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奈良、花街、初瀬 


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南地大和屋の主人阪口祐三郎が初代の会長になった全国花街連盟による「全国の花街所在地」の奈良の蘭を見ると、元林院、郡山、生駒、高田、上市、下市そして初瀬になっています。


この情報だけを頼りに初瀬(はせ)に入ってきました。

桜井市図書館に寄り『桜井市史 上巻』を開くと、鎌倉時代末期あたりに観音信仰の中心地として盛名を謳われた長谷寺の門前町として初瀬村が出来たと有ります。

さらに京、大和、摂津、和泉、河内方面からの人々の交通が多くなり、その通過地点である初瀬も次第に門前町、宿場町化の傾向を強め、室町時代に民間信仰の高まりによっていっそう町場化が進み、参詣人の用を弁じ、飲食・宿泊に便を供するものが多くなりました。

残念な事に土地柄、上流の集中豪雨による洪水や火災などで天保以前の史料は皆無に近いものとのこと。

江戸時代末期、嘉永元年(1848)には森町の男女十一人、川上町の男女二人、柳原町の男女二人が高取後預役所へ召しだされ「隠し売女体」の者を置いたとして、その処罰に八人が手鎖の上郷宿御預け、七人も郷宿預けとされました。

これに対し関係者一同はひたすら詫びをいれ、又村方も郷宿預りは迷惑であり、五月麦秋の農事多忙などの理由づけて、高取藩役人へご赦免を願いました。

全国多くの宿場で飯盛女の名目で非合法売女がおりましたが、初瀬もその一つだったという事でしょう。

さて、京都から近鉄電車を乗り継ぎ長谷寺駅まできました。ここから長谷寺まで徒歩十七分の表示があり、十分ほど歩くと参道に入ります。紅葉次期も過ぎた月曜日という事もあってか参拝者はまばらです。

京都、奈良の寺社は中国人を中心とした海外の人で溢れていますが、長谷寺では一人も見かけませんでした。

幸い古老の方にお話を聞くことができましたが、それは芸者町としての初瀬ではなく青線としての初瀬でした。

昭和三十三年に買春防止法が施行され、その後も商売を続けた親方連中がつかまるまで、ここは色町でした。

どんな小さい料理屋でも旅館でも、かならず二、三人の女を抱え、娼婦業に勤しんでおりました。今は空き地になっているお店など二十人~三十人の女がいる店もあり、その供給源は神戸だったとの事です。

ただし今の湯元の大きい旅館のように、全く一般客だけでやって来た所は今も続いているとの事です。

夕方ともなると銭湯に行く女で道は溢れ、参道にはやたら煙草屋と酒屋が多かったと記憶に残っているそうです。正月には色んな所の消防団がきて大変な騒ぎだったようです。

芸者は殆どいなかったようで、その方面のお話は聞けませんでした。

思うに花街所在地の情報は売春防止法発令前の昭和29、30年頃のものなので、それまでは芸者もいたのでしょうが、その後完全に青線化したものと考えられます。

現地を訪れ、地元の方にお聞きする重要さを再確認した一日になりました。

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長谷寺


by gionchoubu | 2018-12-11 15:55 | 亡くなった奈良の遊廓 | Comments(0)