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嶋原遊郭 櫛菊

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『太夫マゲただ一筋に、この道七代・島原の髪結さん』

文化文政の頃初代(氏名不詳)が島原太夫のマゲを結い六代目のいそさん(70)と七代目の梅子さん(52)が手にとる筋立(スジタテ=クシの一種)に百年の伝統をこめて太夫マゲを結っている。

太夫マゲにも道中に結う金ショウジョウから立兵庫、吉野、おふく、お染、おしどりと四十余種類あるが、太夫マゲを結っては全国でこの一軒だけという“無形文化財”的存在だ。

この太夫マゲは口伝で伝えられるため、代々跡目を継ぐ人は子供のころから鍛えられ、梅子さんが十七の時、六代目いそさんが急病で倒れたので見様見マネで太夫マゲを結ったが、“手が震えてほんまにどうしようかと思った”と「七代目」は当時を述懐している。

また、いそさんが二十歳で六代目を継いだころは、島原最後の黄金時代で十数人の屋方には太夫が五十人、伯人は十二人もおり、角屋クラスの一流屋方には仲居が七人、おちょぼが八人、下働きでも四十人を数え、太夫と遊ぼうとすれば一週間から予約しなければという繁栄ぶり。

それだけに髪結さんは引っ張りダコで、断わるのに一苦労―それでも一日十数人からの太夫マゲにテンテコ舞をしたという。

その代り当時の髪結さんといえば郭の尊敬を一身に集め太夫の格位を現わすマゲの髪形は太夫の顔とにらみ合して髪結が決めるほどの権威を持っていたので、全盛誇る太夫サンでも畳のへりに三ツ指をつぎ、“お師匠ハンお願いします”“お師匠ハンおおきに”とあいさつを送っていた。

時の流れとともにクルワ情緒はすたれ、明治、大正、昭和と三代にわたる島原の変かんをつぶさにながめ、他の郭からの引抜きにも「わては太夫のマゲと心中する積りどす」と耳をかさなかったほどに義理堅いいそさんは“昔の太夫サンは立居振舞言葉使いといい実に見事なもんどしたがネ”と昔時を懐かしめば、傍から梅子さんが

“そや言うたかて時勢どすワ”。それに最近は太夫サンの仕付けも激しゆなってだんだんようなって来ましたが、まだうるおいがたりませんようです。”と語る。

七代、百年も続いた太夫マゲの名門?を絶やすまいと、近く跡継ぎの娘一栄さん(十五)にも秘訣を伝えるという。

アサグシ、スキグシ、もって返しなどビンツケ油のしみ込んだ十数の髪結道具を縦横に使って梅子さんのなれた指先が髪を滑ればみりみるうちにあでやかなマゲに結上いげる。この間わずか三十分。

“次第に影の薄くなる太夫マゲどすがわてはこのマゲにほれてますねん。苦労するのは頭の形の悪い人のマゲどすナ。しかし見事に結上げたマゲで太夫サンがしゃなり、しゃなりと道中しやはる時は、なんといってもうれしおす。この時ほど生きがいを感じる事はおまへん”と語りながら“生ける文化財”梅子さんの手は髪を離れない。

昭和30年5月18日の京都新聞の記事でした。文中の髪結いさんの屋号は櫛菊で櫛田梅子さんの娘の一栄さんが、廃業されて久しい高砂太夫です。



by gionchoubu | 2019-06-02 12:16 | 島原遊郭 | Comments(2)
Commented by gionchoubu at 2019-08-08 11:51
> 文車さん

実はこの件でいろいろ知っているのですが・・・パブリックで流せる性質のものではございませんので、私の胸にしまっておきます。
Commented by ignatiusmaria0319 at 2019-08-08 17:02
>ぞめき様

ありがとうございました。昨日の投稿は削除致しました。