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尼崎 神崎新地

尼崎 神崎新地_f0347663_10021500.jpg
 まるで収容所のような特飲店。現在もこの二階の庇の特徴を持つお宅が数軒あります。(人がお住まいなので画像はご遠慮させて頂きます。)

昭和33年2月17日の神戸新聞阪神版に尼崎の青線である初島、神崎両新地が出来たのが昭和30年で、市中心部の業者が辺鄙な場所に移ったと有ります。

神崎新地は戸ノ内町にあり戸ノ内新地の名もありましたが、日本最古の遊廓の一つとされる江口・神崎・蟹島の一つ神崎がこの辺りですので、過去の栄華にあやかる気持ちがあったのかもしれません。

神崎新地も初島新地も尼崎繁華街にあった特飲店が市民の要望と警察の意向で昭和30年に移されたのですが、そもそも何故一箇所でなく取締りが分散される二箇所なのか説明してくれるものは有りません。市内の特飲街の一つ難波(なにわ)新天地は大陸引上者と称したS氏が五千坪の土地を購入して開けたと神戸新聞にありましたので、あるいは相容れない二人の有力者がおり、統一が難しかったと私は見ております。

1956(昭和31)年6月24日のアサヒグラフを見ると、尼崎市の中心部にあった新天地や難波新地に約百三十軒あつた特飲店が、昭和27年に全国で一番きびしい売春取締りの市の条例が出来、市街地から遠く離れた初島と戸ノ内の二箇所に集団移転をすることになったとあります。

昭和30年7月5日、戸ノ内診療所新築完成、その後検診は週2回、保険職員が出張して診察にあたっていました。

不便な移転先では客足も減り自滅するだろうという市警察当局の思惑は外れ、二箇所とも大繁盛、ことに神崎新地は最初移転した73軒の他、新規開業6軒を加え商店なども合わせると200軒という一大繁華街となりました。神崎新地はもと飛行機工場跡を土地会社が買取り、業者に坪千五百円で分譲したものです。

神崎新地の構造ですが、まず毛斯倫大橋を渡り入り口の尼崎北警察モスリン派出所の次の筋、現在のガソリンスタンドのある左の区域です。中央道の右側は神崎新地組合事務所や診療所があるもの特飲店はなく旅館とか料亭でした。

神崎新地は現在の地図でみると、北も南も西も神崎川、猪名川に囲まれ、ほぼ隔離された区域になります。

昭和32年の地図で確認すると、旧町名として、戸ノ内中ノ割、島開、四天田とあり、そこには初姫、養気楼、竜宮、ほがらか、銀月、吉野桜・・・いかにもの店名が並びます。奥には神崎新地互助会事務所も見えます・

昭和33年2月17日の神戸新聞、阪神版をみると、売春防止法施行を前に、半分の32軒が旅館、12軒が小料理屋、他、バー、下宿、お座敷サロン、スタンド、やとなクラブなどに転業希望を出しました。

業者としては他の土地へ出て行く資金もないので、トルコセンターや映画館を作って大阪、尼崎の客を作ろうという計画もありました。

その後神崎新地は又資料が集まれば書いてみたいと思います。

尼崎 神崎新地_f0347663_10050201.jpg
        この側が特飲街です。
尼崎 神崎新地_f0347663_10055207.jpg
       道を挟んだこの側は旅館や飲食街


# by gionchoubu | 2020-02-21 10:08 | 亡くなった兵庫の游所 | Comments(0)

尼崎 初島新地

尼崎 初島新地_f0347663_14235852.jpg
          
尼崎 初島新地_f0347663_14245360.jpg
         戦後の貸座席に時々見られるスタイルです。

昭和33年2月17日の神戸新聞阪神版に尼崎の青線である初島、神崎両新地が出来たのが昭和30年で、市中心部の業者が辺鄙な場所に移ったとしています。

尼崎現代史年表によれば、これに先立つ昭和29年9月12日初島新地では地鎮祭が行なわれ、昭和30年3月初島・戸ノ内(神崎)新地、反対をよそに着々工事進行とあります。

30年10月4日の同紙には、難波新地、新天地、パーク街、浮世小路、杭瀬などの特飲店百四十四軒のうち先立つ半年の間この内二十五軒が初島新地に移ったとあります。

初島新地は阪神尼崎の一つ大阪よりの大物駅から歩くと20分程かかり、歓楽街としても大変不利な場所で、業者が市内に留まりたかったのは明らか、辺鄙な場所に移ったのではなく移らされたのでした。

これは尼崎市内の四警察が4月から、市中心部にあった特飲店にて連続的に売春取り締まりを強行し、市はその後半年で連日のように取締り、市売春取締条例違反検挙を193件挙げ331人検挙しました。

9月には尼崎市中心に150軒あった特飲店の内、元に居座るのは18軒、警察は9月30日にこれら残留者に対して営業停止を勧告したのです。

上記の新聞紙上によると、初島新地組合(59軒、約230人)は昭和33年1月、尼崎中央署に、新地組合を二月末日で解散し、3月中には転業する事などの誓約書を出ましたが、七業者が神田中通二丁目のミス東京横の新店舗を買い取り開業予定であるとも書かれています。

業者にとってみれば、警察の圧力で初島新地に移ったものの、売春防止法施工で、4年経たずに廃業、転業を迫られた訳で、到底そのまま受け入れることは出来ませんでした。

さて、尼崎図書館所蔵の昭和34年地図によると初島新地は南初島町7,8、10番地で、時代は転業・廃業・偽装の真っ最中の様子が読み取れ、旅館として福助、春月、花屋、一二三など11軒、スタンドが奴、ひさご、カドヤなど10軒、料理屋、食堂4軒、バー2軒、青線時代を彷彿させる一力、初島楼、金波、つたのや等30軒ほど、そして組合事務所2軒、初島温泉あとは氷屋、アパート、理髪、パーマなどになります。

正面側には青線業者が無く、表からは隠れた仕組みになっており、裏は神崎川で遮られています。

その後の様子をゼンリン昭和43年の地図で確認すると、旧初島新地の区域で上記の業者と同じ看板で営業している所は殆どなく、富士乃屋、大黒楼、お染め、松竹梅、ことぶき、楽園、大鵬、さゆり等々業種が分からない名前で埋めつくされており、新地時代より多くの店名が書かれています。

そしてゼンリン昭和52年の地図では喫茶店数店あるもの殆どが建設会社系、工業系や個人宅の名前に替わっているので、この間当局の力学が働いたのは間違いない所です。

この辺りの事情は後日明らかになれば再度挑戦したいと考えます。

尼崎 初島新地_f0347663_14255818.jpg
尼崎 初島新地_f0347663_14262703.jpg
                人の気配はありません。
尼崎 初島新地_f0347663_14272219.jpg
                こちらも閉められた感じ
尼崎 初島新地_f0347663_14282421.jpg
               右上の意匠も時々見られる物です。


# by gionchoubu | 2020-02-16 14:29 | 亡くなった兵庫の游所 | Comments(4)

ツイッター始めました。



花街ぞめきでツイッター始めました。

https://twitter.com/gionbubu

よろしくお願いします。

# by gionchoubu | 2020-02-13 17:27 | Comments(0)

祇園節分おばけ、ひょっとこ踊り


2020年の祇園ひょっとこ踊りです。
途中で芸妓さんとすれ違います。
明るいバージョンもありますが、
どうしても見物の人が映りこんでしまいます。



https://www.youtube.com/watch?v=ggVL8blNKVY&t=51s
# by gionchoubu | 2020-02-09 14:36 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)

結婚するなら芸妓?女給?それとも娼妓?

結婚するなら芸妓?女給?それとも娼妓?_f0347663_11104531.jpg
    福原遊郭隣の新開地、グランドカフェー マルタマ、昭和10年4月開業

戦前の福原遊廓の思い出を書いた本に、当時福原周辺にいた女の中で、女房にするならどの職業が一番よいか?という話が若い衆の間で出たそうです。

私は現代の感覚からいって、美しくて芸、行儀、接客にも長けた芸妓が一番、つづいて気はしが利く仲居が二番、擬似芸妓である雇仲居(やとな)が三番、続いて自由気ままなカフェーの女給、女郎さんである娼妓が一番人気が無いと何となく思いましたが、当時の見解では「女郎が一番よくて、一番カスは女給だな」という事になりました。

「娼妓というのは、一人の主人に仕えるということだけが最大の希望である上に、狭いながらも自分の部屋をあてがわれているので、その部屋の掃除から活花まで自分でやっている。その上、自由を束縛され、粗食に耐えてきているから、少々の貧乏暮らしは何とも思っていないから・・・」

「次は芸者だろうが、これは永持ちさせようと思えば相当金を持っとらんと、向こうから逃げ出すやろう。仲居や雇仲居の方が一寸ましかいな」

「女給というのは、昼間はのらりくらりしていて、夜はあっちのテーブル、こっちのテーブルを蝶のように飛び回って、ビールや酒を飲んでいるだけで、三味線一つ弾けるではなし、唄一つ歌えるでなし、だらしのないことおびただしい」

との事、嫁にするなら、娼妓、仲居と雇仲居、芸妓、ぶっちぎりで女給が最下位ということになりました。

とにかく女給さんの評判の悪い事、『神戸又新日報』昭和四年三月十四日に「赤裸々裏面 女給おとりの日記」が載りました。

「兎に角もこの近代文化の生んだグロテスクな生物・・・女給は、職業夫人として、社会の第一線へ進出して来たことは事実だ。女給だと一概に軽蔑出来なくなった女給・・・果してこのグロテスクな生物は何を考え、そしてどんな生活をしてゐるだろうか?」

えらい見出しで紹介されたのが、紙面によると男から男へ、刺激から刺激へ、自己の肉体をたよりに生きていく女給の見本のような女、神戸花隈玉川楼のお酉の日記でありました。

女給の日記

二月二十七日水曜日

十一時半・・・・早出だ。もう起きなくちゃならない時刻、でも寒い。

寝床の中で煙草を吹かしながら、ぼんやりと、色んな事を考えてゐると、どうも床がはなれにくい。

昨夜の鬼瓦みたいなおやじさん。馬鹿に面食ひだ。顔でゆけばナンバーワンたる若いKちゃんに大分思召しがあるらしい。

「おとり、たのむよ、うまくゆけば、コンミッションは出すからね」

「えヽ、コンミッション次第では一肌脱がないこともないわ・・・」と云ってやったら、好い気になって

「うまくゆけば二十円だすよ」って云ふから「ぢゃ前金でどう」って云ってやったら

「出来てからだ間違ひはないよ」と云いやがった。馬鹿々々しくてものも云へない。(つヾく)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お酉さんの日記がどういう経路で新聞紙上に連載でのり得たかは置いておいて、女給の需要を生んだ男共の方にも大きな問題があります。

客も女給もどっちもどっち、という感じです。女給を責める前に足元を見ろ、と思います。

花街周辺の女性は、群がる男の鏡だと私には思えるのです。


結婚するなら芸妓?女給?それとも娼妓?_f0347663_11145675.jpg
   新開地



# by gionchoubu | 2020-02-08 11:13 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)