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by gionchoubu
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関根虎洸氏著『遊廓に泊まる』

2018年7月30日、新潮社より関根虎洸氏著『遊廓に泊まる』が発売され、遊廓跡を訪ねるのを趣味にされている方の心はザワザワした事と思います。
人間には、一つのテーマにそって色んな物を集めたり、色んな所を訪れたりする本能があるようで、切手を集めたり、マッチ箱をあつめたり、さらには缶コーを集めたり、ほぼ全ての物で収集化が存在します。
旅館のお客で困るのは、最近は少なくなったものの、和紙のノートを持ち込み、自分が泊った記念に何か書いてくれと頼む人です。書いたり描いたりするのが好きな人のいる旅館はいいでしょうが、そうでない場合迷惑だと思います。
何故遊廓跡を巡るのか、色んな答えが返ってきそうです。私の場合、失われた郷愁を求めて・・・と言いたい所ですが、好奇心、興味本位、なんとなく面白そうだ・・・と言う事につきます。
さて、昭和三十三年四月に買春防止法が完全施行された時、廃業以外で赤線の妓楼が選んだのは料理屋、下宿、アパート、お茶屋、トルコ風呂・・・色々な想いが交錯したなか、多くの妓楼が旅館に転業しました。
転業した旅館の経営者の多くは、言葉には出さずとも、日本で何百年も続いた遊女渡世が無くなってしまうとは信じず、いずれ何らかの形をとって再開、とりあえずすぐ復活できそうな旅館を選んだのでしょう。
しかし観光地、温泉でもない土地、さして商工業が盛んな都市でも無ければあらたな宿泊者の需要はみこめませんし、そもそも観光地や温泉地や商業地では既存の旅館が凌ぎを削っており、素人同然の貸座敷経営者に参入の余地はあまりなかったでしょう。
五、六部屋以下の小規模旅館なら、なんとか家族で切り盛りし、小さな客室を利用して、商人宿の形で経営できたでしょうが、十部屋以上になると大浴場を男女で設置は不可欠、ボイラー以外にお湯の濾過、そのうえ循環設備の投資が必要となります。
ファミリー、小団体でも取るなら客室は広縁なくとも最低六畳と広間が必要となり改装というより改築が必要です。夕食を出すなら板場最低二人は置かねばならず、洗い場も必要、中番、仲居も揃えねばならず、ニッパチ(二月、八月)の閑散期にも給料を払わねばいけません。
ですから、今でも当時の建物で営業されている所は経営能力が高かったという事になると言えます。
同書で、筆者は紹介した旅館に宿泊し、できれば周辺で食事をして欲しいと書かれていますが、これは私も100%同じ意見です。
私自身、今丁度奈良の花街跡を追い求めているところですので、近々木辻の静観荘に宿泊しようと思いました。
同書をリュックに忍ばせ、そして心より感謝をしながら泊らせてもらおうと思います。
