
花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。
by gionchoubu
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祇園ねりものと無言参り

今週の京都新聞の一面に、ねりものの話題が載り、私も紙上コメントさせて頂きました。
http://eonet.jp/news/kansai/kyoto/233041.html
このブログを始めたのは祗園ねりものについて知って頂きたいとう理由が一番で、なんとか今一度ねりものを復興したいという思いに駆られたからで、たいして上手くもない英語でも苦労して何度か発信させていただきました。
昨年、私の提案が届いたかどうかは分りませんが、祗園東の“祗園をどり”のテーマはねりもので、以前にくらべて、少しずつではありますが、祗園ねり物の関心が高まってきたと思います。
そして本年四月に刊行されたばかりの『モダン京都<遊楽>の空間文化誌』で祗園ねりものにも詳しい加藤政洋先生が祗園祭のねりものの章を設け、「祗園花街の芸妓衆による街頭スペクタクルの再現は、おもいのほか近い将来に実現するのかもしれない。」と書いていただき、実際はなにも進展していないのですが、私自身の気持だけは高ぶっています。
さて、同じく京都新聞の昭和二十四年の七月十七日、三度も祗園ねりものに出た、伝説の井上流の名手、松本佐多が無言参りの事など書いていますので、紹介させて頂きます。
懐し無言参り
“梅雨もからりと上ってエリ元が汗ばんでくるころ四条通りにホコが立ち初め「もう祗園さんどすな」とあいさつが交されだんだんお祭りらしい気分になってきます。
十日からは祗園の舞コ、芸コはんは祗園さんの紋をそめたカタビラのそろいの着物に、白地にすみ紋を書き、裏はきまってヒの紋ちりめんをつけた帯ををしめ、頭のかざりものも花グシとかんざしをさしたそろいの祭衣しようをきかざったもんどす。
十日の晩にはねり物が出てクルワ中を夜通し練り歩くのが古いしきたりどしたが明治二十六年きりで止めになりました。
夕涼みの床がかかるのも丁度この頃からで、木屋町、先斗町等鴨川に、こっちは疎水に床がかかったこともあり、向いのお茶屋さんから涼しい浴衣姿の仲居さんが赤まえだれでビールやかちわりを運ぶ忙しそうな格好もみられました。
四条の大橋の下にもしょうぎが出て、日中などはよく足をつけにいってヒル
がすいついて、きゃっきゃっ言ったようなこともおぼえています。
夕方になると涼風にのって祗園ばやしが流れ、めいめいの床にはお客さんが一ぱいで、そこで三味線をひいたり、舞を舞ったりもしたものです。河原には吹矢、氷屋、魚つり、ほおずき売りのよしず張りの店が軒を並べてそらにぎやかなものどした。
よい山の情緒も忘れられません。中京の古い商家が奥深いゆかしい感じのする構えを開けっ放して、それぞれ立派なびょう風をならべ、打水した店先にはしょうぎを出して、みんなが将棋や碁をして楽しんでおり、五ツカスリの浴衣を涼しそうにきた娘さんや子供達が集って地面にかがみながら花火線香に興じているのも祭の夜らしい趣でした。
十七日のお祭の日のにぎやかさも今日のものとは比べものになりません。あるだけのホコと山がみんな巡行したのどすさかいどんなに派手だったか判ると思います。
ちまきもこう高くてはまく事もできまへんが、昔は顔見知りのお客さんがひいきの舞コの顔を見つけてはどっさりまいてくれはったもんどす。
この晩から無言参りが始ります。近ごろはこんなもんに夢中になるコもいなくなりましたが、若い時分はにぎあいました。お花がひけてからそのままの姿や、また浴衣にきがえたりして行くのが一つのたのしみどして、途中でうっかり「おかあはん、こんばんわ」と意ってまた家にもどって出直すコや、ほんまに願いごとがあるコがまじめに通っているのを物をいわしたてやろうと、お客さんがたがふざけはる姿もみうけられました。
ふるくさいかもしれませんが昔の祭情緒だけは残したいものどす。(談)”
by gionchoubu
| 2017-07-15 11:21
| ねりもの Gion Nerimono
|
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