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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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横浜 真金町 赤線

横浜 真金町 赤線_f0347663_11194845.jpg
『危険な毒花』常盤とよ子著、37ページ、真金町夕暮、昭和28年撮影


曙町のすぐ側を流れている河を渡ると、こヽはまた有名な真金町。その昔の遊廓である。

かつて女郎衆の名で通った女達は特殊カフェーの女給さん。それが店のホールから「ちょっとちょっと。お眼鏡さん・・・」と呼びかけているのだが、その脇にデンと腰を降ろしているのは、ギュウ太郎に取って代わったヤリ手婆ア。

これを除いたら、昔の面影らしいところはミジンも見られない。ヤリテ婆こそ今日の女郎屋を象徴するものだ。

女郎衆ならぬ女給さんは、洋装、和装いろとりどりで、どれも劣らぬ美人ぞろい。おまけにこヽは戦後復興が遅れており、最近になってポツリポツリと建ち始めた家ばかりだから、ホの香もかぐわしい本建築。設備も整っているし、間取りも良いから、ぐっしょり濡れるにはもって来いだ。

マワシは取るには取るが、余程売れる女以外は殆どなく、客足の低調なところから、女は一人でも余計ひきつけようと、サービス本位。これは店も同じである。

店の数は大体五・六十軒。女は百四・五十名で、さして活況ないものヽ、常連を擁して堅い稼ぎをしている。

そのなかには嫁入り道具も一揃い持っているし、貯金も三十万からあるという豪華な女もいるから、いまどき女郎衆などといってアナドルことは出来ない。

料金はショートタイムが三百円~七百円、泊まりは八百~千五百円見当だ。こヽも曙町と同じように、不夜城であることは変わりがなく、中華ソバ屋の淋しいチャルメラの音を聞いているうちに、いつしか朝になってしまう。

女中さん、女給さん入用、衣服貸与高級優遇す、貼紙が至るところに見られる。(これは曙町も同じ)が、これはひと皮むけば女郎衆希望者を募っている貼札、昨今女郎衆僅少の折柄、経営者が考えた窮余の一策。

ひっかかったが最後、はてしない泥沼が大きく口を開けて待っているのだ。淪落の女性は、こうしたところから芽生え、外見華やかに装っているに過ぎない。

参照:『青春タイムス 新日本艶笑地図』青春タイムス社、昭和二十六年七月号『新日本艶笑案内ヨコハマの巻』より



by gionchoubu | 2019-05-26 11:23 | Comments(0)