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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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花街 元林院ぞめき 五

花街 元林院ぞめき 五_f0347663_12154059.jpg
『全国花街めぐり』によると、元林院の元検に対して、南市の新検は株式組織で競争的に開業したので、当初は随分相反目していました。しかし元林院の勢力が南市を圧倒するにつれ何時しかその間も融和されるに至りました。

『大和タイムス』昭和33年3月28日、買春防止法直前の記事によれば、芸妓町の元林院に対し青線と言ってよかった南市の前途は暗く、南市検番(新研がいつしか南市検番になったようです)三月一日に明し花(芸妓の泊り営業)廃止し営業を十一時まで、さらに花代を一時間271円40銭から345円に値上げしました。

南市芸妓職業あっせん所は

「いまのまま続けば置屋も芸妓も共倒れです。せめて営業時間を午前二時まで認めてもらえれば・・・」

さらに某席のM子さんは

「この月はまだ六十時間の花代があっただけです。これでは私の収入は一万円に足りない。昨年あたりにくらべると丁度三分の一です。」

この時南市には九軒の置屋と四十人の芸者がいたが、三月に入って七、八人が「食べていけない」を理由にやめてしまいました。

しかし、こうした置屋、芸者より一層打撃を受けていたのがスタンドやバーで、県警防犯統計係が調べた所によると二月末の奈良市内風俗営業者は料理店25、料理旅館52、貸席12、小料理店8、カフェー40で、三月に入って客足はドカ減りだったといいます。

とくに南市、元林院に林立しているスタンド・バーはこれまでは午前二時ごろになっても客が絶えませんでした。南市町のTバーの話では

「以前は十二時ごろでも芸者さんが客を連れてよく飲みにきてくれましたが・・・スタンドやバーのかせぎ時は十一時すぎですが、こんどそれがやかましくいわれるようになって・・・・。いまごろ午前八時すぎでもこのとおりガラ開きの常態です」とこぼしていました。

さて、元林院には毎年節分に行われる「真榊奉納」の行事があり、この日芸妓が仕丁、官女等に扮し黒塗りの車に榊を積んで春日神社へ曳いていって奉納しました。ただ歴史は浅く大正十五年から始まったとの事です。

もうひとつ正月四日南市町戎神社の宵戎に芸妓をして参詣者に子宝を授与せしめました。それがその後、大阪の南地名物、宝恵籠(ほえかご)行列を取り入れたようで、南市の芸妓組合の芸妓が十数台の宝恵籠が市内を練りました。

この宝恵籠は昭和四十五年まで続いたとの事なので、花街、南市も少なくともこの年までは存続していた事になるのでしょう。

花街 元林院ぞめき 五_f0347663_12161287.jpg
                     南市恵比寿


by gionchoubu | 2018-12-18 12:19 | 亡くなった奈良の遊廓 | Comments(0)