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by gionchoubu
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京都の花街の舞踊

大正十二年二月一日号の『技芸倶楽部』に日本の舞踊と京都の舞踊の歴史が詳しく出ていましたので紹介させていただきます。
日本の舞踊の根源は天照大神が天岩戸にお篭りになった際、その注意を惹きたもうため天細命(あめのいずめのもこと)が舞い歌われたことで始った事から神楽舞、田舞(たのまい)来目舞(みめまい)倭舞、東舞(あずままい)吉志舞(きしまい)小懇田舞(をはりだのまい)隼人歌舞、五節舞、鳥子名舞、筑紫舞、殊舞(たつのまい)
等でこれが祇王、祇女、佛御前、静御前などの白拍子の舞巧者に繋がりました。
その後慶長年間に出雲の阿国が神楽舞を崩した“やや子踊”を五条河原で興行し人気を博し、その後名護屋山十郎と馴染みになり二人共稼で三条川東に舞台を移しました。
この阿国歌舞伎が江戸に渡り江戸歌舞伎の根源になり、猿若の舞、志賀山の踊りとなり水木、藤間の諸流と別れました。
その頃京の舞は舞芝居の名の元に大頭舞(おおがしらまい)の余流を酌むものが幽かに命脈を保ち、男舞としては寛文中に御免の名代として仕形舞太夫(しかたまいだゆう)が正徳、享保中の頃四条河原で興行しました。
寛文七(1667)年に大頭柏木(おおがしらかしわぎ)が女舞御赦免となり代々名代となり、これらの余流が弟子をとり盛んに稽古をしたのが元禄時代なので京都の舞踊は元々曲舞から出たものでありました。
此処まで読むと、篠塚流や井上流が現われる1800年頃以前、島原も祗園も大頭舞だったのでしょう。
それでは篠塚が現われて大正十二年までの花街の舞は/で区切っています。
上七軒 篠塚流→篠塚流と花柳流/→花柳流
先斗町 篠塚流+井上流→篠塚流+若柳流/→尾上流
宮川町 篠塚→楳茂都流/→若柳流
島原 篠塚流(一時井上流入る)→西川流/→花柳流
北新地(五番町)篠塚流
七条新地 篠塚流
祗園乙部(祗園東) 井上流→藤間流
祗園甲部 篠塚流+井上流→井上流
伏見中書島 篠塚流
