でしょう)で“グッド・ナイト・スイートハート”のメロディに乗って最後のダンスが終わると、大津、宇治方面の電車や市電の終電も無くなってしまうので、ダンサー達は「あんたうちのシミーズと違うか」「靴がない、どないしよう」など汗ばんだ下着を取り替える間も惜しんでかけだしていく、男禁制の更衣室をちょっと失礼してパチリ(何と、その写真が紙面に載ります、今では色んな意味で有り得ませんね)

同じ頃近くのストリップガールたちは遅い夕食を終えて深夜の舞台稽古にかかり、二時、三時まではげしい肉体の跳躍が続く、とも有ります。

午前零時、

四条大橋から南座前には客引きをあせる女、女、女・・・まさに街路婦ラッシュ、歩いている一男性に対し十人の女がむしゃぶりつく「あんた、お金持っているのやろ、男らしくハタイたらどうやねん」

かも川の河原の茂みにいくと、「ね、ええやないか」「・・・・」「ボクが責任を持つ」「でも・・・」五十男に二十歳前の彼女、親子かと思ってフラッシュをたく・・・

今なら盗撮、盗聴その他でこの記者さん逮捕されるのじゃ無いのですかね。

午前一時

京阪四条駅には遊びつかれた娘さんや虚無僧らが一時十分発の最終深草を待っている。厚化粧の娘さんが二、三人、終電をやりすごしたとたんに「安くしとくわよ、任しときなさいよ」と記者は誘われました。

午後三時

京都駅にきてみるといる、いる、太陽に置き去られた人達―その大部分は家無しの浮浪人だそうだ、生活のはりも希望も失って獣のように食べ飲み寝るだけ、金が入るとカストリをあおり、同じ仲間の女と遊ぶという、哀傷も孤独もここには通用しない、ふじだなの下で蚊を追う母親のお腹の大きさだけが何となく痛々しい。

所謂新聞記者さんがブン屋と呼ばれていた頃の記事です。




by gionchoubu | 2017-09-14 14:35 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 二十九

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この記事の出る十日前の京都新聞の広告です。東京日劇ストリップショウで吉本が二年間の沈黙を破って放つ豪華ショウ肉体の共演!!花月劇場とあります。構成は東京吉本演劇部、出演者のトップに石井不二香の名がありますので、まず下の記事のショウで間違いないと思います。


前回の続き『裸はビジネスよ でも楽屋では恥ずかしい ストリップ』夕刊京都新聞、昭和25年6月27日より

「女見世物戦後版」の決定版にいま京洛の人気をよぶストリップ・ショウがある。京極の三つの館にかかるあの手この手のショウは、不入りの映画館をシリ目に毎日満員の盛況、この肉体興行のスター、幾千の猟奇的な目を一つに集めておどるストリップの女たちをその舞台裏に訪れてみた。

甘美なメロディ、赤や青のライトにてらされた心うきたつ舞台とはおよそ対照的な、うすぐらい急な階段を上りつめたところに彼女達の楽屋がある、ぶしつけながら一寸拝見と声もかけずにのぞきこめば、

「アラ、まだダメ、今きがえますから」とサッとホオにモミジを散らした厚化粧の顔が目にとびこんだ“ハダカで恥しい”そんなもの憂い感情がこの人達にひそんでいるのかと異様な感にうたれる。

部屋といってもコンクリートの床の上にフチなしのボロ畳が三畳ひきならべただけのところに紅、白粉などをとり散らかした鏡台前がならんでおり、片方の壁にはきわどいスリルを与えた透明のウスモノの舞台衣しょうと汗とお白粉のあとを残してかかっている。

「ごらんになりまして」こわいような舞台化粧の顔をそれでもやさしくほころばせて口をきる、うっかり下手な返事でもしたらひっぱたたかれるんじゃないかと心配していた記者はどうやら思いすごしらしい。

―とってもお行儀がよいんですね、客席は四十分間コトッとも音がしませんが―

「京都のお客さんはお品がよろしくって、やじったりなんかしないわね、一生懸命に見て下さるんでおどりがいがあるってわけよ、東京じゃもうさっぱりはやらなくなっちゃいましたよ、大阪が一番景気がいいのよ、もうストも下り坂ね、芸術的なものにかたむいちゃうんですね」

―スタれたら大変じゃないですか、貴方達職にアブレるわけで―

「だけど私達だってもとはみなちゃんとしたレビューにいたような人が多いので勉強をさえしていればまたやることはあるの、この石井不二香さんなんか谷子さんと同期生なのよ、ストに特別出演してられるけど」

不二香さんとよばれる人はしずかにお紅茶をいれながら

「私はこの道に入って十年にもなりますけど好きなオドリは止められなくって」

―オドれるためのレッスンはあるんですか―

「レッスン、そんなものなくってよ、ヒマがないのよ」

―ハダカに何千の目を集めてオドってられてどんな気持がします?

「ビジネスよ、そんなこと意識していないわ、はっきりしているの私たち―、劇場なんかは余り仕事にならないし勘定にいれちゃいないの、夜の仕事アラ、いやですね、そんな目附をして売笑ではありませんよ、キャバレーに出るのとお座敷が収入の大部分になります、京都じゃまだ一回もお座敷はかからないけど、そりゃはじめから甘く見られていますから売春行為を迫る方も多いけどそんなキタない事しない人の方が多いですわ、ストの人の中には家庭をちゃんともっている人もあるし生活の手段の仕事としてやっているからはっきりしているの、ハダカでお金が十分とれるから体を売る必要はおこらないわけです。その点このごろのお嬢さん達の方がずい分危なっかしくみだらなんじゃないでしょうか」

―最近は日本舞踊的なスト・ショウも出てきましたね―

「落目だからアノ手コノ手をくり出すわけなんですね、キモノものもなじみやすいお色気が出てきているようですけど、私達はやはりクラッシックな正統のバレーの方向に進みたい芸術意欲にもえています」

とひとみを輝かせる彼女達である。

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以上を読んでみると、声も掛けずに、いきなり楽屋を覗き込み、あからさまにスト嬢に好奇の目を向けるなど、ずい分ぶしつけな記者さんだと思います。

又、四十分のストリップショウの間、全く観客から音がしないのも、お行儀が良いのではなく、唾を飲み込むのも忘れスト嬢を凝視している訳で、大変不気味に思えます。

ストリップ嬢の仲間に売春しない人の方が多い・・・という事は相当数がしている、の裏返しになります。

そして吉本・・・商魂見上げたものです。





by gionchoubu | 2017-09-11 11:50 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 二十八

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ヤサカタクシーは通常三つ葉ですが、1、440の4の確率で「幸運を呼ぶ四っ葉のクローバータクシー」に巡り合えます。


アプレ・・・フランス語のアプレゲールを略した語で、この時代、第二次世界大戦後の若者の放恣で退廃的な傾向、又はその傾向の人を指していいました。
昭和25年の夕刊京都新聞では『アプレ女性商売』として五つを取り上げています。

一つは“街頭アナ”で四条大宮のターミナルに近い商店の二階の公衆電話ほどのボックスから広告放送をしていました。朝九時から六時まで、アナ嬢が三十分交代で宣伝原稿を読み上げていたと書かれています。

取材を受けたのはBKの放送研究会にいた人で、「私たちのシャベッていることがどのくらい効果をあげているんでしょうか、うるさいなんて耳にフタをされている人が多いんじゃないかしら、交代ですから」との事、せまい箱のなかでカンズメ状態で喋り続ける、単純な仕事ではあるが、相当体は疲れるし、給料はびっくりするくらい安いとの事・・・

次に“アベックタクシー”これはヤサカ自動車が女性運転手を養成してタクシードライバーとして採用したもので、男の客と女性ドライバーなのでアベックタクシーと呼ばれていた様です。

取材を受けた女性ドライバーは実地訓練を毎日必死に受け、あるときは畑にとびこんで麦をめちゃくちゃにしたり、急坂から下りかけにキャーと悲鳴をあげたそうです。

ようやくドライバーとして一年過ぎようとした彼女は、からかい半分か、ほろよい気分の故か、夜ふけにのせた男の客からは「いいじゃないか、車をおいて休んでいこうよ、いいだろう」と接客婦のように扱われたこともあり、全くなさけない・・・収入はたいした事はないものの、毎日いくつかの小旅行が出来るのも楽しみの一つ、とも述べていました。

そしてマネキン、デパートでモデル化粧をほどこした女性がパフを片手に「まず下地にこのミルクローションをぬりましておはだを整え、次にこのお白粉をはたきつけますと・・・」などと実演していました。

Dデパートで「キス・ミーの口紅を召しませ」と呼びかけているキス・ミー宣伝員の小西美智子さんの話によれば、「この仕事は能動的に積極的に働きかけなければならないからおとなしい人にはむきません、相当心臓の強い人でないとダメなんですよ、なんだって売上げのよい日は何よりも楽しいですからかまいませんが」とお得意のスラスラ調で苦労話を話してくれました。

もう一つはモデル、アトリエなどで全裸でポーズをとり絵描きさんらのモデルとなる仕事です。

モデルという言葉から直ぐ乱れた生活を連想させる様ですね、という記者の意地悪な質問に対し、

「いやですね、集ってこられるエカキさんによりましょうけど、私は今まで一度だってそんな気持、誘惑の気配を感じたことはありません、一ぺん経験してみたいくらい、それにこのごろのモデルは乱れた生活の人は資格がないのよ」

カキさんの要求もすっかり変り、古いモデルは段々落伍していくのでいいモデルは少ないというわけ、

「体の内面的な美しさまで要求されますの、教養の美というんですかしら、モデルになるようになってよく勉強するようになりました、読書、映画、演劇をみる一方洋裁、お茶、お花、普通のお嬢さん方以上におけいこをして自分をみがくのに夢中なんです」

―ずっと長く続ける心算ですか―

「続きませんわ、好きな音楽の才分を一生のばしてくれる理想の人があったらやっぱり結婚したいと思います、何もかもすてて愛することの出来る人に会いたいものですわ」

と女の顔を赤らめながらモデル嬢はガウンをはずしてさっとモデル台へ上がった。

四条大宮の街頭アナの件は聞いた事がありません。法律の合間を縫った宣伝方法だったのでしょう。

さて、次回はこの記事で一番のスペースを占めた『裸はビジネスよ でも楽屋では恥しい ストリップ』をお届けします。



by gionchoubu | 2017-09-09 11:01 | パンパン、赤線 | Comments(0)