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スーパー銭湯のルーツ

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                   吉水温泉入口

明治初期の豪腕知事として辣腕を振るった槙村正直の懐刀として、数々の功績もあった明石博高は元医者でもあり、理化学にも詳しく、慢性病の治療に温泉療養が効果的であると、各地の温泉の成分を調べるという、大変先見の目をもった人でした。

そこで人工でその薬湯を作り、同志を誘い、永観堂の東山天華他僧侶を説き、現在の円山公園の北、左阿彌さんの近く、弁天堂の向かいに吉水温泉を作りました。

金閣寺を模した三層楼の塔がシンボルで、これは発起人の一人に金閣寺の住職がいた為らしく、市中からも良く見え、又高台の三層楼は静養室兼展望台として、京の町を一望することができました。竣工は明治六年八月で、翌九月一日に開業するや否や大変な人気になりました。

温泉の成分は有馬温泉を分析した成分を用い、蒸気罐を用いましたので、京の人は大変珍しがりました。

入り口は長楽寺の方にあり、正面は画像のように唐破風の造り、大額に英文で「人工温鉱泉、主として炭酸鉄を含む」と書かれていました。

さて、ここが順風漫歩に市民の憩いの場になったかと言うと、この人工温泉は意外な方向に向かって行きました。と言いますと、吉水温泉が出来ると、附近に沢山、男女密会の席貸ができ、女連れの放蕩児が出入りするようになり、入り口近くに瞰見楼もでき、吉水温泉も、緑江さんの言葉によると、悪い遊興場になってしまったのです。

明石等の理想は吹き飛び、同志の人々も手を引き、経営は次々と代わり、元々高めの入場料もさらに高くなり、遊楽場として有名になりました。

結局、明治三十九年四月十八日に起きた也阿彌ホテルの火災で吉水温泉も跡形も無く焼けてしまいました。

現在、スーパー銭湯や、人工温泉のラドン湯やトロン湯、温泉入浴剤まで、そのルーツは明石博高にあると私は思います。

さて、吉水温泉の建設中、明石は毎日のように視察にきており、ある日、誰かが初代(現在は二代目)の円山公園の枝垂桜を切ろうとしているのを見たのです。

明石が問いかけると、この男はその附近の雑木とともに枝垂桜も払い下げを受けたので、切って印材にするとのこと。

「印材にして売るといくら位のものや」

「マア五両位になるでしょう」

「それなら私に五両で売ってくれ」

契約は成立、男は伐採の手間が省けると喜びました。

円山公園の有名な枝垂桜を救った人としても、明石博高・・・決して忘れてはならない名前です。

参照:『円山公園上』『円山公園下』田中緑江

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                    吉水温泉遠景

by gionchoubu | 2017-05-19 11:15 | Comments(0)