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大和高田の花街

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                   大和高田 二鶴旅館

奈良県で奈良市について市制を施行したのが大和高田市で大和がつくのは新潟の高田市が誕生していたからです。明治二十四年に現JRの高田-王子間、同二十六年、高田-桜井間、昭和二年に現近鉄の上六-高田間が開通しました。

大和高田市に花街が存在した事は現在同地でも殆ど全くと言っていいほど知られていなく、何とか公共施設で調べて頂いたところ、高田小学校のあたりに芸妓が住んでいたところがあったらしい位の情報が全てで、高田市立図書館で尋ねても、改訂高田市史他を開いても何も痕跡を見出せませんでした。

大阪新聞奈良版、大正十五年四月十五日に『増え行くカフェーと女給税を狙ふ高田町当局』の記事に

「高田町では近頃めっきりカフェーが殖え三流どころの料理屋は次第にお株を奪われ、あで姿の女給の群は在来の仲居の領分をちくちくととっちめてゆく、いま町内で開業しているカフェーは十数軒を数へこゝで働く女給の数は六十余名に及んでゐるがその結果昨春百名を数えた仲居が今年は半減の惨めさである。

勿論これは高田検番ができてから芸妓が酌婦代用を勤めるのと不況の結果によるであろうがカフェーの勃興が大きな脅威となったのは言うまでもない。

なお同町には近く開業するカフェーが三軒あり町当局が女給税を課することに熱中するのも無理からぬこととうなづかれる。」

文面では高田の仲居と女給と芸妓と酌婦の役割がよく分からないものの、花街事務所である検番が大正時代の後期に誕生したものと思われます。

たぶん京都のようなお茶屋があったわけではなく、芸妓は検番を通して旅館や料理屋に入ったものだと思います。

もう一つの高田花街の痕跡は全国花街連盟活動記録の全国の花街所在地の奈良県の所に高田の文字がしっかり刻まれている事です。

これは昭和三十年少し前の記録になります。

『改訂再版 高田郷土史話』堀江彦三郎著に野口雨情作“高田小唄”が載っていました。

1、大和平野のまんまん中で 高田住よい暮らしよい
 大和高田の町中で 娘がヒソヒソ話

2、秋が来たかや二上山に 峯の木の葉も色がつく
 大和高田の町中で大和高田の町中で 娘がヒソヒソ話

3、高田御坊のやぐらの太鼓 たゝきゃポンと鳴るポンと響く
   大和高田の町中で 娘がヒソヒソ話

4、鳥はねぐらに蛍は草に 月はかつらぎ山の端に
   大和高田の町中で 娘がヒソヒソ話

5、高田城跡名ばかり残る 思やいく年たったやら
   大和高田の町中で 娘がヒソヒソ話

6、名さへなつかし高田の町の 大和西瓜と白絣
   大和高田の町中で 娘がヒソヒソ話

7、お伊勢まゐりは大和にかけて 夜は高田の町泊り
   大和高田の町中で 娘がヒソヒソ話

8、夜明け烏が龍王様の 森の辺を鳴いてゆく
   大和高田の町中で 娘がヒソヒソ話

高田芸妓が弾き、唄い、踊っていたのでしょうか?それにしてはあまり色っぽい歌詞ではありませんね。

画像の旅館の二鶴さんに聞いたら何かしら情報が得られそうなのですが・・・




by gionchoubu | 2019-01-17 12:12 | 亡くなった奈良の遊廓 | Comments(0)