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カテゴリ:遊郭・花街あれこれ( 57 )

温泉芸者一代記

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1979年、井田真木子著『温泉芸者一代記』は、深川に生まれ、十七歳で湯河原温泉に八百円で売られ、客をとらされながら、三味線一筋の名妓となった、当時八十二歳のおかめさんの生涯録です。

小学校の時、家庭の事情があり、子供心に「だから、自分の口を食わせられるだけの仕事をぜひ持ちたいと思いました。あたくしね、髪結さんか、お産婆さんになるつもりでしたの。当時は、そのくらいしか女のできる仕事てものがなかったんでございます。」

義父は最初、彼女を磯子の花柳界に売る手筈でいたそうです。

ところが当時芸妓の鑑札申請には、未成年者が勝手に売らされぬ様、法廷代理人(実親など)の連署など細かい規定があり、これを満たせぬ彼女は遊芸の鑑札(寄席芸人、太鼓持ち、新内流し、小唄師匠等)で湯河原の芸妓になりました。

著者の井田真紀子さんは、人材が集まりにくい地方の温泉場などで、こういった名目で多くの年季奉公の未成年者を集める例はままあったのではないか、と書いておられます。

おかめさんが売られた赤ペン(ペン店は湯河原の芸妓置屋を兼ねた特殊飲食店)
には酌婦と芸妓がそれぞれ七、八人住み込んでいた。客を常時とるのは酌婦だが、おかめさんの様に年季で売られた芸妓も年季中は随時客をとらされました。

全国の温泉街に於いて、道後や別府などの公許の遊廓が併設されていたのは例外中の例外で、多くの温泉地では、客をとらされるのは酌婦という名目の私娼、もしくは温泉芸者だったのです。

その中で、「湯河原のペン街に、若いけれども芸熱心なおかめという芸者がいる」と評判になり、のちに東京にも稽古に出かけ、日本橋や新富町の一流の芸者衆
に混じっておかめは自分の三味線芸を高めて行きました。

「いい芸者てのは、まず容姿端麗でございましょ。その次に頭のよさ。座敷で話をさせても面白い。機転が利く。そういった頭のよさ。座敷で話をさせても面白い。機転が利く。そういった頭のよさ。そして、最後に芸でございますね。これが三拍子揃えば、立派な芸者です。どこい出しても恥ずかしくない。

でもさ、なかなか、そうは揃わない。だから、あたくしなんざ、こうやって芸だけを頼りに、山猿で、へへ、、一生おわりますのよ

だけどさ、芸てのはこんなふうに奥が深いから。いくらやっても、これで終わりってことになんないから、あたくし、山猿芸者でございますけど、あといくらかでも生きて、いくらかでも生きてるうちに、三味線をもっと弾きたい。そういう気になるんです。

ね、あんた。だから、あたくしは死ねないんですよ。三味線があるから、あたしは、死ねないんですよ」

難しい言葉はひとつも出てきませんが、男の人が頭で考えた芸者論と違い、人の心にぐいぐい食い込んできます。



by gionchoubu | 2016-01-12 12:44 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

温泉芸者


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『温泉こんやく芸者』昭和45年8月公開 東映京都作品、監督、中島貞夫

絶倫か、名器か!? これはスゴイ!イカせたモン勝ち セックス三番勝負!!

「舞台は、北陸の片山津温泉、こんにゃく屋の徳助に育てられた養女・珠枝は、 
勤めていたコンドーム工場が倒産したことをきっかけに、カバンひとつで家をでた。退職金代わりに貰ったコンドームを売って、一時しのぎの金を作ろうと温泉街を訪れた珠枝。だが、そこで天職に出会う。男好きのする顔に目をつけた置屋のお女将が、珠枝をインスタント芸者に仕立て上げたのだ。最初の客にミミズ千匹を指摘された彼女は、あれよあれよと話題の芸者に。関東一と関西一の芸者スカウトマンが争奪戦を繰り広げる中、珠枝の前に積まれた札束はナント五百万!珠枝はこれまでくれた養父への恩を返すべく、五百万を賭けてセックス三番勝負に挑むことを決意する。先に二度燃え尽きたほうが負けのこの勝負、迎える相手は抜かずに六発撃てる通称ヌカ六と呼ばれるゼツリン男!果たして勝負の行方は!?

瑞々しさも武器のひとつ、新人、女屋実和子がミミズ千匹といわれるほどの名器を持つ芸者に扮して鮮烈デビューを飾るほか、ヌードに自身のある女優陣が組んずほぐれつのお色気合戦を披露。才人・中島貞夫監督が、温泉芸者のお色気サービスの実態を艶笑喜劇タッチで描いた温泉芸者シリーズ第三弾」

こんにゃく屋の徳助が殿山泰司、主演の女優、珠枝が女屋美和子、これを支える女優陣に松井康子、榊原浩子、TVプレイガールでお馴染みの片山由美子、男優陣に上田吉二郎、常田富士男、小池朝雄、そしてヌカ六に小松朝雄、なぜか“いとしのマックス”荒木一郎、チョイ役で作家の田中小実昌・・・中島貞夫監督の元、全編テンポのよい展開はまさにスタッフ、役者の職人芸と云わせる出来栄えです。

「ヌードに自身のある女優陣が組んずほぐれずのお色気合戦」からはほど遠いソフトピンク映画といった内容で、あくまで物語重視、ピンク映画を期待すると少し裏切られた気持がするでしょう。

芸妓400人、置屋30余り、花街片山津温泉の絶頂期に撮られたもので、なにより温泉街を我が物顔で闊歩する、又お座敷で乱痴気騒ぎの温泉芸者のバイタリティーは当時の温泉地そのままといっていいでしょう。

映画の芸妓は女優さんですが、座敷の後ろで囃すのは片山津の本物の地方さんのはずです。

『温泉おさな芸者』『温泉スッポン芸者』『温泉みみず芸者』等々この時期沢山の温泉芸者映画が世に出ましたので近々紹介させていただきます。


by gionchoubu | 2016-01-07 11:02 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

夏目漱石と遊廓 その二

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                       松山検番

『吾輩は猫である』で、東風君が同志で催す朗読会の協力を“吾輩”の飼い主である苦沙味先生に持ちかける場面に見番の下りがあります。

「それぢゃ一人で朗読するのですか、又は役割を極めてやるんですか」

「役を極めて懸合(かけあい)でやって見ました。其主意は可成(なるべく)作中の人物に同情を持って其性格を発揮するのを弟一として、夫に手真似や身振りを添へます。白(せりふ)は可成其時代の人を写し出すのが主でお嬢さんでも丁稚でも、其人物が出てきた様にやるんです」

「ぢゃ、まあ芝居見た様なものぢゃありませんか」

「えゝ衣装と書割がない位なものですな」

「失礼ながらうまく行きますか」

「まあ第一回としては成功した方だと思います」

「それで此前やったと仰しゃる心中物といふと」

「其船頭が御客を乗せて芳(吉)原へ行く所なんで」

「大変な幕をやりましたな」

教師丈に一寸首を傾ける。鼻から吹き出した日の出の烟りが耳を掠めて顔の横手へ廻る。

「なあに、そんなに大変な事もないんです、登場の人物を御客と、船頭と、花魁と仲居と遣手と見番丈ですから」

東風子は平気なものである。主人は花魁という名をきいて一寸苦い顔をしたが、仲居、遣手、見番という述語に付て明瞭の智識がなかったと見えて先ず質問を呈出した。

「仲居といふのは娼家の下婢にあたるものですかな」

「まだよく研究はして見ませんが仲居は茶屋の下女で、遣手といふのが女郎屋の助役見た様なものだろうと思います」

東風子は先っき、其人物が出て来る様に仮色(こわいろ)を使ふと云った癖に遣手や仲居の性格をよく解して居らんらしい。

「成程仲居は茶屋に隷属するもので、遣手は娼家に起臥する者ですね。次に見番と言ふのは人間ですか又は一定の場所指すのですか、もし人間とすれば男ですか女ですか」

「見番は何でも男の人間だと思ひます」

「何を司って居るんですかな」

「さあそこ迄はまだ調べが届いて居りません。其内調べてみませう」

これで懸合をやった日にや頓珍漢なものが出来るだろう・・・というのが吾輩である猫の感想でした。

けっきょく、この朗読会は東風君の身振りが余りに大げさで、傍聴していた女学生が一度にわっと笑い出し、朗読会は頓挫、それ以上続ける事が出来ませんでした。

第一会としては成功だと称する朗読会がこれでは、失敗はどんなものだろうと想像すると笑わずには居れない・・・が吾輩の感想でありました。

見番は花街用語で芸妓さんを司る組合事務所で、東風子が思っているような人の職業ではありません。

現在、見番という言葉は馴染みない言葉で、花街に興味や関係のある人以外はまず知らない単語です。

当然漱石は意味を知って使っているのですが、中学校の教師の苦沙味や詩人の東風君が知らないという設定で物語が成立しているのを考えると、明治の後半でも見番は一般の人の口に上ることは、あまり無かったようです。



by gionchoubu | 2015-12-21 11:46 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(4)

夏目漱石と遊廓 その一


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                        道後温泉

坊ちゃんが数学の教師として松山に赴任して早々、松山市から汽車で十分ばかりの温泉のある町にいき、その温泉に入った帰り、温泉地の遊廓の入り口にあって、大変うまいという評判の団子屋で一服しました。一夜明け学校に赴き、一時間目の教室にいくと、

「団子二皿七銭」と書いてある。

二時間目の教室いくと、やはり教室に

「遊廓の団子旨い旨い」と書いてある。

この温泉が道後温泉なのは皆が知る処で、この遊廓とは嘗ての松ヶ枝遊廓です。『全国遊廓案内』によれば、遊廓が許可されたのが明冶十一年で、昭和の始めごろ、朝日楼、新開進楼、夢の家等二十九軒貸座敷があり、内四軒が居稼ぎで、残りの二十五軒が送り込みとあります。居稼ぎとは芸娼妓が、抱え主の家で客を取って稼ぐことで、送り込みとは娼妓が置屋から揚屋に派遣されることです。

娼妓の過半数は二枚鑑札で、酒席へは旅館からも呼ぶことが出来ました。二枚鑑札とは一人の女が芸妓と娼妓の仕事両方の鑑札(免許)を持っている事です。

又、坊ちゃんが赤シャツを称して「彼奴(あやつ)の親父は湯島のかげまかも知れない」会津生まれの山嵐が「湯島のかげまた何だ」と尋ねると江戸っ子の坊ちゃんは「何でも男らしくないもんだろう」と答えています。

湯島天神の遊廓は、加藤藤吉の『日本花街史』によれば、江戸時代は富くじの興行場として、又東叡山の僧侶達の隠れ遊びの男色の町で、陰間茶屋が軒を並べていました。坊ちゃんの言ったように、たしかに男らしくなかった様です。明治時代には花街となり、俗に梅鉢芸妓が席に呼ばれました。

うらなり君の送別会の時には坊ちゃんも参加しました。小説では松山第一等の花晨亭という料理屋の五十畳の広間が会場だったとの事でした。そして宴たけなわ、

「おれの前に来た一人の芸者が、あんた、なんぞ、うたいなはれ、と三味線を抱えたから、おれは歌わない、貴様唄って見ろといったら、金や太鼓でねえ、迷子の迷子の三太郎と、どんどこ、どんのちゃんちきりん。叩いて廻って遭われるものならば、わたしなんぞも、金や太鼓でどんどこ、どんのちゃんちきりんと叩いて廻って逢いたい人がある」という下りがあります。

これは岩波書店の『漱石全集第十三巻』の断片、明治三十八・九年に同じ文句があり、そのすぐ前にも漱石は「畳たゝいてねー、くどい様だが、ようきかしゃんせ、悋気で云うのぢゃなけれども、一人でさしたる傘ならば片袖濡れよう筈がない。」という粋な唄が書き留めております。しかしながらこっちの方は何処にも使われなかったようです。

松川二郎は『全国花街めぐり』で松山の花街の欄を設けています。代表的な料亭に梅廼舎、明治楼、亀の井の三軒を挙げ、梅廼舎がもっとも規模が大きく設備も整い、市内一の料亭と書いていますが、この坊ちゃんが芸妓に唄わせた花晨亭のモデルが梅廼舎です。

坊ちゃんの記述を見ると、漱石も松山赴任時代、なにかの折実際この松山一の料亭の席に附いたこともあったと思います。

窮屈そうに座っている夏目金之助の所在無げな姿が目に浮かぶようです。

坊ちゃんと違いその席で決して松山芸妓を貴様呼ばわりしなかったのを、私は断言できます。
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                   以上、松ヶ枝遊廓跡辺りの風景

by gionchoubu | 2015-12-19 11:46 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

全国遊廓案内の信頼性

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                                飛田遊郭、鯛よし百番

今回は『全国遊廓案内』と『公娼と私娼』を比べてみます。
府県、遊廓、貸座敷数、娼妓数で( )内の方が『公娼と私娼』の数字です。

東京   新吉原   295(295)  3560(2557)  
     千住     53(50)    330(316)
     洲崎    268(286) 約2500(2329)
     品川     43(43)    400(422)
     新宿     53(53)   約560(559)
     板橋     12(12)     98(92)
     八王子    14(14)   約100(103)
     府中      5 (5)     25(30)
     調布      3 (3)     21(18)  
     父島      1 (1)      3(2)

東京、新吉原の娼妓数以外ほぼ近似値、貸座敷数は同じの所が多いのが分かります。

京都   上七軒     -(40)      -(0)
     北新地     -(151)     -(681)
     祇園甲部  230(449)    30(39)
     祇園乙部    -(227)     -(236)
     宮川町   151(418)   330(341)
     島原    148(146)   434(483)
     先斗町     -(194)     -(15)
     七条新地    -(237)     -(1340)
     中書島    84(104)  約400(366)
     北恵比須   20(17)    約70(72)
     橋本     75(79)    470(493)
     朝代      -(55)      -(75)
     加津良     -(20)      -(18)
     猪崎     78(78)    160(157)
     龍宮     29(31)     80(103)
     新浜     59(59)     84(76)

-は収録されなかった遊廓、京都随一の七条新地が収録されないのは『全国遊廓案内』に於ける大きな謎です。祇園甲部や宮川町の貸座敷数の数が離れているのは芸妓のみの貸座敷が外れているのだと思います。

大阪   新町    183(212)   550(568)
     堀江    155(156)    43(33)
     松島    260(257) 約3700(3657)
     五花街   499(499)   831(807)
     飛田    202(215)  2700(2646)
     龍神     数十(107)  約100(5)
     榮橋     60(60)   約540(581)
     乳守     40(39)    400(3)
     貝塚     43(43)    270(269)
     枚方     35(35)    110(108)

竜神、栄橋、乳守は共に堺の遊廓です。昭和八年発行の『郷土研究上方』で山本梅史が「堺の遊廓」の一文を寄せ、

龍神、貸座敷100、芸妓400、娼妓20.
榮橋、貸座敷60、娼妓600、
乳守、貸座敷40、芸妓100、娼妓5の数字を揚げており、

『日本遊里史』でも

龍神、貸座敷106、娼妓18
榮橋、貸座敷64、娼妓647
乳守、貸座敷36、娼妓6

つまり『公娼と私娼』『郷土芸能上方』『日本遊里史』が同じ傾向を示しております。堺の遊廓は『全国遊廓案内』の記述が間違いと断定できそうです。

さて、先にすすむと、

神奈川  真金町    59(70)   約500(526)
     永楽町     -(記述なし)    -(記述なし)
     青木町    23(17)    170(105)
     川崎町    19(19)   約190(189)
     保土ヶ谷町   7(7)      50(49)  
     横須賀    26(28)  150以上(187)
     浦賀町     2(2)     7,8(11)
     三崎町     5(5)      44(48)
     戸塚町     -(4)       -(19)
     藤沢町    10(10)     50(53)
     平塚町    12(12)    120(128)
     大磯町     3(3)       8(6)
     小田原町    6(7)      50(53)
     吉野町     3(3)      13(16)

兵庫   福原町    93(93)   1320(1329)
     新川     22(22)   約200(294)
     浦町(西宮) 38(38)   約350(334)
     新地(明石) 14(14)    130(127)
     梅ケ枝    11(10)     96(90)
     飾磨     10(10)    約60(63)
     高砂      5(5)      64(55)
      室津      3(3)      30(32)
     漁師町(洲本)19(20)   約100(81)
     池上(篠山)  2(12)    110(68)

篠山の貸座敷の2は明らかにおかしい数字です。娼妓が110いるので筆者が校正でも見落としたのでしょう。

長崎   寄合町・丸山町 22(18)   約200(203)
     出雲町      9(10)     85(68)
     戸町      16(12)    180(136)
     稲佐      14(14)    115(131)
     福田       -(8)       -(27)
     勝富(佐世保) 16(16)   約150(114)
     花園(佐世保) 47(46)    340(363) 
     田子の浦(早岐町)4(4)      30(37)
     瀬戸村(板の浦) -(2)       -(4)
    *瀬戸村(樫の浦) -(14)      -(45)
     釜の裏      -(10)      -(39)  
     蠣の浦      -(18)      -(104)
     面高村      -(2)       -(7)
     椛島村      -(3)       -(2)
     湊町(島原)  11(10)   約100(23)
     都ノ口村     -(2)       -(2)
     宇田助      -(7)       -(10)
     大島村(平戸?) -(3)       -(5)
     水主町      -(3)       -(14)
     立亀       -(4)       -(32)
     雞知村      -(4)       -(8)
     船越       -(1)       -(2)
     田の平(大村)  9(7)     約70(63)

長崎に目だって略された遊廓が多いのは一目瞭然です。島原の娼妓数が大きく離れている以外はほぼ納得のいく数字です。

新潟   下町      94(75)   約500(465)
     新発田町    19(19)    118(122)
     中条町     12(13)     51(55)
     坂の下(津川)  5(5)      35(21)
     八幡町(五泉町)14(14)     27(26)
     曙町       -(4)       -(12)
     橋向(新津)   6(12)     60(26)
     五の町(三条町)44(44)    約60(57)
     文冶町      -(33)      -(132)
     畑中(小千谷)  7(7)      22(16)
     間(出雲崎)  10(8)     約80(10)
     山の上(寺泊)  5(5)      10(9)
     海岸通(柏崎) 20(20)    約60(52)
     塩屋新田     -(7)       -(33)
     五分一(高田) 19(19)   約130(141)
     浜町       -(6)       -(14)
     二見村      3(3)      約6(7)
     水金町      -(8)       -(14)
     両津(夷町)   7(7)      40位(25)
     両津(湊町) 記述無(6)      記述無(41)
  

埼玉   本庄町    記述無(7)      記述無(39)
     深谷町    約10(3)      酌婦70(9)

千葉   登戸(千葉市)約10(11)      80位(75)
     船橋町     19(19)      112(93)
     平潟(松戸)  13(12)      115(93)
     佐倉弥勒町    1(1)        約8(4)
     松岸(銚子町)  2(1)       40位(37)
     木更津町     4(4)       記述無(24)


全体的に『全国遊廓案内』の数字と( )内の内務省調査の数字は大変似かよっており、調査年数に二、三年の誤差があると考えると『全国遊廓案内』は信頼に足る手引書でありました。

新吉原の娼妓数などいくつか( )内と大きく離れた数字は有るのは、逆にそれが公的な数字に頼って居ない証拠となります。時代そして当時の情報源を考えると、民間の人間がよくまあここまで調べ上げた・・・と私などは心から『全国遊廓案内』の著者に対し驚嘆の念を禁じ得ません。

そして新聞記者か雑誌のライターの経験を持つ人なのか、言葉を選びながら的確な文字運びは相当文章を書き慣れた人物のはずです。時々テンポ良く挟まれる「台の物は別だ」などの言葉が心地よく響き、著者に語りかけられているような錯覚すら持ち得ます。

かなりの頻度で用いられるその土地の民謡も、現在の紹介本で言えば、写真かイラスト替わりの役割、読者を一服させ、望郷の念、ちょっと遠くを見るような気持にさせてくれるのです。

又、娼妓本位、芸妓本位、特別祝儀などの言葉の使い方にも長けた人物像がほのかに浮かび上がってきます。

さらに、遊廓でもなく娼妓も一人も居ない北陸の粟津温泉にスペースを割き、珍しく語り口調が変わり、著者のこの温泉に対する思い入れを思わず吐露・・・私にとって興味が尽きないのがこの佐藤丘巣の『全国遊廓案内』なのです。


by gionchoubu | 2015-12-17 15:39 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

日本遊里史巻末付録「日本全国遊廓一覧」

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                   浜松、鴨江の二葉遊廓跡地


東京  新吉原   228(295)  2362(2557)  
     千住     15(50)    124(316)
     洲崎    183(286)  1937(2329)
     品川     53(43)    478(422)
     新宿     56(53)    570(559)
     板橋     13(12)    157(92)
     八王子    14(14)     86(103)
     府中      5 (5)     32(30)
     調布      5 (3)     32(18)  
     父島      - (1)      - (2)

京都  上七軒    33(40)      2(0)
     北新地   112(151)   470(681)
     祇園甲部  408(449)    86(39)
     祇園乙部  215(227)   262(236)
     宮川町   359(418)   314(341)
     島原     93(146)   237(483)
     先斗町   169(194)    33(15)
     七条新地  208(237)   988(1340)
     中書島    67(104)   234(366)
     北恵比須   13(17)     51(72)
     橋本     27(79)     60(493)
     朝代     41(55)     53(75)
     加津良    25(20)     78(18)
     猪崎     54(78)    127(157)
     龍宮     34(31)    205(103)
     新浜     41(59)     42(76)

大阪  新町    247(212)   622(568)
     堀江    175(156)    81(33)
     松島    275(257)  3725(3657)
     五花街   541(499)  1094(807)
     飛田    121(215)  1065(2646)
     龍神    106(107)    18(5)
     榮橋     64(60)    647(581)
     乳守     36(39)      6(3)
     貝塚     40(43)     96(269)
     枚方     35(35)     48(108)

神奈川 真金町    42(70)    754(526)
     永楽町    36(記述なし)  747(記述なし)
     青木町    20(17)    202(105)
     川崎町    14(19)    212(189)
     保土ヶ谷町   3(7)      24(49)  
     横須賀    18(28)    343(187)
     浦賀町     4(2)      32(11)
     三崎町     5(5)      58(48)
     戸塚町     5(4)      31(19)
     藤沢町    11(10)     61(53)
     平塚町    10(12)     51(128)
     大磯町     5(3)      30(6)
     小田原町    7(7)      74(53)
     吉野町     3(3)      19(16)

兵庫  福原町    96(93)   1057(1329)
     新川     22(22)    249(294)
     浦町(西宮) 38(38)    339(334)
     新地(明石) 14(14)    130(127)
     梅ケ枝    10(10)     99(90)
     飾磨     10(10)     62(63)
     高砂      5(5)      36(55)
     漁師町(洲本)18(20)     46(81)
     池上(篠山)  9(12)     29(68)
     室津       2(3)      17(32)

長崎  丸山町      4(18)     62(203)
    *寄合町     22        370
     出雲町     14(10)    213(68)
     戸町      22(12)    291(136)
     稲佐      17(14)    180(131)
     福田       8(8)      26(27)
     勝富(佐世保) 22(16)     64(114)
     花園(佐世保) 60(46)    5?0(363) 
     田子の浦     4(4)      39(37)
     瀬戸村(板の浦)19(2)      29(4)
    *瀬戸村(樫の浦)  (14)       (45)
     釜の裏      8(10)     18(39)  
     蠣の浦      8(18)     43(104)
     面高村      6(2)      27(7)
     椛島村      3(3)       9(2)
     湊町(島原)  13(10)     53(23)
     都ノ口村     5(2)      15(2)
     宇田助      7(7)      20(10)
     大島村(平戸?) 7(3)       8(5)
     水主町      1(3)      11(14)
     立亀       8(4)      75(32)
     雞知村      5(4)      18(8)
     船越       2(1)       5(2)
     田の平(大村)  8(7)     101(63)

*公娼と私娼では寄合町と丸山町を分けず一遊廓としています
*日本遊里史では板の浦と樫の浦を分けず一遊廓としています

新潟  下町      91(75)     436(465)
     新発田町    19(19)      94(122)
     中条町     11(13)      29(55)
     坂の下      5(5)       15(21)
     八幡町(五泉町)14(14)      32(26)
     曙町      14(4)        28(12)
     橋向      12(12)       25(26)
     五の町     50(44)       83(57)
     文冶町     54(33)      191(132)
     畑中       5(7)        31(16)
     間       11(8)         9(10)
     山の上(寺泊)  7(5)        16(9)
     海岸通(柏崎) 20(20)       69(52)
     塩屋新田    16(7)        54(33)
     五分一(高田) 23(19)      122(141)
     浜町      14(6)        35(14)
     二見村      7(3)        22(7)
     水金町      8(8)        24(14)
     両津   28(7)+(6)   138(25)+(41)

*公娼と私娼では両津を二つに分けています
  

埼玉  本庄町      9(7)        51(39)
     深谷町     12(3)        58(9)

千葉  登戸(千葉市)  9(11)       94(75)
     船橋町      6(19)       50(93)
     平潟(松戸)   8(12)       27(93)
     佐倉弥勒町    5(1)        28(4)
     松岸       1(1)        30(37)
     木更津町     3(4)        30(24)

昭和四年九月十五日に発行された上村行彰著『日本遊里史』の巻末付録「日本全国遊廓一覧」は明田鉄男著『日本花街史』を含め、色んなところで、収録、引用され、私も以前当ブログで一つの考察をさせていただいています。

表は、府県名、遊廓所在地、俗称、娼妓数、健康診断所、病院名、公市別、病床数、健康診断及び治療に関する諸費(県単位)で構成されています。医療関係に重心があるのは、著者が序で触れて居る様に「私は十数年間職を大阪府に奉じ、殊に公娼の衛生に関する方面に直接の関係があった」からに他なりません。

この備考欄に「貸座敷数や娼妓数は年々移動があるから何年のを掲げても直ちに変動する、これで茲には私が数年前調査したものを掲げて単に其の見当を知るに便ならしむるのである、」「健康診断及び治療に関する諸費は昭和二年度のものである。」
     
そもそも著者はどうやって各遊廓の貸座敷、娼妓数の数を把握できたのでしょう。上の数字は表に最初に書かれた東京から千葉までを写したもので(遊廓所在地か俗称は私が分かり易い様に選んでいます)( )内の数字は昭和五年の内務省警保局編『公娼と私娼』によるもので、数字としては絶対的な信頼がもてます。娼妓の鑑札(免許)を出すのは警察で、昭和二十二年まで警察、地方行政、選挙その他内務行政を管轄した中央官庁こそが当時の内務省でした。

日本遊里史の数字と内務省の数字は数年の誤差があるとしても、全く違う数字が存在する遊廓があります
     
千住  15(50)    124(316)
島原  93(146)   237(483)   
飛田 121(215)  1065(2646)
貝塚  40(43)     96(269)等は差が多すぎますし、

橋本  27(79)     60(493)は説明がつきません。
 
昭和十二年にこの橋本地域貸座敷組合事務所が発行した橋本遊廓沿革誌によれば、昭和四年時の橋本の貸座敷が74、娼妓373(+芸妓33)を目にすると『日本遊里史』の旗色は良くありません。

推測ばかりで申し訳ありませんが、これは上村行彰が遊廓の指定病院から得た数字を審査せず鵜呑みで揚げた数字のような気がします。全国遊廓の俗称は書き込みが有る県と宮城、福島、山形のように全く書いてない県があり、又健康診断及び治療に関する諸費が県単位計算されているところを見ると、提出された調査は県単位で得たものと思われ、提出した県の担当者の性格や責任感により不備がでたものと思われます。それにしてもお膝元の大阪での数字の差はどう考えたら良いのか分かりません。

いずれにせよ、『日本遊里史』に得た数字の年代が書かれて無い以上、『公娼と私娼』の数字を基準とするのは当然の事と思われ、少なくとも私は今後その方針でいきます。








by gionchoubu | 2015-12-15 11:54 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

公娼と私娼 その四

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静岡県、掛川十九首遊廓の妓楼跡にあった水の字がのる瓦、火災よけのお呪いなのでしょう。他に愛知県の花街跡、岐阜県の街道沿いの遊廓跡に類似の瓦がありますので、東海地方の遊廓の特色かもしれません。

左の数(イ)は昭和五年の該当府県出身の娼妓数(公娼と私娼)、中の数字(ロ)昭和五年各道府県の人口(千の単位を四捨五入)、右の数字は(ハ)は(イ)を万を外した(ロ)で割った数字で数字が大きければ、人口に対してその府県出身の娼妓が多い事になり、数字が小さければその逆ということになります。

北海道 1891     281万   6.7
青森  1193      88万  13.6
岩手   397      98万   4.1
宮城   953     114万   8.4
秋田  1664      99万  16.8
山形  2349     108万  21.8
福島  1289     150万   8.6
茨城   822     149万   5.5
栃木   791     114万   6.9
群馬   847     119万   7.1
埼玉   689     146万   4.7
千葉   639     147万   4.3
東京  2026     540万   3.8
神奈川  631     162万   3.9
新潟  1966     193万  10.2
富山   233      78万   3.0
石川   262      76万   3.4
福井   179      62万   2.9
山梨   225      63万   3.6
長野   297     171万   1.7
岐阜   397     118万   3.4
静岡   524     180万   2.9
愛知   981     257万   3.8
三重  1458     116万  12.6
滋賀   215      69万   3.1
京都   552     155万   3.6
大阪  1833     354万   5.8
兵庫  1144     265万   4.3 
奈良   436      60万   7.3
和歌山  699      83万   8.4
鳥取   464      49万   9.5
島根   398      74万   5.4
岡山   588     128万   4.6
廣島  1127     169万   6.7
山口   671     114万   5.9
徳島   832      72万  11.6
香川   607      73万   8.3
愛媛  1733     114万  15.2
高知  1298      72万  18.0
福岡  3172     253万  12.5
佐賀  1216      69万  17.6
長崎  3403     123万  27.6
熊本  2967     135万  22.0
大分   921      95万   9.7
宮崎  1161      76万  15.3
鹿児島 1388     156万   8.9
沖縄   812      58万  14.0

人口比娼妓がすくなかったのは本州の中央に集中しています
  
1、 長野  1.7              
2、 福井  2.9             
3、 静岡   2.9
4、 富山  3.0             
5、 滋賀  3.1             
6、 岐阜  3.4             
7、 石川  3.4
8、 京都   3.6             
9、 山梨  3.6             
10、 東京  3.8                        
           
人口比娼妓が少なかったのは東北と南の県です

1、 長崎  27.6
2、 熊本  22・0
3、 山形  21.8
4、 高知  18.0 
5、 佐賀  17.6
6、 秋田  16.8
7、 宮崎  15.3
8、 愛媛  15.2
9、 沖縄  14.0
10、青森  13.6


人口比に於ける娼妓の比率は圧倒的に九州と東北が多く単純に計算すると長野県に対し長崎県の女性は娼妓になる確率が16倍となり、さらに外地の娼妓の出身県を入れればこの数字はもっともっと開いたはずです。

娼妓の絶対数でも1、長崎 2、福岡 3、熊本 は変わりません。東北にも娼妓が多かったイメージが強く、それはそれで合っていますが、数字で表すと、九州の方がかなり上まっていたことが分かります。



by gionchoubu | 2015-12-12 11:09 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

全国遊廓案内の謎

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全国遊廓案内による各遊廓の紹介文は、初めてその地に訪れた遊客がその遊廓で泊まる場合、あらかじめ知っておきたい情報が満載となっております。即ち、

1, その遊廓の場所及び遊廓に至る交通手段、さらに下車後からの距離
2, その遊廓の簡単な歴史
3, 陰店か写真式かの記述
4, 娼妓は居稼ぎか送り込みかの情報
5, 廻し制度の有無
6, 料金とシステム
7, 台の物(客席に出す酒、肴、茶菓子)が上記の料金に含まれるか否か
8, 貸座敷の数と名称及び娼妓の数
9, 娼妓の主な出身地
10, 付近の観光地
11, その他、宴席で歌われる民謡など

といったところですが、本書でこの総てを網羅している遊廓は稀で、大概上の項目の幾つかは欠如しています。この中で優先順序をつけると1,6,8が最優先、場所、規模、料金が一番重要となります。この場所、規模、料金が最優先なのは昭和三十年の『全国女性街ガイド』でも同じで、当然といえば当然といえます。

さて、本書の著者が情報収集の手段として、仮に土地の新聞記者諸氏を利用したとしたなら、一体誰に聞き取りをしたのでしょうか?上記の項目を鑑みれば、考えられるのは(イ)記者自身を含めたその遊廓をよく利用する者、(ロ)その遊廓の貸座敷の主人、(ハ)娼妓の情報を把握できる立場にいた人、即ちその地の遊廓事務所に携わっていた人、位に絞られると思います。

私が注目したのは9の娼妓の出身地です。これは全国遊廓案内の多くの遊廓に記述にあり、それを、ほぼ同年代に調査し、このブログ(公娼と私娼その二)でも載せた内務省調査の『公娼私娼』の娼妓の出身府県の調査と突合せ、矛盾があれば、これは(イ)遊客が持った印象と言えるでしょう。

単数、複数にせよ(ロ)特定貸座敷が情報提供者でも、中規模以上の遊廓では全体を把握するのは無理で、矢張りその聞き取りをした遊廓主人の印象という事になると思います。

もし、整合性があれば、これを知りえる遊廓事務所に聞き取りをしたと考えました。

結果は、『公娼と私娼』に載るその府県の総ての娼妓の出身県、出身地と全国遊廓案内に載った娼妓の出身府県間のほぼ総てに整合性があり矛盾を見つけることは出来ませんでした。つまり全国遊廓案内の取材先は遊廓事務所だったと思います。(*同書で出身地方が記載された200ヶ所以上の遊廓のうち、滋賀県彦根遊廓、宮城県宮丸遊廓を含め二、三首を傾げる所も存在しますが、12/12加筆)

今回の考察はカストリ出版の主催者、渡辺豪さんが前回紹介した『全国遊廓の謎』を寄せて頂いたのがきっかけでした。

現在、私自身の各地の遊廓跡めぐりは中断しておりますが、再開の折には是非コンパクトで大変軽い軽いカストリ出版さんの『全国遊廓案内』を携えていくつもりです。遊廓跡巡りには外せない一冊です。

さて、いよいよ謎が深まる本書の発行者佐藤丘巣氏、公許とは云え、外地を含めた全国の遊廓案内書を出版するには今の私たちでは想像できない壁があったでしょう。もしこの佐藤丘巣がペンネームであり、洒落気のある人なら、佐藤窮す、ペンネームに自分の心境を閉じ込めたのかもしれません。






by gionchoubu | 2015-12-09 13:56 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

全国遊廓案内とカストリ出版


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花街ぞめき様
こんにちは。

昨年、『全国遊廓案内』を復刻編集したカストリ出版の渡辺豪と申します。

私が同著を復刻した際、同様に編者の全国遊覧社や発行者の佐藤丘巢について調べましたが、
結果は芳しいものではありませんでした。
以下、私が知り得た範囲のことをお伝えします。


私は発行者の佐藤が、実質的な制作の主体と見ています。
奥付の住所は常盤松94とありますが、
渋谷区図書館が公開している昭和8年の『渋谷区商工地図索引』では
それらしいものは見つからず、
個人宅が仕事場所(とする程度の規模)だったのだと思います。
https://www.lib.city.shibuya.tokyo.jp/hp/shibuyanopage/8_shibuyaku_shokochizu_sakuin/00_shibuyaku_shoukouchizu_sakuin.html

国際日本文化研究センターが公開している「渋谷区詳細図」(昭和35)によって、
常盤松94の位置が特定できます。
(そもそも際どい内容ですので、内務省による発禁を恐れて虚偽の住所かも知れませんが。)
http://tois.nichibun.ac.jp/chizu/

ご懸案のどうやって情報収集できたのか?という疑問ですが、
私も新聞社・新聞記者からの聴取という説に賛成です。
時代は下りますが、昭和30年の『全国女性街ガイド』を記した渡辺寛も
労働新聞の記者として全国を歩き回ったからこそ知り得た情報で、
横の繋がりや地元の記者からの情報提供があったことが明らかになってきました。
(この辺りは現在も調査中で、まだアウトプットしていません。来年、渡辺寛全集を出す予定です)

まして昭和5年であれば、新聞社が最大の情報の担い手であり、
むしろ新聞社無くしては成立しなかったのではとさえ感じています。

仰る通り温度差も顕著で、松川の『全国花街めぐり』では
著作内で、教えて貰ったのみで松川自身があまり知らないことを認めている地域も散見され、
翻って『全国遊廓案内』も、似たような状態なのだろうと推測できます。


話が前後してしまいますが、著者の謎についてもう一つ捨て難い可能性として、
戦前の段階で早くも全国の商工図(『大日本職業別明細図』)を作成していた「東京交通社」が候補として挙がります。
奇しくも著作発行者の木谷賀の住所は同じ渋谷区です。
(発行所の東京交通社も同住所)

全国区の商工図を作成する能力を有していれば、
各地の遊廓に精通していても何ら不思議ではありません。
なんと商工図の製作は外地にも及んでいるのです…。
https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-601013.php


前年昭和4年に発行された『全国花街めぐり』は、発行から半年を待たず12刷を重ねるほどでしたので
商売上は大成功といえそうです。
(読売新聞・昭和4年12月10日紙面参照)

かたや、東京交通社の『大日本職業別明細図』が、どういったビジネスモデルだったのか不明ですが、
泥臭く全国虱潰しに調べて図示化するだけで金にする、という、やや山っ気のある商魂も透けて見えて
前年『全国花街めぐり』の成功の機に乗じる所も、同社の性格に相通ずるものを感じます。

状況証拠のみで、物的証拠は全くありませんが、
現状では私はこの東京交通社、もしくは同社に関係する要人による制作という可能性が最も高いと考えています。
(こじつけ臭くなりますが、「東京交通社」と「日本遊覧社」のネーミングも似ていると思うのは私だけでしょうか…。)


※木谷賀という人物自体、あまり掘り下げがなされていないようなので、
更なる研究を望みたいところです。


佐藤丘巣(巣は新字体)の名は湯本豪一『第四次『東京パック』要覧 目次一覧および人名索引』に幾つか見られますが、未読です。


乱文失礼しました。

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以上の情報をカストリ出版編集者、渡辺氏より頂きました。同誌の復刊に心力を注いだ者のみが到達し得た内容です。これだけの情報、私一人では勿体ないので同氏の許可を得て載いた上で、ご覧になった方と共有させて頂きます。
尚、次回全国遊廓案内がとったであろう取材のアプローチについて私なりの考えと、カストリ出版さんについて書きます。

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by gionchoubu | 2015-12-07 11:42 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

公娼と私娼 その三

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                     静岡県、二俣遊廓辺り

『公娼と私娼』で内務省警保局昭和五年六月末現在の娼妓53、355人の出身地を調べた表を移し変えたものを前回戴せました。

縦軸がその県出身の娼妓数、横軸はその県に対してどの県から何人の娼妓が稼業に来ているかを表す数字です。



同書中「実家に近い所で娼妓稼をすることは、一面に於ては便宜があるが、他面に於いては親族知己等に対する手前もあり、また、そんな狭い範囲では楼主側と娼妓側との希望条件がぴったりと合はないから、勢い他府県へ出稼ぎするのが常態である。」と全体の傾向を挙げています。

これに反する例として、生まれた県で娼妓をする比率として、沖縄県77%、三重県56%、北海道55%そして40%を超える県として新潟49%、富山47%、愛知47%、大阪44%、東京44%、京都41%、そして静岡の41%を挙げています。

沖縄、北海道など、本土から離れているからという理由が挙げられそうですが、長崎県から外地の娼妓になるものが非常に多かった事を考えると、この理由はあまり重要ではないかもしれません。その他大都会にこの傾向がつよいと言えそうです。

上記以外で自県の娼妓が一番多かったのが青森、岩手、宮城、神奈川、福井、長野、廣島、香川でした。

逆に少ない県の代表が群馬で0、これに対して「群馬県は夙に廃娼を断行して居るが、群馬県下に於ける父兄達も窮迫のどん底に陥ったならば“人道”を顧みるゆとりのないものとみえる。即ち同県出身の子女八百四十七名は他府県で娼妓稼をさせられて居る。」と同書は冷酷に突き放しています、県単位による廃娼運動の難しさが浮き彫りになりました。

さらに横軸、つまり生まれた県で娼妓をしている女の比重に対する分析があり、沖縄県は他県から二人しか娼妓に来ておらず99.7%が沖縄出身者です。これは沖縄独特の遊廓システムが関係してそうです。手元に資料がないのでとりあえず考察は加えません。

同書はさらにこの傾向に着目し、山形92%、高知84%、新潟76%、青森71%、秋田67%、熊本65%、宮崎65%、三重64%、愛媛62%、長崎62%、北海道60%を挙げており、明らかに日本の南と北に集中しています。理由を同書は書いておりません。私もどうしてか分かりません。この辺りは他分野の人のほうが的確な答えをだせる様な気がします。

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     クローバー通りの先、横山町にも公許遊廓の一画があったと、近所の方がおっしゃっていました。

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「すきやばし次郎」店主・小野二郎さんが7歳の時、この二俣の割烹旅館「福田屋」へ奉公に出て板前修業していました。
醤油のことを、むらさきと言うのは寿司屋用語と思われていますが、実は遊廓からきた言葉です。

by gionchoubu | 2015-12-05 13:20 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)