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カテゴリ:パンパン、赤線( 78 )

京都パンパン赤線時代  七十四

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昭和31年6月20日の京都新聞が一面を使って「赤線地帯どの道を生きるか」の記事を載せました。

買春防止法が5月21日国会を通過、施行は32年4月1日、罰則の発行が昭和33年4月1日、買春防止法は国家の意思として「買春は犯罪である」と言い切りました。

“業者は泣きっ面 甘かった法案への認識”

「ほかに重要法案がどっさりある。その方の議論で会期が一パイとなり、よもや今度の議会で買春法が通過することはあるまい。」というのが全国の赤線の大方の観測であったようで、法案が通った5月21日の直後、業者の受けた精神的な打撃は大きく、ラジオの街頭録音でも東京、大阪の市の業者は八つ当たりに当りちらかしていました。

東京の吉原の業者は

「戦後GHQから公娼廃止の覚書が出た時には、日本も敗戦で再出発するのだから、われわれも再出発だと腹をきめていた。

ところが警察を通じて“進駐軍が両家の子女にどんな乱暴をはたらくかわからないから“どうか日本女性のための貞操の防波堤になってくれ”とたのまれ、女には無賃乗車証までだしてくれたのでやっとはじめた赤線だ。

それをわずか十年たらずで刑事犯としてくくろうとは何事だ。」

と憤懣の声をあげました。

京都の七条新地の某幹部の意見

「貞操の防波堤として赤線地帯があるからこそ社会の風紀が保たれてきたのだ。〜略〜買春は古来からあってなくなるものではない。ワクの中に入れておかないと、ワクの外で私娼が跋扈する。

七条新地の外側では既に青線の動きがはなはだしいではないか。衛生設備がないから性病は蔓延する。

フランスがそのいい例だ。結局収拾のつかない状態になって終戦直後と同じようにわれわれに頭を下げてくることは見えすいている。」

日本全国の業者の胸の内を代弁していると見ていいでしょう。

京都赤線業者のこれからの動きは

「営業は自粛しながら現在のままで罰則発行の前日まで続ける。

その間に転廃業や抜け道営業の方法を考える。

買春は根絶出来ないから世論の好転をまつ

全国業者と共同歩調をとって転廃業に対する保証金を獲得する。

税金を軽減してもらう。」

この時店で京都府下従業婦二千四百二十名、赤線業者は千七百四軒ありました。



by gionchoubu | 2019-07-21 11:58 | パンパン、赤線 | Comments(0)

売春防止法 赤線、青線

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                    彦根市袋町新地

売春防止法が成立(完全施行は二年後)された直後の滋賀、京都の赤線、青線の様子が当時の新聞に捕らえられていましたので紹介させて頂きます。

昭和31年5月23日、京都新聞滋賀県民版

『赤線地帯暫くは成行を静観』

“売春防止法”が二十一日遂に成立した。抜け穴だらけの法律とはいえ永年廃しょう運動に努力してきた婦人団体などの悲願が実ったといえよう。だが肝心の業者や接客婦たちはこの法律をどのような表情で受取っただろうか・・・・。

『まず夜の検番を廃止 組織の解体もボツボツ』

大津 大津市馬場町の赤線地帯の業者組合湖楽園理事長伊庭重五郎氏、五十五業者―は二十二日午後一時から組合事務者で議会を開いた。

この総会で三十一年度の事業予算などを審議したが、席上「買収防止法」の参院通過成立の現在、自粛の意味からも検番の夜間執務を来月一日から取りやめることを申し合わせた。

これは検番の仕事を昼間に限り単に税金などの事務的なものと残務整理的なものとし、従来のような花代の計算などは各事業者自身で行おうというもので、業者が組織解体への一歩を踏み出したものとして注目される。

この日の総会にはほとんど全組合員が出席、例年通り予算審議を行なったが、話題の中心はやはり「売春防止法」の成立による今後の業者の立場で“運命付けられた”あきらめと共に問題が生活に直結するだけに深刻な表情だった。

検番の夜間閉鎖も過度的な措置として別に異論もなく、その他の具体的な問題もなく、その他の具体的な問題についてはまだ法案の研究も十分進まないところから見合すなど慎重な態度を示していた。

ただ今後の問題としては廃業資金の獲得が不可能な場合、減税運動を起こすべきだという向きもあり。

同組合だけでも一日税金五万円(国税、地方税)といわれるだけに全国業者の動きが注目される。

『常と変らぬ客引き合戦』

彦根 成立のその夜彦根市袋町新地は、紅の灯も絶やさず四十業者は相変わらず開店、六十余人の従業員は三万九千本(一時間四本、一本単価百円)近い花数を挙げるという常と変らぬ盛況ぶりで、防止法の成立などドコ吹く風といったところだった。

「われわれもすき好んでこうした商売をしているのではありません。いずれ組合に諮り適当な時期に料理、旅館、喫茶店などに転用するでしょう」と高田県貸席組合連合会長が語れば、客席にはべる彼女たちは「社会施設さえ完備していれば問題ないですよ。私としてはかえって性病予防に貢献しているぐらいだわ」と紅い気炎を吐いていた。

_________________________________

続いて昭和31年6月2日 京都新聞(夕刊)では青線の様子が描かれています。

『ヤトナの売春に断』

『契約の雇主を送庁 二人から手数料徴収』

府警保安課では買春防止法の成立に伴い、問題となる新研芸妓(通称ヤトナ)と雇主の買春契約についての研究を重ねていたが、このほど勅令九号を適用、悪質な売春契約を行なっている雇主を検挙するという方針を立て、その第一号が一日朝送庁された。

これは赤線区域とは別にとかく問題になっていた青線区域、ヤトナの二枚鑑札に断を下したことになり、またヤトナ制度が京都特有のものだけに今後の成り行が注目されている。

勅令九号違反容疑で送庁された雇主は京都市東山区東大路松原上ル二丁目新研芸妓置屋八坂寮主KE(48)で昨年七月A子さん(31)同年十月B子さん(26)去る二月C子さん(19)の三人を前借四万〜一万円で住込みとして雇入れ、昨年初めまでに正常な接客行為以外に売春した際、花代として手数料をとる買春契約を結んでいた疑いで、A子については昨年七月から去月初まで約八十回、契約に従い買春手数料として七万余円(税金、組合費込み)を徴収していた。

保安課ではヤトナは客席にはべって接客サービスするのが本来の業であり、雇主は芸を売ることについてのみ女と雇用契約が許されるわけで女に対し買春を強いることは出来ないし、契約も違法であるという見解をとっている。

解説 勅令九号とは(第二条)婦女に売インをさせることを内容とする契約をしたものはこれを一年以下の懲役または五千円以下の罰金に処す。





by gionchoubu | 2019-06-13 15:01 | パンパン、赤線 | Comments(0)

赤線地帯

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                      大和郡山、洞泉寺にあった妓楼             

昭和30年7月12日の京都新聞『必要なモグリ業者の処置=法網をくぐる女性は50万人=取締り強化 再びカゴの鳥の恐れ』の前半を載せます。筆者は東大講師の村田宏雄氏です。

“売春等処罰法案が国会にも提出され売春問題が議論の花を咲かせているが、果たしてこれが売春のペニシリンとなり得るだろうか。

成程、売春婦及びその客、売春業者とその援助者及び周旋人ポン引の類は一応処罰の対象となっており、ことに売春婦と客以外のいわゆる売春を婦女にさせてもうける側に対しては厳罰を以て臨むようにはなっている。

そのためこの法案に対しては売春業者の猛烈な反対運動工作が行なわれていると取りざたされている。

我国売春の実情をながめると、既に占領当時から勅令が出て、売春業は禁じられている。従って本来ならば売春業者は絶無のはずなのだが、ただ必要悪という誠にチンプな言葉で黙認されている地域があった。

これが赤線地帯と呼ばれる特飲街である。

黙認されているだけに、公然と営業するところから人目につき売春対策といえば、たちまちこれがヤリ玉にあげられている。

だが日本の売春の真の姿は、こんなところにはない。なぜかといえば、特飲業者として業者自身相互に認め合っている業者の数が約一万、そこに働く女性は約五万にすぎぬのにたいし約その十倍の業者、女性が現実に法の禁止の網を潜って売春を営んでいるからだ。

してみれば、いくら特飲業者を取締ったところで、その数は十分の一にすぎず、その十倍は、今でさえ取締りのきびしい中を生きているのだから、こんな処罰法ができようができまいが関係なく生きつづける。

「甘い汁吸うヤミ業者」

併もこんな上すべりな対策では、もっと悪い事態がおこる。

というのは黙認とはいえガラス張りの中におかれた特飲業者にしてみれば、世論の監視もきびしいし、警察の取締りの目もとどき易いので、無茶なことはできない。

そこで婦女からの搾取、自由の拘束は極力さけねばならぬ。見た目にもできる限り彼女らの待遇をよくする必要が起る。

こうなると待遇の悪い店には女性がいなくなるから、いきおい加速度的に待遇は改善される。”

上記を踏まえて『日本売春史・考』吉田秀弘著を読むと、女たちにとって、赤線を取り巻く情況と遊郭制度の中の情況の大まかな違いは、

○ 外出や遊びは自由で休日も拘束されることがない

○ 借金と売春は全く別で売春を強要する制度はない

○ お互いに決めた歩合制度があり窃取はされない、としています。

勿論、上記は表面的な部分もあるでしょうが、遊郭時代のひたすら暗いイメージの娼妓に対し、赤線時代の接客婦の奔放でしたたかなイメージは、いくらか救いのあるものに私は感じ取るのです。


尚、記事の後半は、問題は税金を納めている赤線業者よりも、その十倍の女に売春させる闇業者で、こちらの方が大きな問題としております。


by gionchoubu | 2019-06-07 15:48 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 七十三

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              五条楽園(旧七条新地)にあった新浅とみの玄関

昭和29年7月14日の京都新聞にヒロポン問題をあつかう三つの記事が載りました。

まずは京都府衛生部薬務課ではヒロポン中毒患者や密売買ブローカーを即座につきとめて動かぬ証拠にすることが出来る簡易試験液が完成し、又ヒロポンを所有していない場合でも、小便から探知でき患者の検挙に役立つ試験薬も目下厚生省に申請中だという記述があります。・・・さらに

『ヒロポン一掃 島原で追放実行委員会』の記事を要約すると、

全国に先がけて“ヒロポン追放は遊里から”とさきごろから結成準備を続けていた島原覚せい剤追放実行委員会の発表式が十五日午後一時から島原新地歌舞練場で行われ、府衛生部薬務課長、七条署長、市警本部保安課長、六条保険所長、下京民生安定所長、平安病院所長、島原貸席お茶屋業組合、同芸妓組合養柳会、同女中組合友愛会ら四百人が集結、啓蒙幻灯会の発会式に移り、友愛会長による“私どもはただ今から覚せい剤追放撲滅運動に努力します”と全会員を代表して力強く宣誓を行いました。

そして京都でのヒロポンの販売網に関する四人の証言がありそのうちの一人は明らかに中毒症状を持ち

「好奇心から覚えたが、パチンコ屋へ行ったらオレぐらいのは沢山いるさ。家に注射器をおいたら隠されるので家ではうたない。オレは顔が広いから店はいくらでも知っている。三ノ宮に二件、内浜には五六軒ある。日当をくれれば案内したっていいが、入口には若いもの四、五人見張りしているのでちょっと恐いぜ。」と証言していました。

内浜は旧七条新地辺りなので、三ノ宮も神戸の三ノ宮でなく内浜のすぐ近くの旧七条新地三ノ宮町のはずです。

とにかく遊里、パチンコ屋に患者が多かったのは容易に想像できます。

この日の同紙夕刊にも『酌婦に焼火バシ 七新の暴れポン中男逮捕』の見出しがありました。

これは通行人や接客婦にささいなことから因縁をつけ、つぎつぎに傷害事件を起こしたヒロポン中毒の二十三歳の男が七条署に逮捕されました。

逮捕されたYTは二之宮通七条上ルでHさん(二十二)を呼び止めていいがかりをつけ“生意気だ顔をかせ”と殴り刃物で刺した事件がきっかけとなりましたが、上ノ口通加茂川西入ル貸席業Yさん(二十一)が“やくざ者はきらい”といったのを耳にし、帳場にあった焼火バシを持って遊客と就寝中のYさんの部屋に侵入“二度とみられぬ顔にしてやる”と焼火バシで火傷を与えたことを自供、さらに余罪を追及している。

同人は極度のヒロポン中毒で、七条新地のヤクザ仲間として持て余され、逮捕のとき、手錠をはめたまま同警察裏口から逃げ出したり、取調べに黙秘権を行使して係官をてこずらせました。



by gionchoubu | 2019-02-16 16:03 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 七十二



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現在島原ギャラリーたんとん(旧松葉

京都新聞夕刊 昭和29年5月21日

『お花がかゝらへん あっせん業者廃業 宙に浮いた新研芸妓』

街の芸者ヤトナ“新研芸妓”の正式あっ旋業者が相次いで急せいしたため全市約三百人の新研芸妓の営業が全く宙に浮いた形となっている。

新研芸妓は通常街芸妓として特定の地域のみを営業とする廓芸妓と区別され全市の貸席、料理屋などの求めに応じて宴席に侍るため重宝がられ、年々その需要は増加しているが、この新研芸妓の斡旋に当る業者は職安法第三十二条(有料職業紹介事業)による労働大臣の免許を必要とし、従来京都にはこの正式業者は東山区下河原月見町京都新研芸妓取扱所(楠ツヤさん)下京区木屋町仏光寺下ル木屋町新研取扱所(志摩伝之丞氏)の二者があったが、去る十日志摩氏が死亡、同日付で廃業したため同氏のもとで働いていた約百人の芸妓は一時的に楠さんの斡旋下に入ったが、つづいて十四日楠さんも脳いっ血で急逝、廃業届を出したため市内に正式業者は全くいなくなった。

このため市内三十余寮(旧称クラブ)の新研芸妓三百十二人、(登録者)は斡旋機関を失い暫定的に楠さんの取扱事務所の手を経て営業を続けているが、厳密にいえば違法行為になる。

監督に当る七条職安所民営課では営業を中止させれば三百人の新研芸妓はたちまち口が干上がるばかりかパンパン化の恐れもあり、といって一方この違反行為をいつまでも黙認もできず困っている。

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さて売春防止法完全施行あとの新研芸者の動きは如何だったのでしょう、以外に花街とうまく連携をとり、サブ的な役割をもった雇仲居(やとな)さんもおりました。

また『遊女と街娼』錦織剛男によると、

芸妓の売春は、単純売春が多いが、新研(芸妓)とか観光(芸妓)とか、雇仲居などのように芸を売り物にしていない連中は裏稼ぎをすることになり、

セット制 表面は料理屋、奥で売春

ドリンク制 飲屋で世話され旅館に行く

シモタヤ売春 旅館と連絡してやる。

といった形式の売春をやることになる。

ヤトナと新研芸妓と町芸者と酌婦と接客婦はイコールで結ばれる場合もあるし、そうでない場合もあったのであります。



by gionchoubu | 2019-02-08 17:21 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 七十一

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                  五条楽園(七条新地)お茶屋、新浅とみ                   

昭和29年4月28日の京都新聞によると、京都に修学旅行で来た学生や市内高校生の中に飲酒したり遊里通いするものが目に余る状態なので、市警察本部が取締りに乗り出し、悪質な学生は家裁送庁、悪質な業者は行政処分をする強硬方針でのぞむことにし、既に相当数がブラックリストにのっていたとの事である。

そのうちのいくつかを挙げると、

同月七日に七条新地内東辰巳楼仲居FH(53)は北海道の高校三年生三人を燈楼させ、同新地内岩見楼でも3月に市内高校生N(18)を十数回登楼させました。その後この少年はヒロポンをおぼえ家出して岩見楼から通学していました。

中書島遊廓第四末高楼でも腕時計をカタにとり市内高校生を遊ばせた事が判明、また東山区川端三条YM(53)は北海道美唄某高校生二年二人に酒を飲ませた他、市内で数件の悪質飲食店、バーがマークされていた。

つづいて同年5月6日の京都新聞の夕刊の記事をそのまま紹介させていただきます。

『この日、少女売る 福祉法知らん顔の男逮捕』

「五日の子供の日、児童福祉法の存在すら無視して昔ながらに未成年少女の売買で私腹を肥やしていた男が七条署に逮捕された。

五日午前零時ごろ下京区島原遊廓内を歩く少女連れの男を同署員が調べたところ神戸市長田区四番町元仲仕YK(42)と、Tに言葉巧みに誘いだされた同町A少女(16)で、同遊廓に売り込みの途中と判明した。

昨月二十四日ごろ下京区七条新地内貸席業SK(44)方へ接客婦を世話すると持ちかけ、世話料名義で一万二千百六十円をとって少女二人を連れ込み、あらかじめ逃走方法を教えておいて逃がすなど悪ラツ詐欺も働いていた常習人身売業者であることが判り、詐欺容疑及び職安法、児童福祉法違反現行犯で逮捕した。」



by gionchoubu | 2019-02-06 15:38 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 七十

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売春防止法が発令される2年前の昭和29年1月30日の京都新聞の夕刊に「性犯罪がふえる 全国の赤線業者 売春取締法に反対」の記事が載りました。

内容は全国赤線区域の業者約一万三千人で組織する全国性病予防自治会は、目下立案中とされる売春取締法に善処を要請するため、二十六日から東京日比谷の松本楼に鈴木理事ら全国の代表六十余人が集まって協議、自由党、改進党、社会党の代議士を招き各地の赤線の実情を訴えました。

赤線業者側の意見の多くは、過度の取締は性犯罪を増加させ、生活に困った接客婦は健康を無視して稼ごうとするのでかえって性病が蔓延する、ということでした。

同会では特定区域(つまり赤線)以外での売春行為の禁止、非会員の接客業務の禁止などを要望した陳述書をもって厚生省、国会をはじめ関係方面に陳情し、「性病予防」という立場から具体的な売春取締法反対運動に乗り出すことは必至とみられました。

赤線業者はこの取締法を利用して、自所のみ合法売春の専売に相応しく、当時赤線を脅かす存在であった完全非合法の青線業者のみを駆逐するというウルトラCの道を代議士を利用して模索していました。

そして翌月の同紙夕刊に「売春問題 賛否両論」の記事が載りました。その意見を紹介させて頂くと・・・

売春問題対策協議会委員久布白落実女史・・・娼婦制度の賛成者はこの制度がないと性犯罪が増え、業者の監督が無いと娼婦は健康や衛生を無視して客をとるため性病がかえって蔓延すると主張していますが、“防波堤”として娼婦を利用するという考え方は人権擁護上大変な暴論です。娼家が性病の温床であるのは統計が立派に証明しています。政府は“売春なき国家”という理想のため努力すべきです。

犬養法務大臣・・・「集娼(赤線の女)は黙認、街娼を取締る」という二十一年の次官通諜は早速取止める。緊急予算で娼婦の更生施設の予算的裏付けは困難だが、まず取締法令を作ったうえ婦人ホームや相談所の設置など必要な諸処置をとりたい。

全国性病予防自治会事務局長(業者代表)・・・売春の絶滅は理想としては結構だが昭和二十一年マ(ッカーサー)指令で公娼制度廃止直後米兵、日本人の性犯罪が激増して一般婦人に大恐慌を来した。必要な程度の公娼はやはり存続させた方が無難だろう。業者も接客婦を不当に束縛することなく医療施設の拡充、前借の廃止など人権問題は十分考慮している。

婦人少年審議委員神崎清氏・・・各地の赤線区域を視察して気付いたのは接客婦の無知、無反省と業者と政治勢力の固い結びつきだ。性病にかかりながら客をとり更生の意欲のない者が多い。売春禁止制定を阻止するため代議士が業者に金をもらっている話をいくつも聞いた。全国民が協力してこうした働きをつぶすのが先決だ。

赤線業者は全国性病予防自治会という尤もらしい名の元、自分たちの存在を全否定する法案の骨抜きに活路を見出すべく、あらゆる知恵を絞ったのです。



by gionchoubu | 2019-01-11 12:02 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代、六十九

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                 嫁入り道具を買いためる娘も
 
昭和29年11月3日の京都新聞夕刊にて一面を「人身売買 デフレの園に咲く夜の仇花」の記事が載りました。

京都市内には当時七つの色街があり接客婦(戦前娼妓と呼ばれた女)千六百六十三人、芸妓六百五十二人、業者八百五十六軒を数え、接客婦は暫増、芸妓は漸減の状態、その他温泉マークやホテルなどに女を雇う闇業者約百軒、外国人相手の街路婦も約三百人いました。

【島原】お茶屋十八軒、貸席七十五軒、接客婦約は百八十人、大部分が九州、中国、山陰地方の女

【五番町】業者九十四軒、接客婦は平均二十三歳で三百人ほど、月間百人が移動する。

【中書島】客筋は地元より京阪、奈良電沿線が多い。貸席、お茶屋は六十七軒、接客婦は百九十人で九州、四国、三重、岡山、大阪近辺、鳥取、島根方面が多い。

【祇園東新地】業者は百六十六で芸が売り物の甲芸妓四十六人、接客婦の乙芸妓百四十人、乙芸妓の八割がバー、サロン、料理店で働いた経歴を持つ。

【宮川町】お茶屋二百七十二軒、芸に生きる芸妓九十二人、女中さんと呼ばれる接客婦二百人

接客婦の売買行為は二十三年制定の職安法で厳禁されているため、楼主たちは表面上“新規抱えの接客婦は全部他遊郭(赤線)や地方から自発的に来た女”と語っているが、実際月間六百人(全体の三分の一)の転入者の半数以上が人買業者の手を経てるといわれ、その半数は毎月地方から実質前借金の形で送られてくる素人娘でした。

悪徳業者は貧困で家族の多い家庭や天災、人災から斡旋を求める婦女の無知に付け込み、最高十万円から五万円平均の前借金の過半をピンハネするのはあたり前でした。

一般的には“よい就職先を世話する”と貧困家庭の子女をつるが、最近では本人よりその親を直接説伏せいやおうなしに連れ出すという。

中にはダンスホールや盛り場などに出入りする娘にヒロポンを打ちポン中患者に変え“都会へ行けばいくらでも打ってやる”と連れ出す悪質な例さえ生まれていた。

接客婦の収入は一ヶ月に一万円から五万円で衣類と食物のぜいたくな彼女たちだから金を残しているものは少ない。

接客婦から結婚して行くものは月々四パセントあるが十人のうち九人までが失敗している。原因は

*相手の男に相対的にまじめな職業の者が少ない

* 奥さん稼業が馬鹿らしい

*男の親戚から疎んじられる、

等だが根本的な原因は自分だけで食っていけるという自信があるためとされていました。

全国四十都市の二十〜五十九歳までの男女三千人について前年労働省が行った調査で

売春業者をどう思うか―について悪いが70%を占めたものの。

社会にとってこのような場所は―の問いに対し、不必要が38%に対し必要27%、ある程度必要25%

なくすのに法律で禁止するのは―では賛成37%、反対37%、わからない26%という結果がでていました。

大雑把にいうと当時の国民は売春婦は必要悪と映っていたと思われます。





by gionchoubu | 2019-01-07 14:13 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代、六十八

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               修学旅行でクラス写真を撮る事もある知恩院

二十日広島の西太田中学校が着くと、他の修学旅行で満員のため同氏の経営する中京区のY旅館に振り替え、ただし他校と同宿で八畳二間に男女三十三人がスシ詰めにされました。

二十一日、長野県小谷村中学校が秋田旅館に到着、同旅館は満員だから同氏の経営の下京区のK館に振り替えの話があり、校長は契約書を示し再三交渉したが、適わず上記中京のY旅館に泊まりました。

警察も詐欺的行為として追及を表明、市観光課、市公衆衛生課、市教育委員会の代表者を集め、国鉄推薦、交通公社指定旅館の取り消しに同様要請しました。

A代表は「学校側でも契約しておきながら姿をみせず、待ちぼうけをくらわすことも多く、これくらいのことは自衛上あたりまえです」と言いました。

同年10月24日京都新聞夕刊に再び「旅行生54人一室に また秋田旅館に苦情、処分か」が載りました。

同月二十二日午後五時過ぎ和歌山県城山中学校一向が秋田旅館にチェックインするとわずか二十畳一室に全員を詰め込んで泊めたうえ、同八時に夕食をとらせ、十一時過ぎに入浴させたもので、同校が憤慨して市観光課に訴えでました。

市観光課は「秋田旅館は数回にわたってこのような問題を起こしているので、前に警告を発して道義に訴えている。この上は何らか強行な行政処分を考慮して観光都市京都としての汚名をそそぎたい。」

秋田旅館マネージャY氏談

「夕食のお米を到着された六時ごろに直ぐ出して下さいと頼んだのに(当時米は生徒側の持ち込みでした)、七時ごろに出させれたが、食事が遅くなってはと考え、七時にひき換えに食事を出したはずです。タタミの数も生徒さん48人、先生6人に五十四畳(八畳三間、二十畳一間)と規定通り用意して寝ていただきました。フロは他校の人が入っていたので少し遅くなったが、先生は七時ごろでした。この前のこともあるので名誉ばん回に非常なサービスをしているつもりです。時代祭でどこの旅館も満員で学生を断った旅館もあるとかきいていますが、二百円で三条川岸の一番いい部屋を使っていただいたようなわけです。他の旅館がそねんで市へ訴えさせたのではないでしょうか。」

経営者が経営者ならマネージャーもマネージャーといったところです。


さて、昭和30年9月28日の京都新聞の夕刊に、「遊郭で“修学”酔いどれ二高校生」の見出しが載りました。

内容は山形の工業高校夜間高校の修学旅行生F少年(18)とA少年(19)が酔ったあげく七条新地の岩見楼に登楼したとして、二人を引き込んだ同楼を風俗営業取締法施工条例違反容疑で調べ、行政処分(営業停止)について上申方を検討中という内容でした。

修学旅行の京土産が淋病だったらシャレにもなりませんね。



by gionchoubu | 2019-01-05 14:36 | パンパン、赤線 | Comments(0)

勅令九号

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旧五番町辺り

昭和22年1月14日 吉田茂総理大臣の元、ポツダム宣言の受諾に伴い内務大臣によって公布されたのが勅令9号です。

第1条 暴行又は脅迫によらないで婦女を困惑させて売淫をさせた者は、これを3年以下の懲役又は1万円以下の罰金に処する。

第2条 婦女に売淫させることを内容とする契約をした者は、これを1年以下の懲役又は5千円以下の罰金に処する。

第3条 前2条の未遂罪は、これを罰する。

『日本売春史・考』吉田秀弘著によると北海道と関西ではこの条例による検挙・裁判は多いいものの、他はきわめて少なかったとの事です。

なんだか良く分からない勅令で、単純売春は構わないが管理売春は駄目、という事なのでしょうが、婦女と契約をせず、婦女を困惑させなければ管理売春もOKのようにも私には受け取れます。

京都では何度も摘発が行われました。売春の温床は勅令九号だけで取り締まるのでなく、たとえば昭和25年9月には貸席に酌婦として五番町に女を斡旋した二人を職業安定法違反と詐欺容疑で逮捕する事により、水際で食い止める努力がなされていたものの誠に氷山の一角で正にいたちごっこの感があります。

又、女が赤線で働くとき、未成年なら斡旋した者には児童福祉法違反が有効でやはり昭和二十六年、福岡から都会生活にあこがれ家出してきた十五と十七の未成年を同じく五番町に斡旋したとして貸席業の女が取り調べを受けています。

同じく昭和二十六年、伏見の女が同じく伏見の女二人を北海道によい働き口があると言葉巧みに話しかけ、つれだそうとした所、婦女誘拐容疑で捕まっています。

同年、祗園の旅館の女は自ら三人の女を抱えていた上、女学生やオフィスガールを客席にはべらせ、住込女中に売淫を強いていたとして勅令九号とあわせ風俗営業取締法違反容疑で検挙されていました。

昭和二十七年の新聞を読むと、西陣貸席組合が五都市で接客婦の募集広告を出し、その内名古屋市では“女子接客係募集。十八歳から二十八歳まで。収入最高。写真同封紹介を乞う”の募集を出したのを問題視した西陣商業安定所が労基局に連絡したものの、接客婦は労働者でなく、自前業者であるとしてお咎め無しになりました。

当局は接客婦が実態は殆ど労働者であるのは分かっていても、募集広告を直接労基法で取り締まる事は出来なかったのです。

ただし、婦女子をこういった職場に就かせた場合、労基法第六条、中間窃取排除での取り締まりは可能のようでした。

同年、京都市警保安課はポン引、街路婦、貸席、旅館業者を京都風紀取締条例施行後初の取り締まりで、悪質な十九人を同条例、勅令九号、性病予防法、風俗営業取締法などで書類送庁しました。

勅令九号は売春撲滅が目的なら現場にとって不備な法律であった観は否めません。





by gionchoubu | 2018-10-08 12:15 | パンパン、赤線 | Comments(0)