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by gionchoubu

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島原、輪違屋太夫 賛姿語録 その二

島原、輪違屋太夫 賛姿語録 その二_f0347663_11495972.jpg

色道大鏡巻第七 翫器の部を見ると

三味線 『抑(そもそも)傾国の芸において、三味線にうえこす物なし。傾城の是にうときは、官家の人の和哥(わか)を詠ぜず、武士の弓ひくすべしからぬにひとしければ、尤(最も)修練すべき道なり。六条(六条三筋時代)にしては小村家の幾嶋・越前、三味線に堪能なり。坤郭(島原の事)にうつりて鳳子小藤・尊子八千代、是三味線の棟梁たり。」

「遊客の心をうごかす事、三味線にしく物なし。かすかなる端女とても、是に堪なる者は諸客に呼出され、太夫職の座敷にいたる。尤当道において、遊興の奇器なる物をや。」

江戸期の太夫図や、洛中洛外図屏風などでも三味線を奏でる遊女の姿をよく目にしますので、江戸期初期に於いて島原太夫の三味線は必須だったようです。

 寛永(1630~1643)の頃「これより秘曲も世にひろまりて、ことことく傾国の手にもわたれり。されども、琴は挙亭にて場をとるものなれば、さまでこの(好)ましからず、又よくひく人もまれなり。すぐれずしては聞おほせがたければ、なくてもくるしからずとしるべし。」

小(胡)弓 「むかしは、遊興の座へかならず出したけれど、此比はよくひく人もなければ、絶て久しく出さず。」

「傾城にしては、大坂の長崎万重、諱倚子、小弓に堪えなり。其後尊子八千代、もとめずして心にかなひ、折々しらべ出るに、人の心をなやませり。今はひく人もなく、きく人もなければ、おもしろきといふ所をしらず。是諸道堪能ならざる故ならんか。」

尺八 「一よ切もおなじく八千代好みて、常に吹侍りぬ。諸芸堪能の遊女なりつれば、いづれにをろかはなかりき。八千代が外に、尺八をこのめる人なければ、よしともあしともさだめがたし。尺八もすぐれたるにしたがひてきかば、いかてか興なくてはあらん。」

古今無双の遊女、高徳秀才人成と謳われた奥村家の八千代太夫は三味線のみならず、胡弓や尺八も堪能だった事が分かります。

さて、今回の画像は輪違屋での桜木太夫の胡弓の場です。百匁ろうそくの灯に浮かび上がる妙なる響きは、聞き手を悠久の世界に引き込まずには居れません。



by gionchoubu | 2017-11-02 11:58 | 島原、輪違屋太夫 賛姿語録 | Comments(0)