花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ

全体
上七軒
遊郭・花街あれこれ
先斗町
宮川町
ねりもの Gion Nerimono
舞妓・芸妓
祇園東
五番町
雇仲居
遊廓、花街の類形
京都の花街・遊廓
亡くなった滋賀の遊郭
五条楽園
私娼
島原遊郭
祇園
パンパン、赤線
島原、輪違屋太夫 賛姿語録
*リンク
亡くなった奈良の遊廓
未分類

以前の記事

2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月

お気に入りブログ

最新のコメント

花街ぞめき様へ 元..
by narahimuro at 18:15
> narahimuro..
by gionchoubu at 14:16
> あきさん コメ..
by gionchoubu at 14:51
本当に詳しく、有難うござ..
by あき at 21:27
花街ぞめき様へ 元林院..
by narahimuro at 22:47
> やまねさん し..
by gionchoubu at 12:40
河原町四条の蝶類図鑑は常..
by やまね at 11:23
> やまねさん そうで..
by gionchoubu at 12:36
ちなみに プログレががん..
by やまね at 22:56
> kwc_photoさ..
by gionchoubu at 10:35

メモ帳

最新のトラックバック

美は幸福を約束するものに..
from dezire_photo &..

ライフログ

検索

タグ

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

花街 元林院ぞめき 三
at 2018-12-09 12:56
花街、元林院ぞめき 二
at 2018-12-06 12:58
上七軒 大文字 勝奈さん その四
at 2018-12-05 12:24
花街 元林院ぞめき 一
at 2018-12-02 17:25
大和郡山 洞泉寺遊廓ぞめき 三
at 2018-11-28 12:34

外部リンク

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

歴史
近畿

画像一覧

カテゴリ:舞妓・芸妓( 19 )

芸者の欠点

f0347663_12081089.jpg

続きまして、三宅孤軒による『現代芸者の欠点』です。こういったアンケートは褒めるより貶すほうが面白いにきまっており、ここでも・・・

「話のまづいこと、話題の乏しいこと、客の取りなしが拙なること。客に構わずに芸妓同志が話合ったり若いのになると、遠くのものと、手真似で勝手なことをしてゐるなど、言語道断。初見の客に合ふと、まるで素知らぬ顔して、電車の中の乗合客同志の如し。芸妓の訓練の不行届きなること、現代ほど甚だしいのはない。特に新橋に於て最も此幣がある。」文学博士、笹川臨風

なら行かなきゃいいのに・・・と思いませんか?

「現代芸妓(げいしゃ)としては、三味線や舞踊のみに熱中することが、芸道専一と一生懸命、腕を磨くことゝ考へ違へしてゐるものがあるが、其れを改めて欲しい。そういう芸妓の存在も必要だが、新聞や雑誌を読みこなして、社会の出来事について、正しい見方をして居らなければならぬ。それから現代人の心持ちと、感情とを、デリケートに判断し、明朗なる女性たるべきにて、インテリゲンツイァたることが、なほ好ましい。今日では、義務教育をすませてゐるのだから、芸妓になってからでも、修養と向上とに自ら意をもちゐるなれば、決して至難ではないと思ふ。」飛行機学校長、相羽有

私は、三味線や舞踊に熱中せず、.新聞、雑誌ばかり読んでるインテリゲンツイァな芸妓はイヤです。それにしてもこれほど飛行機学校長に相応しい名前は有りませんね。

「〜略〜無闇とお銚子を運び上げる事、半分も飲みもしない奴をどんどん下げて、お代りの又お代わりなんかは、全くあったらもんだといふ気がいたします。それから、一寸した遠出の遊山なんかで、晩飯なり昼飯なりに料理屋なり茶屋なりに、立寄るとなるといやに鷹揚の大風で、どうせ人の銭だ、つかわなきゃ損だで、入りもしないものをあつらへる。つまらないみやげを調へる。その上無闇矢鱈と女中を呼び立てる、もの凄い程人づかいが荒い。遺憾なき迄育ちの悪さを発揮するようなのを往々にして見かけます。もっとも、芸妓の凡てがそうだといふわけではありません。」書家、水島弥保布

これは現在の花柳界でなく、まるで別の水商売の現状のようです。

「芸の無い事を悲しみとしないで、女には命よりも大切な貞操と云ふものがあると云う事を、お酌の中から忘れ果てゝゐる事です。どの芸妓を見ても無貞操地帯の、ゴミか、紙屑見た様な哀れなものです。貞操の上から云へば、一人も人間は無いでせう。それが現代芸妓の大欠点です。貞操を守る為に、お酌が自殺を図った抔と云ふ新聞の雑報が出る時か来ます。今の連中は屑計りです。」
川柳家、高木角恋坊

一体角恋坊は御茶屋(待合)でどんな目に会ったのでしょうか?
ちなみにお酌は関西で言う舞妓の事です。


by gionchoubu | 2016-11-26 12:09 | 舞妓・芸妓 | Comments(2)

芸者の長所

f0347663_11475970.jpg

是は三宅孤軒が先輩知己三百余人と全国の料理屋組合五百余ヶ所に紹介状を出し、先輩知己より百数十氏と料理組合三十からの回答を得ました。

アンケートは『芸者の長所』『芸者の欠点』『将来の芸者は斯くあるべきもの』『其他芸妓への注文』の四項目で、今回は『芸者の長所』からいくつか紹介します。

「概して道徳的で義理人情をよく弁えている事。
日本女性の伝統的な美しさを保存している事。
家庭婦人のなし得ないサービスを心得て居ること。(たとえば芸の如き)」

この回答は長田幹彦、さすがに祗園小唄を作詞でも知られ、各花街に深い理解がある文士として、今でも通じる普遍的なポイントを突いていると思います。

同じ文士でも長谷川伸は、随分正直な人な様で、芸の事はかたらず・・・、
「性的魅力を持っている点は、何と云っても彼女たちの長所です。」
いつもそんな目で芸者を眺めていた様です。

東京朝日新聞の杉村楚人冠は、海外の事情と対比して、例えばイギリスでは、お客の接待は主人がするもので、これはこれに向いていない人には苦痛をともなう・・・ところが日本では御客の相手は芸者に任せる事が接待につながるので、主人は楽だ・・・のような趣旨を述べています。職業柄、いろんな見方があるようです。

著述家、竹内夏積
「昔より明るさが出来てきた。インテリになった。それらも芸の一つであることを自覚したらしい。」

俳人、木下蘇子
「現代芸妓の長所は、衣類其他とも品が宣くなったが、其変り生酔ひと云う姿が見られなくなった。」

長唄師匠、杵屋勝太郎
「習字、茶、花等の稽古をして居る事。貯金の心掛が有る事。」

などなど、七十人以上の回答者が色んな意見を述べている中、内務省土木局統計課 田中野狐禅は理想の芸妓姿を浮かび上がらせてくれました。

「客席に芸を以てサービスすると共に、巧みに話し相手となって、好感的に客を飽かしめぬのが、芸妓の定義だと思ふ、此場合、レッテルの美醜など、敢て問題ではない、所謂胸三寸の働きが芸妓としての天職を尽し得るのである、従って、そこに長所がうまれるのだと信ずる、即ち客は十人十色であり、仮令、初見の客でも、その好尚、性格、酒癖などを洞察して、臨機応変の取廻しを為し得るのが、芸妓の長所であらねばならぬ。」

昭和一桁の花柳界の様子でした。


by gionchoubu | 2016-11-20 11:48 | 舞妓・芸妓 | Comments(4)

舞妓さんに会いたい。

f0347663_14242786.jpg
                  岡留、駒子
   
一現さんでも、芸妓さんや舞妓さんを呼ぶ場合、お茶屋さんでは“一現さんお断り”ですが、旅館、ホテル、料理屋を通して呼ぶことができます。ただしこの場合、その旅館、ホテル、料理屋さんが普段から花街とお付き合いがあり、パイプをもっていることが必要です。また、お客さんも施設側より信頼を得ることがたいせつで、その判断は施設側にあります。もしキャンセルや何かかあるとその施設側に責任が及ぶので、施設側も大変慎重です。

老舗の旅館では、祇園甲部ならここ、宮川町ならどこ、という具合に置屋さんとお付き合いがあります。ただし一花街、一置屋が原則で、こっちの置屋がダメなら、あっちの置屋に手配という具合に行きません。ただお付き合いのある置屋さんなら、そのお付き合いのある置屋さんから、別の置屋さんに手配をしてくれます。

また親切な置屋さんですと、その花街から別の花街に声をかけてくれることもあります。ただし一万円程高くなると思ってください。

時間は18:30か20:30過ぎスタートで、その施設から往復の時間も花代に加算されますので、なるべく花街に近い旅館、ホテル、料理屋を選ぶことがコツです。例えば18:30から始めた場合、その席が終わって次の席に20:40には次の席に行って貰わなければならないので、祇園の旅館で祇園から舞妓を呼ぶと1時間40分いてくれますが、嵐山ですと、正味40分ぐらいになってしまいます。

日曜日は花街によって第二、第四日曜日か、第一、第三日曜日が舞妓さんの公休日ですので、手配しにくいと思います。この公休日制が始まったのは」昭和33年だったと思います。京都の条例か何かで決められました。ただし公休日で来てくれることもありますけど、なるべく休んで頂きたいというのが私の本音です。

最初なら、20人以内のグループなら舞妓さん一人でも大変たのしい席になります。音楽はCDで流しまして、2曲ほど舞ってくれてあとは楽しくお話したり、写真を撮ったり・・・とかです。ただしお茶屋遊びをするなら、三味線さんである地方さんも呼ばなければいけません。勿論お客2人でも呼ぶことはできますが、一席いくらなので、一人の負担は増えます。

本来舞妓さんは余りおしゃべりしないのが美徳で、昔はお客さんも心得ており、にぎやかな宴席は芸妓さんが主役でした。現代舞妓はよくお喋りしてくれますが、本来お座敷の花は芸妓さん。2回目からは芸妓さんにウエイトを置くのをお勧めします。

夜より昼のほうが呼びやすいので一応参考まで。

それでは、楽しい一時を・・・



by gionchoubu | 2016-04-17 14:29 | 舞妓・芸妓 | Comments(0)

宮川町、駒屋、とし輝さん

f0347663_14464628.jpg
当ブログのアクセスレポートの記事別レポートで、最近とし輝さんが上位にきますので、私が撮影したとし輝さんの画像を年代順に掲げます。 まずは2008年6月23日、曲は“夏は蛍”
f0347663_14573407.jpg
                      2009年6月17日
f0347663_14583598.jpg
                     2009年10月7日
f0347663_15042918.jpg
                     2009年10月13日
f0347663_15020028.jpg
                      2010年5月18日
f0347663_15033634.jpg
                      2010年6月3日
f0347663_15064303.jpg
                      2012年9月27日
f0347663_15075053.jpg
              2013年4月21日 左より とし智、とし暉、とし夏菜

by gionchoubu | 2015-10-16 15:11 | 舞妓・芸妓 | Comments(0)

新芸妓論

f0347663_12043313.jpg
                     宗右衛門町宝恵籠行列

萩原朔太郎による新芸妓論

昭和二年の東京二業時報の芸者教育号に萩原朔太郎が当時の花街を憂慮して一文を寄せました。

冒頭『芸者はつまらない』という当時の青年の一般的な意見から唐突に始められた詩人による芸議論は、当時なにゆえ若者が芸者を嫌い、カフェーの女給に走るかを綿密に、そして執拗に書き綴っております。

若者が女性に求めるのは、江戸風の粋な島田髷でなく、当時流行ったシンガルや断髪で、音楽の趣向は三弦より、西洋音楽、芸妓が好む歌舞伎の話題でなく、パラマウントの映画談義やスポーツで、青年達と芸妓の趣味は、いわば正反対である、と断じ、当然両者の溝は深くなるばかりと決め付けました。

本来、芸妓というものは、『文明の花』であり、衣装、装飾、流行風俗は時代の最先端を行き、劇や音楽や民謡、小説到るまで、すべて花柳界を中心に発展してきたと持上げた後、今日では流行の先駆を活動女優や、さらには女学生にまで奪われ、『文明の落伍者』とまで落としました。

芸妓の役割とはどう有るべきか?それは配偶者と持つ、生活のしんみりした話では得られない、生活の明るい世界における、芸術や、思想や、娯楽や、社交のことで、ゆえに芸者は教養有る男子の話相手として、十分なる知識、趣味、才能を持たなければならない。(この辺りは現代の奥さん連中に聞かせば、彼はぐうの音がでないほどやりこめられたはずです。)

しかるに今日の芸妓はどうだろう。今日の芸妓は無知で退屈だ、教養のある紳士や青年が芸者と遊ぼうとするなら、性欲を満たそうとする目的しかありえない。(この辺りを現在の芸妓さんに聞かせれば、彼の詩人生命は終わっていたでしょう。)

唯一彼が希望をもったのが、当時大阪を中心に流行った、洋装で客と踊る所謂ダンス芸者で、どこで情報を仕入れたか、「現代に於いては、とにかくダンス芸者が、最も高い程度の教養をもっている。」と断じました。

そして、このまま行けば、芸妓の堕落は救うことが出来ず、芸妓とういう江戸時代の骨董品は久しからずして社会から廃滅してしまうだろうと説きました。

萩原朔太郎の主張はこうです。「今後の芸妓は、よろしく洋装すべきである。何よりも先ず、あの三味線といふ楽器を廃し、代りにピアノやマンドリンを弾くやうになることだ。」

ここで私に一言だけ言わせてください。

「えーと、それってもはや芸妓ちゃうやん。」


by gionchoubu | 2015-03-19 12:05 | 舞妓・芸妓 | Comments(0)

本物舞妓の見分け方

f0347663_14555063.jpg
                     舞妓さんの消防訓練

1 本物の舞妓と変身舞妓の見分け方

舞妓さんは地毛である。それゆえ変身舞妓さんは近寄って鬘だと分かるのですぐ分かる。といった見分け方は過去のもの、最近は地毛を巧みに使って変身させるのでこの手は通用しなくなりました。

また着物も以前は、らしからぬ着物も多かったのですが、最近の舞妓変身業者さんの中には、置屋さんの注文先と同じ呉服屋さんから仕入れておられる所もあるので、見かけで判断するのは以前より難しくなりました。

だいたい昼に舞妓さんは基本からげと呼ばれる普段着の着物姿なので、白塗りでだらりの帯で歩いているなら、昼のお座敷の行き帰りが殆どで、結構早足で歩いています。

最近、本物の舞妓さんはあまりおこぼ(高い木靴)をあまり履かないようで、逆に変身舞妓さんがおこぼ姿なので、おこぼで昼ゆっくり歩いていたら、だいたい変身舞妓です。

ここで私が確実に本物か、変身舞妓か見分ける方法を伝授しましょう。この方法は私が編み出したので、本とかネットには載っていません。

まず怪しいな、と思ったら、その舞妓さんに近づきます。

まだです。もっともっと近づいてください。そして耳元でこう囁いてください。

「あなた本当の舞妓さんですか?・・・それとも・・・?」

2  舞妓さんは相手がタクシーならば、平気で道路を横切る。

舞妓さんは頭の先から足の先まで、大変高価なものを身につけているので、もし事故にでもあえば、損害補償が莫大になるのは当然、タクシーの運転手さんはそれを先輩ドライバーからその事を教わっているので、舞妓さんに近づくと、こわごわゆっくり走行する。

舞妓さんの方もそれを知っているので、相手がタクシーだと分かると、大胆な行動に出る・・・一種の都市伝説ですが、これは嘘です。舞妓さんはちゃんと交通規則を守ります。

3 舞妓さんは転ぶとき、ぽっちりをまもりながら転ぶ。

舞妓さんが身に付けるもので一番高価なのがぽっちりという帯止め、珊瑚、めのうやヒスイに細工を施しており、中にはもう同じものを作れる職人さんもいないので、舞妓さんは置屋のお母さんから、万一の為、ぽっちりを守りながら転ぶ方法を学ぶ・・・

嘘っぽい? いや実はこれが本当のようで、実際地方さんがつい最近、この話をお客さんにしいるのを、私は確かに耳にしました。

f0347663_14595359.jpg
f0347663_11583333.jpg
                       ぽっちり

by gionchoubu | 2015-03-17 14:56 | 舞妓・芸妓 | Comments(0)

舞妓・芸妓そして島原太夫にまつわるエトセトラ その三

f0347663_12084171.jpg
f0347663_12022438.jpg
f0347663_12172647.jpg
      上より宮川町、君波、千賀福、とし夏菜


舞妓さんは、写真を撮られるときなど、長く同じ姿勢をとるとき、このように自分の手を袖でよく隠します。極力肌を見せないという日本古来の奥ゆかしさからきているようです。

座敷、椅子、立ち姿と、それぞれ見ていただきましょう。
f0347663_12195997.jpg
                        上七軒

足もかならず足袋をしますので、お顔以外舞妓さんの素肌が露われているのは、首になります。ですから昔は芸妓にとって首は人が見るもの、人に見せるものという重要な役割をもっていました。

普段はこの様に二本足と呼ばれる化粧をしますが、お正月や、八朔の紋日には三本足にします。いつから、この二本足、三本足にしたのか、よく分かりません。浮世絵などでみませんので、そんなに古いものでは無いようです。この化粧をすることで、首を長く美しく見せる効果があるとされます。
f0347663_12204962.jpg
                     祇園甲部、八朔

この化粧は自分で合わせ鏡と型でしますが、よく見ると花街によっても色々形が違います。
f0347663_12250017.jpg
                 島原太夫さんはいつも三本足です


by gionchoubu | 2015-02-06 12:27 | 舞妓・芸妓 | Comments(0)

舞妓・芸妓そして島原太夫にまつわるエトセトラ その二

f0347663_16310891.jpg
                             巽神社にて祇園甲部の舞妓さん         

京都の舞妓さんといえば、だらりの帯、おこぼとかこっぽりと呼ばれる高下駄そしてぽっちりという帯留などが五花街共通のものとして挙げられます。

その中でもだらりの帯は舞妓の象徴として、祇園小唄でも、このだらりの帯が大変重要な役割を演じています。

このだらりの帯がいつ頃からあるのか知りませんが、私の知る限り、江戸期の文献で見たことはありません。ただし、明治初年に描かれた「京舞子の図」岸竹堂筆で、舞妓のだり帯姿がみれますので、幕末には舞妓風俗の一部として認知されていたと考えてよいでしょう。

明冶初期から中期にかけての舞妓の写真でも、これも私が見た限りでは前姿ばかりで帯の部分はいずれも確認できませんでした。尚、大正初期、長野仙之助氏が撮影した写真には綺麗に写っています。

渡会恵介さんは『京の花街』でだらりの帯に触れ「これは、掛けと垂れを同じ長さにして端を垂らした“ネコじゃらし”の変形で、京阪の商家の娘が、緋鹿ノ子ちりめんと黒繻子の腹合わせ帯びーいわゆる昼夜帯を、このダラリに結んでいたものが、さらにデラックス化したものである」と説明しています。

八百屋お七で有名な“お七結び”が帯の幅は違うものの、よく似ていますので、あるいはだらりの帯のベースの一つにあるのかも知れません

大阪のかつての舞妓装束をみますと、規模において日本最大の花街であった、宗右衛門町を中心とした南地五花街では帯を矢の字か、文庫結びをだらりの帯ほど長くたらした帯を締めていました。

京都のだらりが重なって一本に見えるのに対し、大阪の文庫は、木に止まった蝉の羽のように後ろから二本伸びていました。

このだらりの帯の名声をここまで高めたのは西陣の人たちで、旦那、若旦那は祇園や上七軒で遊ぶのは、商売と技術の参考になるとよくお茶屋にくりだしましたが、仕事の延長が遊びで、遊びの延長が仕事だった訳です。

だらりの帯は五メートル以上もあり、自分では締められないので、男衆さんか、お茶屋のお母さんが締めてくれます。

以前、パパラッチ的な週刊誌が、歌舞伎役者の方とだらり帯の舞妓がホテルの一室で密会!的なことで読者を煽っていましたが、専門的な技術がないと帯を締められないので、記者がほのめかしていた様な事は無いのです。

さて、だらりの帯の下に屋方の家紋が入っています。今でこそ舞妓は十五歳からでないとなれないのですが、昔は十歳に満たない舞妓も普通でしたので、お座敷の後、自分の屋型が分からなく途方にくれていると、通りがかりの人が、この紋をたよりに舞妓を送り届けてくれる役目を負っていました。

だらりの帯は舞妓のまいご札だったと言えます。

f0347663_16321618.jpg
                              猫に小判、斬新な意匠です。(祇園甲部)
f0347663_16340089.jpg
                                   お七結び
 
f0347663_16362503.jpg
                             この文庫を伸ばせば大阪の舞妓装束
                             


by gionchoubu | 2015-02-02 16:37 | 舞妓・芸妓 | Comments(10)

舞妓・芸妓そして島原太夫にまつわるエトセトラ その一

f0347663_12271087.jpg
                      とし結さんの結界
結界 舞妓さんや芸妓さんが座敷に現れると、たいがい扇子を横に置きお辞儀をしますが、これを仏教用語で結界といいます。

結界は、演者である自分と、お客様とのけじめをつける所作といわれます。

お茶席でも主人が結界をするのは、「親しき仲にも礼儀あり」といった所です。

歌舞伎役者や落語家さんや文楽の世界でも、襲名披露で口上を述べるとき、必ずこの結界をするので、「ああ、あれか」と思われた方も多いのではないでしょうか。

舞妓さんが座敷に入っても結界をしないこともあります。其の場合、たいがい踊りに扇子を使わず、団扇や布巾を使う時などです。

左褄を取る 舞妓さんも芸妓さんも、お引きずりの着物を着ており、座敷以外では、裾を引きずらないよう、左手で褄を取ります。(着物の帯から下を褄をといいます)

芸・舞妓とも、この褄は必ず左手でつまむので、昔は芸妓になることを、左褄を取る、といいました。
「私も若いときは新橋で左褄を取っていたのですが・・・」といった様な言い回しを昔の本で見かける事があります。

なぜ芸妓が左手で褄をとるかというと、左褄を取るととによって着物の合わせ目が逆になり、男性の利き手がはいりにくくなるので、芸は売っても体は売らぬということを暗示している、といった説明が一般的です。

娼妓さんは右で褄をとるので、成程と思うのですが、家庭の奥さんも右で褄を取ったのが説明できません。

そこで、座敷で、お客にお酌をするとき右手でないといけないので、左で褄を取るとう合理的な説明もありますが、面白くも何ともありません。

私が人に説明する時は、着物の合わせ目の方を選びます。

第一聴き手の食いつきが全然違います。。
f0347663_12282417.jpg
                    左褄を取るとし夏菜さん
f0347663_12293872.jpg
                数年前一力さんの向かいに張られていました。

by gionchoubu | 2015-01-30 12:31 | 舞妓・芸妓 | Comments(0)

赤襟を返す


f0347663_11335344.jpg
                                 都をどりにて
歌舞伎『助六由縁江戸桜』をご覧いただくと、揚巻を中心にズラット並んだ吉原の花魁たちの見事な艶姿、この花魁たちが、それぞれ豪華な衣装で並ぶ中、皆一様に赤襟を返す姿が、色とりどりの着物姿に、見事なアクセントを付けているのに気づかれることでしょう。

この赤襟を返すのは本来島原の太夫の風習ですが、歌舞伎の世界では、どうしたものか、東も西も遊女の証しと見なされているようで、遊女の側面の強い大阪歌舞伎での茶屋の娘は赤衿を返しますが、同じ場面に出る仲居さんなどは襟を返しません。

そもそも、何故島原太夫が赤襟を返すかは、遊女の最高位であった昔の島原太夫は、十万石の大名と同位の正五位の官位を持ち、禁色の赤を身にまとっていることを見せ、御所に入所出来る事をアピールしていると言われています。

ですから、官位と無縁な花魁さんなどが、赤襟を返すのは、一種のファッションのようなもので、歌舞伎の世界でも花魁が赤襟を返すのに眉をひそめる人もいました。

不思議な事に、京都五花街のうち、祇園甲部の都をどりと、先斗町の鴨川をどりの芸妓(以前舞妓と書きましたが芸妓との御指摘受けましたので書き換えました)さんのみが、幕間のお茶席でこの赤襟をかえすのです。

実は明治十年、京都の花街が、博覧会協会が仙洞御所の酔花亭にてお茶席を設けたことが有り、この時編み出されたのが、椅子を用い海外の方にもお茶を楽しんで頂くための立礼式で、現在五花街の〜踊りのお茶席は皆、この立礼式(りゅうれいしき)の作法で接待しています。

この時島原太夫も抹茶の接待をしましたが、もし、その京都の花街が祇園と先斗町の芸妓のみであり、島原太夫の赤襟の風を取り入れたと考える事は出来ないでしょうか?

ただ、この二花街の芸妓の赤襟が御所でお茶席を設けたことによるものか、どの文献で見たことも、聞いたこともなく、私が密かに思っていることだけで、何も証拠たるものが無いのであしからず。(実際関係者に、そんな馬鹿なと一笑された事があります、ただ理由は説明されませんでした。)

さて、そもそも、この太夫の襟返しですら、いつからあったものか触れているものに出会った事がなく、江戸期の太夫の絵姿を見ても、この赤襟に出会った事は、私の経験としてありません。

五年程前、常照寺の「吉野太夫花供養」で、質問コーナーみたいな場があったので、おそるおそる、如月太夫にこの質問をしました。

太夫もご存知なく、きっと私のことを、眼鏡の「面倒くさい奴がいる」と思ったに違いないのですが、表向きはにこやかに、しかも毅然と「こんどお会いしたとき屹度お答えしようぞ。」みたいな事を太夫言葉でおっしゃいました。

ところが向こうは正五位、こっちは平民、個人で太夫にお花をつけるなんて、とてもとても・・・

「今度って、一体どういう状況なんだよ〜」と言いたい気持ちで一杯です。

参照:京の花街「輪違屋」物語、高橋利樹

f0347663_11343530.jpg
                                    如月太夫


by gionchoubu | 2015-01-26 11:35 | 舞妓・芸妓 | Comments(6)