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大和郡山 洞泉寺遊廓ぞめき 五

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                       淨慶寺

洞泉寺遊郭の元になった洞泉寺は天正十三年(1585)平城群長安寺からここにに移っており、境内に源九郎稲荷神社を祀ります。かつて洞泉寺町に存在した正願寺、現在も川本楼のハートの白壁が墓越しに覗ける大信寺、遊郭の中に寺があったのか、寺の中に遊郭があったのか、この地の僧侶はや神職にあった人は遊女に囲まれていたわけで、さぞかし仏や神に仕えるのは生半可な修行では覚束なかったのではないかと想像してしまいます。

寺の中に遊郭があったと書きましたが・・・これは本当の話でした。

昭和五年七月二十日の大阪朝日新聞に洞泉寺のもう一つのお寺、川本楼を大信寺と挟んでいる淨慶寺の話が載っていました。

『妓楼が逃げるかお寺が逃げるか 県でも処分に悩む 郡山町淨慶寺境内の遊廓』の見出しの記事を紹介します。

「国宝阿弥陀如来修理費捻出のことから、はからずも問題となった郡山町洞泉寺遊廓内淨慶寺境内の儀楼建築善後策については十日県社寺課安田?が実地調査を行った調査の結果はいよいよ複雑で処分すべき立場にある県当局もますます頭を悩まして来た。

問題の淨慶寺はもともと古く知られた歓楽境にあり、その後明治三十四年ごろ境内に地上権を設定し、以来こゝに山中、豊田、植甚、木島、乾、五楼が建設され、この敷地約三百坪、おかげで実際の寺境内は墓地を合して法廷面積たる三百坪以内に挟まってしまった。

しかも右地上権設定には監督官庁たる県知事の同意がないから設定登記は無効だというのである。

安田?調査の結果によると、かつては寺院の尊厳と風致を害すること夥しく、法廷面積に不足を生ずる地所を隣接地で求めようとしても余裕なく、トドの詰まりは猶予期間を与えて娼楼の立退きを命ずるか寺の方が他に移転するか、いづれにしても巨費を要するだけに県の裁量如何が甚だ注目されてゐる。」

さて現在洞泉寺遊廓跡に残るのは、豊田楼、武井楼、富士屋、木島屋、川本楼・・・そして上記の山中楼と植甚だと思いますが違っていたらごめんなさい。

*現在源九楼稲荷に一番近い建物が豊田楼のはずですが、新聞上に淨慶寺の中にあった豊田楼との関連は分かりません。



by gionchoubu | 2019-01-23 12:01 | 亡くなった奈良の遊廓 | Comments(0)