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芸者の欠点

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続きまして、三宅孤軒による『現代芸者の欠点』です。こういったアンケートは褒めるより貶すほうが面白いにきまっており、ここでも・・・

「話のまづいこと、話題の乏しいこと、客の取りなしが拙なること。客に構わずに芸妓同志が話合ったり若いのになると、遠くのものと、手真似で勝手なことをしてゐるなど、言語道断。初見の客に合ふと、まるで素知らぬ顔して、電車の中の乗合客同志の如し。芸妓の訓練の不行届きなること、現代ほど甚だしいのはない。特に新橋に於て最も此幣がある。」文学博士、笹川臨風

なら行かなきゃいいのに・・・と思いませんか?

「現代芸妓(げいしゃ)としては、三味線や舞踊のみに熱中することが、芸道専一と一生懸命、腕を磨くことゝ考へ違へしてゐるものがあるが、其れを改めて欲しい。そういう芸妓の存在も必要だが、新聞や雑誌を読みこなして、社会の出来事について、正しい見方をして居らなければならぬ。それから現代人の心持ちと、感情とを、デリケートに判断し、明朗なる女性たるべきにて、インテリゲンツイァたることが、なほ好ましい。今日では、義務教育をすませてゐるのだから、芸妓になってからでも、修養と向上とに自ら意をもちゐるなれば、決して至難ではないと思ふ。」飛行機学校長、相羽有

私は、三味線や舞踊に熱中せず、.新聞、雑誌ばかり読んでるインテリゲンツイァな芸妓はイヤです。それにしてもこれほど飛行機学校長に相応しい名前は有りませんね。

「〜略〜無闇とお銚子を運び上げる事、半分も飲みもしない奴をどんどん下げて、お代りの又お代わりなんかは、全くあったらもんだといふ気がいたします。それから、一寸した遠出の遊山なんかで、晩飯なり昼飯なりに料理屋なり茶屋なりに、立寄るとなるといやに鷹揚の大風で、どうせ人の銭だ、つかわなきゃ損だで、入りもしないものをあつらへる。つまらないみやげを調へる。その上無闇矢鱈と女中を呼び立てる、もの凄い程人づかいが荒い。遺憾なき迄育ちの悪さを発揮するようなのを往々にして見かけます。もっとも、芸妓の凡てがそうだといふわけではありません。」書家、水島弥保布

これは現在の花柳界でなく、まるで別の水商売の現状のようです。

「芸の無い事を悲しみとしないで、女には命よりも大切な貞操と云ふものがあると云う事を、お酌の中から忘れ果てゝゐる事です。どの芸妓を見ても無貞操地帯の、ゴミか、紙屑見た様な哀れなものです。貞操の上から云へば、一人も人間は無いでせう。それが現代芸妓の大欠点です。貞操を守る為に、お酌が自殺を図った抔と云ふ新聞の雑報が出る時か来ます。今の連中は屑計りです。」
川柳家、高木角恋坊

一体角恋坊は御茶屋(待合)でどんな目に会ったのでしょうか?
ちなみにお酌は関西で言う舞妓の事です。


by gionchoubu | 2016-11-26 12:09 | 舞妓・芸妓 | Comments(2)

芸者の長所

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是は三宅孤軒が先輩知己三百余人と全国の料理屋組合五百余ヶ所に紹介状を出し、先輩知己より百数十氏と料理組合三十からの回答を得ました。

アンケートは『芸者の長所』『芸者の欠点』『将来の芸者は斯くあるべきもの』『其他芸妓への注文』の四項目で、今回は『芸者の長所』からいくつか紹介します。

「概して道徳的で義理人情をよく弁えている事。
日本女性の伝統的な美しさを保存している事。
家庭婦人のなし得ないサービスを心得て居ること。(たとえば芸の如き)」

この回答は長田幹彦、さすがに祗園小唄を作詞でも知られ、各花街に深い理解がある文士として、今でも通じる普遍的なポイントを突いていると思います。

同じ文士でも長谷川伸は、随分正直な人な様で、芸の事はかたらず・・・、
「性的魅力を持っている点は、何と云っても彼女たちの長所です。」
いつもそんな目で芸者を眺めていた様です。

東京朝日新聞の杉村楚人冠は、海外の事情と対比して、例えばイギリスでは、お客の接待は主人がするもので、これはこれに向いていない人には苦痛をともなう・・・ところが日本では御客の相手は芸者に任せる事が接待につながるので、主人は楽だ・・・のような趣旨を述べています。職業柄、いろんな見方があるようです。

著述家、竹内夏積
「昔より明るさが出来てきた。インテリになった。それらも芸の一つであることを自覚したらしい。」

俳人、木下蘇子
「現代芸妓の長所は、衣類其他とも品が宣くなったが、其変り生酔ひと云う姿が見られなくなった。」

長唄師匠、杵屋勝太郎
「習字、茶、花等の稽古をして居る事。貯金の心掛が有る事。」

などなど、七十人以上の回答者が色んな意見を述べている中、内務省土木局統計課 田中野狐禅は理想の芸妓姿を浮かび上がらせてくれました。

「客席に芸を以てサービスすると共に、巧みに話し相手となって、好感的に客を飽かしめぬのが、芸妓の定義だと思ふ、此場合、レッテルの美醜など、敢て問題ではない、所謂胸三寸の働きが芸妓としての天職を尽し得るのである、従って、そこに長所がうまれるのだと信ずる、即ち客は十人十色であり、仮令、初見の客でも、その好尚、性格、酒癖などを洞察して、臨機応変の取廻しを為し得るのが、芸妓の長所であらねばならぬ。」

昭和一桁の花柳界の様子でした。


by gionchoubu | 2016-11-20 11:48 | 舞妓・芸妓 | Comments(4)

花名刺と千社札

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舞妓さん、芸妓の立ち寄るお店などで、この花名刺が沢山貼られているのを見ます。先斗町の十五大明神も花名刺で埋め尽くされています。

by gionchoubu | 2016-11-15 13:09 | 京都の花街・遊廓 | Comments(6)

偽太夫問題

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                        輪違屋

偽舞妓、偽島原太夫・・・これは舞妓変身や太夫体験の事ではありません。

舞妓体験も祗園で業者が店を始められた頃、花街からクレームがあったのか、変身した舞妓さんが祇園町を散策する折など、こちらは変身舞妓さんです・・・的なプラカードをもった業者の人がついて歩いたりしていました。

こういった業者さんが節度をもって、一般の方に舞妓・太夫体験で夢を見ていただくのは・・・時に妙齢すぎる奥方が舞妓姿で通行人をして驚愕せしめる場合を除いて・・・私個人として全然OKだと思います。

ただし、舞妓、太夫に扮した人が、舞妓、太夫として、お茶屋に上がることは考えられませんが、料亭、ホテル、旅館、さらにイベントなどに現れ、お商売されるにいたるなら話は別です。

これも随分昔の事になりますけど、舞妓さんと称する女性をつれた方が、こういった座敷に現れることがありました。主に修学旅行の旅館に現れ、一曲のみ生徒の前でテープで踊らせ、かんたんな生徒からの質問コーナーを受け、20分ほどで帰っていきました。料金は最後には3万5千円まで上がったと記憶しています。

舞妓さんに扮された方は大変お綺麗で、素人さんでは見分けがつかない出来栄え、当時は京都全体で舞妓さんの数も少なく、そこそこ需要があり、私も何回か使いました。

さて、本物か、偽者か、それを判別するのに鑑札の有無があります。祇園でも宮川町でもお茶屋さん、置屋さんとも、必ずお茶屋の鑑札を掲げます。鑑札とはいわゆる免許で、これがないと営業は出来ません。

舞妓さんは置屋さんの住み込みとして、またその置屋さんから芸妓になった人もこの鑑札の元、芸妓さんとしてお茶屋、料亭、旅館に入り、イベントにも参加できるのです。

この置屋さんから、自前の芸妓さんとして独立した場合(*独立してお茶屋業をする場合です。2017、6月9日付記)、この芸妓さんは新たに鑑札をとる必要があります。

お茶屋や芸妓にとって鑑札は命のように大切なものです。

島原の現在ただ一軒お茶屋鑑札で営業しているのが輪違屋さんで、こちらも同じく輪違屋さんが手塩をかけて育てた、現在、花扇太夫、若雲大夫、如月太夫、薄雲太夫、桜木太夫の五人のみが島原公認太夫になります。

これは私が現在の十代目輪違屋のご当主から直接きいていますので確かです。

つまりこの五人以外で太夫を称している人は、鑑札が無ければ違法ということになります。そして鑑札の無い太夫を名乗る人を島原太夫として呼ぶ場合、違法に加担して、かつ冗長させている事になります。

運転免許がないのに車を運転すれば処罰を受けるのに、なぜ、こういった太夫さんを騙る方が取締りを受けないかというと、警察も忙しくて、さらに社会を揺るがせる訳でもなく、いわば世間から大分離れている所で起きている事として、まあ、野放しになっているというのが実情の様です。

色々見聞きするに及び、私に出来るところとして、この問題に微力を費やさせて頂くつもりです。

まあ、効果は期待できませんがね・・・



by gionchoubu | 2016-11-07 13:12 | 島原遊郭 | Comments(17)

花名刺と千社札(宮川町編)

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 私が座敷で司会させて頂いた宮川町の舞妓、芸妓、地方さんの花名刺、現役の人、廃業された人、色々です。

“芸妓さん、舞妓さんがお客さんに渡す、小さな和紙の名刺。「花名刺」は幾岡屋さんのオリジナル製品の名称です。現在は、シール・タイプもあります。大正から昭和にかけて活躍した染織図案化・松村翠鳳がお茶屋遊びの折に考案したものです。もとは家紋と名前を和紙に捺したシンプルなものでしたが、次々と季節にちなんだお花や風物などの多様な図案が生み出されていきました。その後、娘の松村幸子さんが花名刺づくりを受けつぎ、現在は幸子さんの姪にあたる林久子さんがお一人で作成されています。

花名刺は木版で、デザインは二百種類ほど、色ごとにわけられた版木は千個はあるそうです。複数の版をくみあわせて絵柄をつくっていきます。ぼかしは、ひわ色、水色、桃色、橙、紫の五色あり、濃淡も使い分けて表現しています。文字入れは文字専門の職人さんが版木を作成しています。名刺の上部に赤い線をいれたり、周囲をすべて赤い枠でかこったりと、注文主の好みでアレンジをくわえていきます。

本来のお客さんである芸舞妓さん以外にも、女優さんや踊りのお師匠さん、男性のお客さんでも作られることがあるそうです”

以上は『舞妓の美―花街を彩る匠の技―』で、山本真紗さんが執筆されたものです。

ちなみに、一般的に、この花名刺は千社札と呼ばれることの方が多いようです。


by gionchoubu | 2016-11-06 11:29 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(2)

島原遊郭ぞめき 北向


 
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好色訓蒙図彙より、半夜の位まで、お稽古をしていた様です。北向の自由奔放な遊女姿に注目します。


以前、明治になって角屋が長松楼、輪違屋が養花楼(今でも二階の座敷に養花楼の額あります。)その他島原のすべての青楼に紫籐楼、桔梗楼、万春楼、橘仙楼、向楼、旭楼など、楼の字が当てられた理由が不明と、このブログで尋ねあぐねました。最近島原の関係者の方に、これは公許の貸座敷である印としてこの楼を用いたと教えていただき疑問が一つ解消しました。

さて、嶋原には時代に依り色んな称号の遊女がいました。いちおう纏めてみました。

『色道大鑑』延宝九年刊、から上位より

【太夫、上職】傾国において、最もおもんずべき職

【三八(さんは)】太夫と天神の間の位、その上に五三の位、三八も五三も遊料

【天神、天職、中通り】

【かこい、い職】

【半夜】い職の女を、昼夜にわけたもの

【端女、端(はし)女郎、局(つぼね)女郎、あそびとり、假契(けちぎり)
?女(そじょ)彗星(ほうきぼし)

『一目千軒』宝暦七年版による嶋原の位

【太夫】

【天神】むかしは遊料が二十五匁(毎月二十五日が天神さん)が由来とのこと。以前は【大天神】と【小天神】があったとの事

【端女郎】芸に秀でれば天神や太夫に位を上げる事が出来る。この位まで打掛を許される。

【鹿恋(かこい)】太夫、天神と較べると大いに侘びたる。こうし女郎の内

【牽頭女郎】太夫、天神が三味線を引かなくなったので、三味線が必要な場合呼ぶ女郎

【局】

【北向】嶋原が出来た頃、中堂寺町にいた下等の女郎

『四方のはな』慶応三年

【太夫】【転進】【女郎】の順、芸子は転進と女郎の間の位に書かれています。

大正十五年にお茶屋百十二戸、置屋十二戸、太夫二十八人、白人六十六人、娼妓二百四十三人、芸妓六十名と太夫と娼妓の間に白人の位が現れました。(『京都遊廓見聞録』)

白人は江戸期祗園などにいた高級な私娼のことで、公娼の黒人(玄人)に対して素人の白人(伯人)という由来です。

藤本箕山の『色道大鏡』の丹波口茶屋町之図に今の嶋原商店街と思われる道に十七軒の白人の住居がかかれています。

この白人と大正、昭和の島原の白人の関連性が新たな疑問として浮かんできました。

公許の遊廓の前で私娼が堂々と営業できるとは思えません。しかし素人宅とも思えないのが悩ましい所です。





by gionchoubu | 2016-11-03 12:21 | 島原遊郭 | Comments(0)

五条楽園ぞめき その二十二

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赤枠が江戸期の七条新地で下枠が、上二之宮町、下二之宮町、上三之宮町、十禅師町、上枠が岩滝町、早尾町、波止土濃町、八ツ柳町、聖奥子町の十町です。
この二つの赤枠の間が六条新地です。つまり七条新地の中に遊里化していない六条新地が挟まれるように存在した事になります。

黄色く塗られた所が明治の初めの七条新地で、七条側は東の一部(上二之宮町と下二之宮町の一部)を残して米会所及び外商売りになっています。
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赤枠が江戸期の五条橋下で七条新地より出稼ぎ地として、都市町、平居町、南京極町の三町です。明治の初めには黄色い部分が五条橋下で、東側の都市町が遊廓から外れ平居町と南京極町の二町のみになりました。

以上七条新地、五条橋下とも『京都府下遊廓由緒』に依ります。

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赤枠が明治十九年七月布令第三号五業取締規則による七条新地区域です。旧五条橋下の平居町、南京極町に、七条新地の聖真子、岩瀧町、早尾町、波止土濃町、八ツ柳町の七町で、七条側は外れました。それでも江戸期は七条新地が五条橋下を従えた形なので七条新地の名称は変わりませんでした。


大正元年八月二十三日の区域として始めて旧六条新地の一部で菊浜町と高宮町、そして高松町と平岡町の一部が加えられました。赤枠に黄色部分を加えた区域です。

この区域がほぼ五条楽園に引き継がれました。


by gionchoubu | 2016-11-01 13:29 | 五条楽園 | Comments(2)