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by gionchoubu
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大津、柴屋町ぞめき 十三

二月六日の紙面では、婦人相談所が一月中に赤線の全従業員戸別訪問したところによると、従業員は昨年末三百一人だったのが、一月末には二百五十人程度に減少、このうち帰郷希望者が百七十人と圧倒的に多く、ついで芸妓希望者が二十五人くらい、結婚するもの十五人ぐらい、その他女中、仲居希望十二、三人、成り行きまかせ、と答えたもの三十人ぐらいだと伝えてます。
県対策本部は、業者が提出した従業婦の転職希望を絡み合わせて実態をつかみ、今後の対策を練る模様。
県下の七つの赤線では、二月まで従業婦を全員解放、三月中に転業準備しようと、一月四日の県貸席連合会で申し合わせましたが、業者の中には三月中は営業しても罰せられないことを良い事に、店を閉めて裏口営業を三十一日まで続けるところも多いいだろうとの事でした。
二月九日には、「売春防止法でネコご難、ネコとりが横行、一匹百円で三味線の皮」にという文言が紙面を踊り、赤線の従業婦から芸妓に転業するなら当然三味線の需要が上がるという事で、一ちょうの三味線が二匹のネコの皮を使ことからネコ取りが横行、八日市市内のある町内では数十匹いネコが数日間に二匹になったとか、愛知郡のある町ではネコが殆ど居なくなったとか、毛は筆になり、肉が加工業や屋台にカシワとして流通するなど、売春防止法余波を伝えています。
二月十一日にも「帰郷組にも指導、県が売春問題で厚生部会」の見出しが載り、一月末に滋賀県の赤線従業婦は二百三十三人で、その内訳が大津、八十九人、草津、三十三人、水口、九人、近江八幡、三人、八日市、二十人、彦根五十四人、長浜二十五人とのことで、転職希望者の希望職種の詳細がのりました。
帰郷希望者百四十四人のうち、県内二十三人、帰郷が百四十四人とのことでした。当然滋賀県より他府県の赤線等で働いて帰郷するものもいるので、他府県との連絡を密にして、再びこの道に入らないように婦人相談所が職業斡旋等に努力するとの事でした。
三十年近く遡りますが、昭和五年六月調べの『公娼と私娼』によると、滋賀県の娼妓三百八十八人の内、滋賀県出身者は二十九人、僅か7%です。矢張り地元で娼妓になるのは可也の抵抗があり、この7%も士が県内でも地元から離れた所で働いていたと見てよいでしょう。
この年、滋賀県出身者の娼妓二百十五人のうち、大阪、京都で働いていたものが、百十七人と54%に達し、地元は避けたいが、余り離れるのも嫌だという娼妓の心理が浮き彫りになります。
因みに東京の娼妓総数二千二十六人の内、滋賀県出身者はわずか4人、東京の遊廓で滋賀県の女にあたる確率は0.2%という事になります。
さて、日日新聞に戻ると、二月十二日「県売春防止対策本部の方針きまる、旅館兼業など禁止、従業婦は引続き雇えぬ」が一面の最初の記事を大きく飾りました。その骨子は
1 売春の恐れのない業種への転業を指導する。
2 二つ以上の風俗営業を営んだり、または風俗営業と他の特定業種と兼業することは認めない。
3 お茶屋は料理店としか認めない
4 各業種への転業は関係法令基準に基いて許可する。
5 従業婦は引続き雇用はしていけない
との方針をきまりました。 詳細は次回に・・・
by gionchoubu
| 2017-01-18 13:20
| 亡くなった滋賀の遊郭
|
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