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by gionchoubu
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大津、柴屋町ぞめき 九

先日、渡辺豪さんがカストリ出版で復刻させた、松川二郎著『歓楽郷めぐり』に大正時代の「大津の柴屋町」の項がありました。
松川によれば、大津は「活気に乏しい町ではあるが、それだけ何処か落ちついたところがあって、旅の歓楽を逐ふ旅客に取っては、どうしても逸することのできない土地の一つであった。歓楽境といふ文字は少し当ってないかも知れないけど、土地の遊びに飽きた京都や大阪の紳士達の遊びにゆく所」と筋金入りの遊び人としての思い入れを語ります。
そして松川はお気に入りの紅葉館に滞在中、大津絵を聞く為に上馬場から呼んだ芸妓の一人、Kとの淡い、少し距離をおいたお付き合いの話をします。柴屋町の花街の話はそぞろで、寧ろこのKとの想いでを振り返る為、柴屋町を選んだような気すらしてきます。
大津ならではの遊びに、汽船やモーターボートやスワンボートに芸妓を乗せ、琵琶湖上で遊ぶ「ボート芸者」の話もでて来ます。一流の芸妓は決してしない事、かならず掟として仲居も同行するなどについて、新旧交差する時代が生んだ遊びが紹介されます。
そして、大津の芸妓や仲居の紙入れの中には、笑絵とともに、かならず一、二枚大津絵がはいっており、げほう大黒が無病長寿、藤娘は良縁を得られると信じられていたそうです。
松川がKと出合った大正七~九年頃、古老によれば、柴屋町一千年の歴史の中、近代の遊女きっての美人、大学という名の娼妓の話がS33しが日日新聞に載っていました。
当時、遊女の髪が島田、チョウチョと行った時、大学は女優まげの洋髪のインテリで、女学校卒業後大津のある新聞社に女事務員として勤めていたことも、当時の人の好奇心をそそりました。
事情あって君勝楼に三年、三千円の借金で娼妓になり、その人気は一月で千円稼いだ超のつく売れっ子で、君勝楼を太らせたといいます。一時間一円五十銭の時代です。
娼妓ながら県庁のお役人の上柴の席にも呼ばれ、芸者仲間より群を抜いてもてはやされ、大学を買うには、三日前から申し込みがいる程でした。
昭和三十三年、新聞に記事が出た時、四十年をすぎたにも拘らず、大津の古老の脳裏に面影をのこす大学・・・二十四で年期奉公を終えた大学の消息を知るものはおりませんでした。
松川二郎も愛した大津絵節を一部紹介
√げほう梯子ずり、雷太鼓で釣をする。お若衆は鷹をすえ、塗笠おやまは藤の花、座頭のふんどし犬くはえつけァ仰天(びっくり)し、杖をば振上げる、荒気の鬼も発気して、鐘撞木。瓢箪鯰でおさへませう。奴の行列、つり鐘弁慶、矢の根五郎。
おやま、とは関西で遊女の事です。

by gionchoubu
| 2017-01-07 12:10
| 亡くなった滋賀の遊郭
|
Comments(4)
昭和40年代に
祖母の遠縁が撞木町にいて
祖母と遊びに行きました。
私は事情も知らず、おやまのおばちゃんと呼んでいました。
両親はヒヤヒヤしていたそうです。
祖母の遠縁が撞木町にいて
祖母と遊びに行きました。
私は事情も知らず、おやまのおばちゃんと呼んでいました。
両親はヒヤヒヤしていたそうです。
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