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大津、柴屋町ぞめき 十八
『嬉遊笑覧』の巻之九は三都の遊郭の遊所以外は名前を挙げるぐらいですが、柴屋町には項を設け、纏まった記述が有るのをみれば、矢張り全国に名を馳せた遊所であったのが分かります。一番長い記述の『色道大鑑』からの抜粋以外を並べると、
『一代男』「都に近き女郎の風俗もかはり、端局(はしつぼね)にもいふ声のたかく、ありくも大あしにせはしく、着る物もじだらくに帯ゆるく、化粧もめだつほどにして、よしあし共に三線をにぎり、づをふってうたふ。立寄ものは馬かた、丸太舟のかこ、浦辺のれうし、すまふ云々。此処をいさかひの場にして命知らずのより合、身を持ちたる者の夜ゆく処にあらず。」
『永代蔵』「大津近年問屋町長者の如く、屋作り昔にかはり、二階に撥音やさしく、柴屋町より白女よびよせ、客の遊興昼夜かぎりなし(此事延宝頃には止みたりが、又貞享ころより再興したるのや」
『丹前能』「柴屋町、格子女郎、禿あり。挙屋を中宿といふ。端女郎、小家に青のれんかくる。局といふ」
さて、前回の続き、売防法施行から十四年たった昭和四十七年の住宅地図を見てみます。現在、大和屋さんの南筋と北の豆信さんの北筋は、生活道路として柴屋町遊郭に含まれなかった筈ですので、そのサンドイッチの部分のお店を見ていきます。お茶屋で確認できるのは、久の家、日比野、山春、君の家、近江咲の五軒、あと山下は個人名として確認出来ますが、お茶屋と断定できません。
旅館 料理旅館大津会館、料理旅館KK小島屋、葵花旅館、川房旅館、奈加喜旅館、松の家も旅館だと思います、
寿司屋 ふくすけ寿司、中川寿司、寿し喜太八、川よし
料理屋 春の家、ハル、きくや、兼石(画像)、ひろせ、神雷、美籐、河、宝来食堂、よしだ食堂、桂家、ひさ、グリル花柳、ひさ、神雷支店、信子、寿賀の家、みよこ、岡本、のと半、
お酒系 クラブつづみ、のんべ安、酒房島津、洋喫茶キミー、スナックとし子、バーアサ、洋酒喫茶タカ、酒房ジュピター、クラブ夜の蝶、バーいづみ、ワインコーナー、クラブミンク、スナック忍、スタンドおひろ、洋酒喫茶隠岐、クラブスワン、バーミリオン、洋酒喫茶比叡(現洋菓子専門店エミリア)、スナックコケ、洋酒喫茶オアシス、クラブ桔梗
喫茶系 美喜、カフェボィオパラドス、喫茶鶴、
その他(よく分からない) ブラック乙、司(現在ビストロ司の看板あれど廃業)、チロル、ヴィナス、ニューちくぶ、たづ子、つくし、ジャンゴ、チェリー、ぎおん、綾、ニューミリオン、ニューコンパ、たこ春、富士屋、かたたや、日の出屋(現在ヒノデヤ、ワインルーム)、にらく、
又、ソフエ楼といういかにもな名前が見えますが、こちらは船頭町なので区域外だと思います。また昭和三十三年版の商工名鑑では料理屋のようです、経営者の祖父江からきているのが分かります。
そして、サウナアポロ、マージャンの一力荘があります。
限られた区域にこれだけの料理屋、スナック、飲み屋、バー、クラブ・・・遊郭あってこそこれらの店に客が流れるのに、遊郭・赤線が廃止され、旧貸座敷の業者の転業を中心にこれだけの店が集中すれば、大津中のグルメ、グルマン、お酒好きが集っても過当競争では無いでしょうか?
区域以外の豆信さんと大和屋さんが健在なのに、旧免許地の殆どの店が現在は姿を消しています。
by gionchoubu
| 2017-02-02 11:45
| 亡くなった滋賀の遊郭
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