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by gionchoubu
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遊廓の遊興費に於ける楼主と娼妓の利益配分

『公娼と私娼』に貸座敷営業者と娼妓の間に於ける客の遊興費の利益分配の項があり、結髪、入浴、客席用着物、化粧品等、又病気になった場合の負担分配がどちらか分からないのでその部分は差し置いて、と前置きしつつ、各道府県の比率をみていくと、営業者が六割、娼妓が四割や五分五分といった比率が多い用です。
ただし、青森県のように月給制の県があったり、富山県や石川県の様に、年期制で歩合制は無い、といった県もいくつかありました。
不思議に思うのは東京府で、他の遊廓では、六割を営業者が四割を娼妓が習得するのに対して、吉原遊廓は七割五分を営業者、二割五分が娼妓という以上な数値を出しています。揚げ代は他の東京の遊廓に対して著しく高い訳でもないので不思議です。
『聞書 遊廓成駒屋』神崎宣武著を読むと、上の比率は実際表向きのもので、楼主は、商売上必要最小限の衣装や小道具類と、三食の食事以外は娼妓に与えませんでした。
彼女たちは、最小限の外出しか許されず、市中の小売店に出向いて衣料や食器などをゆっくり選んで買うことなど出来ませんでした。
かといって、大門の内には彼女たちの欲求を満たすような売店は皆無に等しかったといいます。
娼妓たちは、それ以外の日常に必要なものは楼主と通じた持ち込み行商に頼らざるをえなく、毎日稼いでも借金は減るどころか増える傾向にありました。
出入り商人の証言によれば、娼妓から例えば瀬戸物の注文が入ると、業者は相場の二倍から三倍で売り、利ざやを主人や番頭と折半しました。
着物にしても、下駄、手ぬぐい、チリ紙、楼主は喜んで立て替え、さらに、そのたてかえ金で娼妓身を縛ったのです。
布団以外の暖房具も娼妓持ち、湯たんぽの湯まで湯つぎ屋から購入させる徹底ぶりで、これは赤線時代も同じ、昭和二十年代の後半で、湯たんぽ一杯の湯が10円もしたといいます。
娼妓がこの世界から抜け出す一番の方法は、自分の身請けをしてくれる男に出会う事。ですから彼女達が入れ込む相手は、二号さんでもいいから自分をこの世界から連れ出してくれる人でした。
by gionchoubu
| 2020-11-29 14:06
| 遊郭・花街あれこれ
|
Comments(2)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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