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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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奈良 五条市の花街

奈良 五条市の花街_f0347663_12020276.jpg
『大和名所図絵』に「五条里は宇智郡の駅(うまや)にして四方の旅客ハここにゆき、遠近の産物もこゝに交易して朝市夕市とて商家多く郷の賑ひいはん方なし」と記しています。

五条村が大きく発展するのは筒井家三家老家の出身松倉豊後守重政が二見城主に任ぜられて以来で、寛永一六年(1639)正式に五条村に伝馬町がおかれ、吉野郡奥地の物資の集散・中継ぎの役割を果たすようになりました。(『奈良県の地名』平凡社より)

この五条市にもかつて花街は存在しました。

昭和四年二月十三日の大阪朝日新聞大和版に『滞税せぬのは当り前の事だす』県から表彰された若松の女将の記事が載りました。

その内容は

「県から納税功労者として表彰された宇智郡五条町大字須恵、松浦こう(47)は表彰者でも変り種の料理屋の女将、五条地方では芸者時代の若龍さんで通っている。五条町新町で生まれて、芸妓から現在の須恵で抱え芸者三人をもち兄弟の子まで引き取って一人は五条高女へ一人は小学校へ通わせている。

そして現在は芸者置屋兼料理業若松の女将に~略~五条一流の料理店名月の夫婦や五条町の旧常盤時代の朋輩(ほうはい)でそのころから賢い人だといはれてゐた。

酔へば『諸君よ諸君、我党は』と演説をやるが、それは政争地の五条で叩きあげた関係で、さて政友か民生かと聞くと『私は中立や』とぬらり逃げてしまふ。

その演説が道楽で、商売を始めて十六年、大正十一年遊興税が実施されて以来、一回も滞納せず検番の集会でもその演説口調で納税鼓吹をするなどが今回表彰の動機となったもので・・・以下略」

この記事で五条市にも検番のある花街があったのが分かります。芸妓は他の小都市がそうであった様に、お茶屋はなくて、料理屋や旅館に入ったものと思われます。

同じく同紙の昭和五年二月十九日に、吉野郡賀名生村で賀名生節「大和賀名生を知らないかトコオシャラカホイ」を蓄音機、ラヂオで宣伝したが、そろそろ梅の見ごろとなるので、今度は右歌曲に島田豊氏が振付けして賀名生節踊りが最近出来上がったので、五条芸妓に習得させ、本年から宣伝することにした。」

が載ります。(白黒画像載せました)

さて、今回五条市にお邪魔し、図書館では全く情報を得ることが出来なかったものの、近鉄五条駅のすぐ近くの旅館(今は空き地)の二階に芸妓が佇んでいたのを聞いたことがある、という話と、置屋街が田中という所にあったとの情報を複数頂き訪れてみました。

ただ、五条市の花街がいつ誕生し、いつ無くなったか全く分かりません。


奈良 五条市の花街_f0347663_12024827.jpg
                        大和名所図会
奈良 五条市の花街_f0347663_12034436.jpg
                     置屋街のあった田中
奈良 五条市の花街_f0347663_12194816.jpg
                       近鉄駅付近の旅館
奈良 五条市の花街_f0347663_12211475.jpg
                      カフェー調の純喫茶
奈良 五条市の花街_f0347663_12205239.jpg
                       エデン
奈良 五条市の花街_f0347663_12223949.jpg
              現役だったとしてもエデンさんの扉を開く勇気はありません。


by gionchoubu | 2019-03-25 12:23 | 亡くなった奈良の遊廓 | Comments(0)