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伊丹の遊郭、花街、青線

伊丹の遊郭、花街、青線_f0347663_11323203.jpg
                      猪名野神社

かつて伊丹には色里が三箇所ありました。それは三本松遊廓、湊町の花街、青線としての伊丹新地です。この三箇所を纏めて記述したものは伊丹市史を含め無く、遺構も無く、町名も変り、どうにもこうにもならない所でしたが、市立図書館のリファレンスの方に協力いただき、何とか概要だけ掴むことができました。

参照資料は、『伊丹公論 復刊第19号、通巻38号』:『聞き書き伊丹のくらし~明治・大正・昭和』伊丹市立博物館:『醸技(かもしわざ)』小島喜逸著:『伊丹市民俗資料<第四集>伊丹の伝説』伊丹市教育委員会発行:『伊丹郷町物語』発行伊丹市です。

まずは「伊丹三本松 尾のない狐 わしも二、三度騙された」の俗謡で知られた三本松遊廓。江戸時代の寛文・元禄(1661~1704)頃とされるが確かな事は分かっていません、

その場所は市立博物館に所蔵されている地図によると猪名野神社西、伊丹市立図書館ことば蔵の向かい側あたり。古文書によると「北は天王町裏から西は宮崎町裏、南は表町の南北の両側を含む一帯で、青楼は十六軒と決められ、遊女の外出はお達しにより厳禁されていた」となります。

諸国遊所競には最下段にいたみ三本松として載り、猪名野神社の参拝客が支えた門前花街と考えるのが妥当だと思われます。

郷童に「松の女郎達チャ松の間にいつもほお染きてちらほらとゝ」というのもありました。

又、享保・元文・寛延の比に続て三本松の元にあっ娼家は、ふじ市、丹波屋、源太夫、ふしの棚などという娼家もあり、遊女の衣装は「大方五ツ重ねで下着は白帯付きハ綸子の肩裾大もようなるものを着し、下駄のかわりに五まい重ねの草履をはきぬ、自酌をとり糸竹のしらへもったなからてまらうと慰む、其さま賤しからず。」との事です。

又、離楼として野宮鳥井の西表に難波屋、裏にまるや、谷に伏見屋・辻村屋・口谷屋、柳町に丁子屋又兵衛、鍛冶屋町岩印の西にいせ屋、住吉町山の裏に白ふじ伝兵衛などが甍を競いました。

ただし天明の頃、この離楼の遊女と堺町の若者が心中騒ぎを起こしたのがきっかけで市中の離楼は禁止になり引越しや廃業を余儀なくされた模様です。

幕末も麻田藩(豊中市)の武士なども利用したようです。ただし明治になって戸長が潔癖症だとかで三本松の遊廓は廃止になりました。

跡地には伊丹一と言われ百人規模の宴会ができた魚与という料亭がありました。

その後この一帯には芝居や松竹系映画の伊丹劇場があり、その後ストリップ劇場になりましたが、現在、どんな想像力の強い人でもその雰囲気を感じる人はいらっしゃらないと断言できます。

伊丹の遊郭、花街、青線_f0347663_11331673.jpg
                     三本松遊郭跡にある不自然な小道


by gionchoubu | 2019-07-12 11:35 | 亡くなった兵庫の游所 | Comments(2)
Commented by いたみんみん at 2019-12-22 19:51 x
初めまして。伊丹の住人、いたみんみんと申します。

天理教教会の横の小道、どこへ抜けてるんだろうと興味を引かれて歩いたことがあります。たしかに不自然ですね。伊丹劇場の一筋横に出てきたんで、「ここへ抜けてるんか」と思った記憶があります。

あと、伊丹の新地、公設市場ではなく、その北側のちょっと不思議な一角だったのですね。わたしも公設市場と思っていましたので、gionchoubuさんとおなじように、用地買収はさぞ大変だっただろうなあと思っておりました。

福知山や篠山もそうですが、軍都に遊所はつきものなんですね。
Commented by gionchoubu at 2019-12-24 15:20
> いたみんみんさん

コメントありがとうございます。何度か伊丹に訪れましたが、街の人、タクシーの運転手さん、市立博物館員、酒造蔵の人・・・皆さんとてもフレンドリーで大好きな町になりました、
又、ことば館(市立図書館)のリファレンスの方、皆さんよくして頂きました。特にその中のお一人はプロ意識がものすごく高く、50館以上図書館周りました中で一番感激しました。
公設市場のレストラン一番も素敵でした。

ことば館の近くの和楽器屋さん、きっと花街があった時代は芸妓さんがごひいきだったのでしょうね・・・