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カテゴリ:宮川町( 38 )

わしが在所

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わしが在所は 京の田舎の片辺

八瀬や大原に牛曳いて

柴打盤 床机頭へチョイト乗せ

梯子買わんせんかいな 黒木買わしゃんせ

エ~エ エ~エ エエエエ~


宮川町、駒屋、とし菜希さんの“わしが在所”です。

季節感がないためか、宮川町の舞妓さんはリクエストがあればいつでも踊ってくれます。

とし菜希ちゃんは枚方出身の17歳です。



by gionchoubu | 2019-10-26 10:39 | 宮川町 | Comments(0)

宮川町みずゑ会と千賀明さん

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令和元年1010日〜13 宮川町歌舞練場にて宮川町の芸妓、舞妓が京の京都を艶やかに彩る『みずゑ会』が催されました。

みずゑ会は、京都五花街の一つ、宮川町の芸妓、舞妓が日々精進し磨きをかけた技芸を披露する会です。

厳しいお稽古を積み重ねてきた芸妓、舞妓による古典を中心とした宮川町ならせはの雅やかな舞台が楽しめます。

その期間中11日金曜日の夜、その宮川町の駒屋の千賀明(ちかさや)ちゃんと夜の宮川町を散歩しました。

日ごろ聞けないことも色々お聞きできて楽しかった!・・・です。

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by gionchoubu | 2019-10-17 14:25 | 宮川町 | Comments(0)

宮川町の白人

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宝暦の大阪版『好色節用集』に載る泊人

以前も少し触れましたが、遊里における白人(伯人、珀人、泊人)について書いてみます。

宮本外骨の『猥褻風俗辞典』には

「今日の祗園、大阪の島ノ内、新地などに居りし私娼を言えり。元禄宝永(1688~1711)の頃より唱えしか。「白人、呂州」の名は『艶道通艦』および『俗枕草紙』などに出ず。公娼たる黒人に対して「しろうと」と言う字音に呼べるなり。

と有ります。『守貞謾稿』では「今は廓外上品妓の名となる。」

つまり、江戸期に於いて、京都の島原や大阪の新町の公許の遊郭以外の京、大阪の高級遊女ということになります。

さて、宮川町の白人について昭和32年10月26日の京都新聞夕刊の『都大路 宮川町通 町人のうさばらし しろうとの呼名・白人』の見出しで述べています。

是によると、元禄十六年、洛陽書林の岩田屋半七が書いた『傾城仕送大臣』に宮川町の名があり、白人と呼ばれる種類の遊女が居たことを物語っています。

元禄頃に

「問ひつ問はれつ隔てぬ中に、つらや聞んせ身のうさを、姉は白人、わしゃ茶屋つとめ、つぎの弟に陰間をさせて、父さま駕かき、かヽ臼ひきで、一の妹に立君させて、五條あたりの月見せて、よいのさんさ、はなればなれの憂きつとめ」

という余りに悲惨なものがあり有り、白人、茶屋娘、陰間も立君(路傍で客を引く最下層の遊女)と変らぬ貧家の娘であった事を歌っています。

古歌に「宵の間はえりあまさるる立君の、五条わたりの月ひとり見る」があり、五条の月が立君の枕詞のような関係にあったことを窺わせています。

高級遊女白人も、もと貧しい家の娘で十歳前後で売り飛ばされ、一人前になると同時に客をとらされました。

江戸中期までに、京都はすでに近代ブルジョアジー発展の中心地の一つで、巨額の富を得た商人は、何かと堅苦しい、大名などが客になる島原には行かず、宮川町、七条新地などで金に糸目をつけず、白人と遊んだのでしょう。



by gionchoubu | 2019-08-25 16:46 | 宮川町 | Comments(0)

宮川町 陰間茶屋

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コバルト文庫『少年舞妓・千代菊がゆく!』は主人公の美男子の中学生がひょんな事から舞妓として店出しをして座敷を務める、というBL(ボーイズラブ)タッチの人気ライトノベルで、作者の奈波はるか先生がその後、集英社オレンジ文庫で『幕末舞妓、なみ香の秘密』を執筆される時、幕末の祇園の時代考証でちょっぴり私がお手伝いしたことがあります。

このシリーズは何と54冊で完結しました。コアな読者なければ考えられない数字です。

BLは若い女子に人気のあるジャンルで、男性の立場からすると「どうして?どこに興味あるの?何故?何故?」と本当に理解できない分野だと思います。

さて、京都でBLの歴史は祇園というより、すぐ近くの宮川町にあり。昭和32年10月25日の京都新聞の『都大路』の「宮川町通」「草分けは芝居茶屋 ひっそりとした郭の中」を読むと

〜略〜

この道は徳川時代初期の寛文六年、一丁目が開通して以来、天保十二年に六丁目、寛延三年に二―五丁目と三段階にわかれて開通した。

それまでは鴨川原で、寛文八年この付近に護岸工事が行われ、石垣が築かれたことから東石垣(とうせき)町ともいわれた。

当時、この付近は鴨川原にあった芝居の掛小屋が常設のものと変り、四条通をはさんで南側に三座、北側に二座、縄手に一座が設けられ、京洛の人気をかっさらっていた。

徳川治政の基礎も固まり、太平の世を楽しむころだっただけにこの芝居小屋付近に芝居茶屋が出来た。

これが現在の宮川町の草分けである。しかしそのほとんどが陰間茶屋だった。出雲の阿国に始まった女歌舞伎が風紀を害すると幕府の命で禁止された後に起った若衆衆歌舞伎の若衆―十四、五歳の美少年が春を売ったものである。

女犯僧に対する幕府の厳罰主義から、僧侶でこれを楽しむ者が多かったが、一般にも寛政出版の「虚実柳巷方言」にもあるように

「小鳥飼いの粋人になりたるはいつでもウズラを飼い、傾城買いのさびつきたるは舞台子(大阪では若衆のことをこう呼んだ)を愛するものとお定りなり」と人気を集めていたようだ。

茶屋にはこれらの若衆たちの名を書き並べら行灯がつるされていた。そして、彼らは時には島田で大振袖、とき色のケ出し、黒塗りのゲタの女装で茶屋にあがり、また、時には黒紋付振袖か詰袖にハカマを着け大小を差した小姓にふんすることもあった。

若衆がどんなものであったかは西鶴の「置土産」に仮の名で作られた差紙を見ればあきらかになる。

一、 花山廉之助 年十四 色白にして目付よく嘉太夫節語り申し候。

一、 浅草勘九郎 年十七 物いい比の以前鈴木平八生写しに候。

一、 雪山松之助 年十九 野良也、座に付きたる所、本子に取り違える程に候。

しかし、彼らも風紀を乱すとの理由で天保の改革で禁止された。これらにともない宮川町からも若衆の姿は消えた。

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此の歴史を見ると、舞妓に扮した美少年は別に有り得ぬ話・・・でなないようです。


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by gionchoubu | 2019-08-22 13:55 | 宮川町 | Comments(0)

花街ぞめき 4


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宮川町の駒屋とし菜希ちゃんと写真を撮りました。

枚方出身の16歳です。

by gionchoubu | 2019-07-14 19:10 | 宮川町 | Comments(0)

とし菜実ちゃん


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昨日、宮川町、駒屋のとし菜実ちゃんと写真を撮りました。

by gionchoubu | 2019-06-21 10:41 | 宮川町 | Comments(0)

花街ぞめき 3

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昨日再びとし菜穂ちゃんと写真をとりました。
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by gionchoubu | 2019-05-31 11:04 | 宮川町 | Comments(0)

花街ぞめき

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平成二十六年に始めたブログももうすぐ700回目になります。

そして時代は令和へと・・・

昨日宮川町、駒屋の千賀明(ちかさや)ちゃんと一緒に写真を撮りました。



by gionchoubu | 2019-04-27 15:00 | 宮川町 | Comments(2)

宮川町 駒屋 千賀遥さん 二


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千賀遥ちゃん

もう十年ほどになるでしょうか、テレビ番組で茨城の地元を離れ京都で舞妓さんになる少女のドキュメンタリーがありました。もう引退された駒屋のとし愛(ちか)さんの話です。

私の職場の座敷で、それこそ舞妓さんとしての五年間、数えてはいませんが愛ちゃんとは二十回近く一緒に仕事をさせていただいたと思います。

その内の一回、修学旅行の体験学習でとし愛さんを見て感激して、舞妓になろうと決心、本当に舞妓さんになったのが、置屋は違うものの、やはり宮川町のふく音(ね)さんです。

こんどはふく音さんが修学旅行生のために当館に来て直接その話を聞き、私もその縁に驚き、嬉しく思いました。

そしてもう一人とし愛さんと同じ中学校の後輩で、先輩に憧れ舞妓さんになる決心をして、愛ちゃんと同じ駒屋で舞妓さんになったのが、千賀遙さんです。

とし愛さんが引退してから千賀遙さんがお店出しをしたので二人が舞妓さんとして顔を合わした事はありません。

千賀遙ちゃんの物語が始まって三年目になります。

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                         とし愛さん



by gionchoubu | 2019-03-05 11:18 | 宮川町 | Comments(0)

宮川町 駒屋 千賀遥さん 一

宮川町 駒屋 千賀遥さんのお店出し間もない姿です。

芯の強さが表に出ない、はんなりとした舞妓さんです。

明治以前の祇園は検番がなく、検番機能をもった見世という幾つかのグループに分かれていました。

幕末の名妓に島村屋の君尾がおりましたが、この島村屋がその見世です。

芸妓、舞妓、娼妓が何十人も所属する巨大な置屋と考えた方がいいかもしれません。

今の大手の芸能プロダクションのような感じと思います。

井筒のように、お茶屋と見世を兼ねたところもありました。

舞妓さんのデビューである店出しの語源はこの見世にあると考えています。

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by gionchoubu | 2019-02-28 11:28 | 宮川町 | Comments(0)