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石部宿の飯盛女

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   旅籠の部屋の様子(関宿)

今は死後に近い石部金吉を広辞苑で見ると「石と金と二つの硬いものを並べて人名めかしたもの、きわめて物堅い人。融通のきかない人」と有りますが、滋賀の石部宿の石部が由来という説もあります。

そんな色恋とは間逆の金吉を生んだ石部にも宿場女郎はいました。諸国遊所見立角力並に直段附には近江水口と並んで下層遊里の一つとして四百文の料金で紹介されています。この四百文は旅籠ゆえ、当然女郎とのお泊り料金と思います。

『滋賀県の地名 平凡社』を見ると、慶長六年(1601)徳川氏によって東海道の宿として整備され、天保十四年(1843)当時、本陣二軒、旅籠屋三十二軒を数えました。

『艶本紀行 東海道五十三次』林美一著によると、「石部おやまと目ざしのひもは、あたまそろえて売りにでる」とあります。おやまとは京阪の遊女で太夫、天神の二妓以外のものを指してごく一般に使われたものです。

ちなみにおやまの語源は小山次郎三郎という人形使いが技にすぐれ、美女をさして小山人形の様なり、が転じて遊女の総称なり江戸の女郎買いを関西ではおやま買いといいました。

安政五年(1858)には旅籠は六十二とずい分増え、田中屋、近江屋、八百屋、俵屋などの飯盛旅籠として繁昌した店の名が伝えられており、『石部町史』には古老の話として、宿内のみのや橋の下から赤前垂れの女が客引きに現れたという話が載るそうです。

さて、石部の飯盛が400文、一文25円で計算すると1万円になります。

さらに最下層の女郎、京都では、しらみのづし(白梅辻子)清水前(阿古屋新地)などが最下層で100文僅か2500円で女を買えたことになります。

最高級は島原の太夫で76匁(1匁=67文)といいますから今でいうと13万円といったところ、ちなみに天神はその半額です。

その他、京都でみていくと西の関脇、祇園町(四条通り)が花代1万4千円ほど、泊れば4万三千円ほど、東の小結、祗園新地(富永町や元吉町、末吉町あたり)で花代は祇園町の半額といったところ。七条新地と五条橋下は一切二百文で五千円、お泊りでも一万二千五百円ほどです。

又五十三次の宿で高いのは現在名古屋の宮宿や静岡の浜松宿で1万六千円ぐらいから、となっています。

石部に話を戻すと『膝寿里日記』という本に「固い石部の木枕よりも、わたしやお前の膝まくら」の歌のある挿絵で、一度枕をかわした飯盛女が、もう沢山の表情の男を再度お床に引き入れようとする様子が載っています。


参照:艶本紀行 東海道五十三次 林美一著

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by gionchoubu | 2018-05-10 14:12 | 亡くなった滋賀の遊郭 | Comments(0)