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朝鮮の遊郭_f0347663_12135566.jpg
京城新町遊廓

私にとって、日本の業者が進出してひらいた旧植民地の遊郭の情報を得る手段は、昭和五年に日本遊覧社によって成された『全国遊廓案内』以外ありません。

今回、韓国名所「京城新町遊廓」の絵葉書を得る事が出来ました。これは下川耿史、林宏樹著の『遊廓をみる』収録の絵葉書の別バージョンなので、一応紹介させていただきます。

京城は現ソウルです。『遊郭を見る』にも書かれていますいが、外地の遊廓がいつ開廓され、どういう特徴をもつかは殆ど、あるいは全く分からないのが実情であります。

私が言えるのも、以前書きました様に、外地の遊廓は全て廻しをとらない(関西式)のと、内地人は九州の女が多かったので、関西の業者が手がけたのだろうという事ぐらいです。

『全国遊廓案内』には「内地に居る時に於いてこそ、朝鮮や支那の婦人がめずらしいけども、暫らく海外に滞在して居ると直ぐに内地の女が恋しく成る。風俗、習慣、言語、体臭、あらゆるものが懐かしく成って来る、加ふるに比較的数が少ないので、朝鮮人の娼妓の方が一、二割方値が高い。値は高くとも喜んで需要されて行くと言ふ、内地とは正反対の現象が行われて居る。

相対的に料理店の芸妓が娼妓と変化したものが多いので、朝鮮に至る処の遊廓にも二枚鑑札(芸娼妓兼用)の女が居る。そして何処の遊廓にも共通的に感ずるのは、植民地特有のたいはい的な気分の溢れて居る事だ。世界を家として歩く流浪民同志の、醸し出した一種特有の気分であるかも知れない。」

経験を基に書いたとしか思えない見事な分析と、知識、それを伝えるこれまた一流ジャーナリストの視点はと秀逸な発想は、この謎の著者、佐藤丘巣が只者ではないと私には思えるのです。

さて、『全国遊廓案内』によれば、当時のソウルには京城府彌生新地と京城府新地遊廓がありました。絵葉書はこの新地遊廓の可能性が強いと思います。(実際には新町遊廓が正当?)

「京城府新地遊廓は京城府新地にあって、市内電車は新地停留所で下車する。此処は京城一の廓で、彌生町の約七、八倍もあって、娼妓も約九百人位居る。

内地の女は、長崎、熊本、福岡地方が多い。ことに内地人の娼妓が多く、朝鮮人は他に比して比較的少ない。

店は全部写真制になって居り、娼妓は居稼ぎで送り込みはやらない。遊興は時間で廻しは絶対にない、二枚鑑札の女の居る事は他と同様である。

御定り一泊は芸娼妓七円。唯の娼妓は六円で酒肴附きである。」



by gionchoubu | 2017-06-03 12:16 | Comments(0)