京都パンパン赤線時代 十一

　　　　　　　　　清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふひとみなうつくしき (みだれ髪/与謝野晶子)


大正５年６月号『太陽』に与謝野晶子は「私娼の撲滅について」を寄せました。

これは一木博士を主務大臣とする内務省が突如として私娼絶滅の実行に取掛かった事を、奇異な現象と受け止め、独自の意見を展開しました。後半の一部を抜粋させていただくと・・・

「ここに至って私は私娼の絶滅を計るよりも先ず公娼の絶滅を計るべきものであると考える。公娼は文字通りに国家の公認した娼婦である。よしや在来の張見世とやらを撤廃せしめるにしても、その営業組織が余りに公開的であり、露骨であって、人肉を買う男子と、人肉を売る女子とに大切な人間の羞恥心と道徳的情操とを麻痺させる危険が多い。

また国家がそれらの醜業を公認し、直接にそれらの売淫営業税を収めて教育その他の国家事業に使用するに至ることはまた国家道徳の矛盾である。また娼婦の国家的公認は、娼妓の存置が人間の弱点と社会組織の不備とから来るやむをえない消極的事情に由るということを忘れて、かえって積極的に必要な公共機関であるように、多数の無智な男女にに誤解させる。

この外になお私が公娼に反対する大きな理由がある。聞く所に由ると、公娼の営業組織は男子に必要以上の金銭を濫費させるように出来ているそうである。

暴利的習慣は容易に改められるものでない。その点になると私娼は一般に経済的であるといわれる。この事は特に独身男子の経済力のために深く考えねばならないことである。その営業者が娼婦を束縛し虐待して人間の自由をを蹂躙する悪弊は今更私がいうでもない。」

そして前回書かせて頂いた、京都の芸妓にたいする検黴が実施される３０年以上前に与謝野晶子は芸妓への検黴を提言しています。

「娼婦に対する検黴制度の実行が公娼には完全に行れ、私娼には不十分であるという理由はなさそうに想われる。私娼がもし監督の上に不便であるなら、すべて酌婦の名義で届出でる手続きを取らせてもよい。私娼の意義が明示されるような名は宜しくない。今日では芸妓も裏面では私娼の事を行なう者が多いのであるから、検黴制度を彼らにも及ぼすのが当然である。」

ここでは書きませんが、一般女性の性欲にまで触れることが出来るのは女性ならではの特権で非常に説得力のある内容でした。それを踏まえた上、ここまで大胆な自説は男性では展開できなかったのでは無いか、と思われるほど斬新な意見だと私には思えます。そして最後に、

「私は内務省が先に絶滅させる必要のある、そうして絶滅させることの容易な公娼を存して置いて、絶滅させることの難い、そして存置する方が公娼よりも害毒の露骨でない私娼を撲滅しようとするのを見て、その無駄な努力を惜しむよりも、更にその社会的影響の好くないことを想う者である。

内務省の真意は公娼を倫理的に公認するのではないのであるが、世の公娼営業者、多数の放恣な男子及び多数の無智な女子はその意味に解釈するであろう。」

まさに慧眼であります。実際現在私娼はいても公娼は存在していません。公娼は廃止できても私娼は人間の歴史が続く限り無くならないのです。

参照：青空文庫POD、ポケット版