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大津、柴屋町ぞめき 十七

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『艶本紀行 東海道五十三次』で著者の林美一さんは「こうした色街の話は、関係者の中には記録する者がいないから、第三者が小まめに聞書きをとるしか仕方がない。地方の遊里資料が今日非常に乏しいのも、実際に遊びに行くような人は、野暮な記録を残すような性格の人と違うからである、柴屋町の資料も、見番に道中の下駄や傘などまで残っていたそうだが、戦時中の昭和十八年に書類とともに二束三文で古道具屋に処分されてしまった。」と語っています。

成程、野暮な上、無神経が加わる私には、こういった聞書に向いているのかもしれません。

さて、今回と次回で売春防止法施行後、花街・赤線の両面を持った柴屋町の姿を追ってみたいと思います。

まずは昭和三十三年三月一日滋賀日日新聞より

「大津柴屋町(上、下馬場町)の遊郭七十八業者は湖楽園の五十三業者と寿倶楽部の二十五業者ともにそれぞれ事務所で最後の打合せを行ったのち廃業届けをまとめて大津署へ提出した。

この日の遊廓は朝から従業員がダンス、鏡台などの持物を処分するのにリアカーで持ち出す姿もみられ、業者の役員が郭内部をあちこちと忙しそう。

夜に入っては最後の遊郭というので、どの揚屋ともなじみ客でにぎわい、ひやかし半分の客に“最後どすえ”とよびかける引手の声も活発で、ドタンバの姿をみせていた。

業者の売春は午前零時以後は三月一日というので、それまでで打切り、泊り客は受付けないという徹底的な廃業ぶり。

きょうは一日は午後一時から湖楽置屋組合事務所で、最後まで残った湖楽園四十三人と寿倶楽部の三十人の従業人の合同解散式を行い、各従業婦の合同解散式を行い、各従業員には組合からそれでも一人三百円の弁当代を贈り、あとは各楼主がめいめいに送別会や一人三千円から一万円くらいの“せんべつ”をおくる。


一方貸席専門の大津花町組合の業者十六軒は、従来のような貸席での飲食ができないというので二月末で料理屋への転業?請書を大津署と大津保険所へ提出、みどり会は所属の芸妓は置屋、検番などが廃業したため各自の家から直接営業することになった。」

林美一さんの話を続けると、

「昔を知っている故老たちも次々と亡くなってゆく。明治八年に近江に生まれ、百姓が嫌いで四十二年に家・土地を売り払って二百五十円の金を作り、下柴の株を百七十円で買って遊女屋を始めたという村瀬竹松さんからいろいろと古い話を聞いたが、こんな話を聞けるのもいまのうちだろう。

何しろ十三の年から遊んだというのだから近県の遊郭はみななつかしき古戦場である。

明治二十三年(と、言うことは十五歳)、伊勢へお陰参り行って、通りがかりに関の女郎屋にひょいと上がったという話をしながら、“ええ時代でした。こんなええもん、なんでやめさせるんやろか”と竹松さんは八十七歳とはとても見えぬ若い眼をほころばせる。いつかまた、ゆっくり話を聞きたいものだ。と思いながら辞去したが、早いもので、それからもう丸十七年たってしまった。」

売春防止法施行前の、ごく一般的な男性の声と言うことが出来るでしょう。


by gionchoubu | 2017-01-30 12:27 | 亡くなった滋賀の遊郭 | Comments(0)