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大津、柴屋町ぞめき 八

大津、柴屋町ぞめき 八_f0347663_14071422.jpg

大正四年、中村紅雨著『大津名勝案内』に柴屋町遊廓の項があるので紹介します。

札の辻より五町なり。享禄年中(西暦1528年前後)佐々木氏の青地市右衛門戦功あり、大津近邑を領し、馬場を設け桜を裁へて騎射を為す、当時鍵屋又右衛門と云へるもの請うて此地に茶亭を設け遊女を置きて遊廓と為せり。

慶長以後徳川氏の許可を得て傾城町となし馬場町と名くと、又京極氏大津城主たりし時、轡屋の娘に長柄の朱傘を与へ茶立と称して八町本陣に宿泊せし大名に侍せしめたるにはじまり、元禄年間本曲輪(日本四曲輪の一、四曲輪とは吉原、新町、島原、柴屋)となるとの説あり。

今は上馬場下馬場の二町に分たる、近傍に大黒座あり、市内第一の劇場なり、大黒座前より東数町の間は商家日檐を列ね市内繁華の中心たり。

殊に菱屋町丸屋町の一六市は大津名物の一なり、菱屋町に寄席博秀館あり、階下は歓商場にて各種の物品を即売す、丸屋町には劇場朝日座あり、之と斜に相対して勧商場あり。大黒座より約一町、小川町に青龍寺あり。

この時代の遊廓の案内はどれも当たり障りのない内容で、こちらも柴屋町の由緒を述べただけで、どちらかというと、劇場、寄席の案内のようです。ちなみにグランドメゾン浜大津が大黒座跡です。

大正三年の地図をみると、今回画像に載せた豆信が料理店として下馬場廓の北東角に有り、その南、現在の薬局の所に下馬場の三業組合が載ります。上馬場の三業組合事務所は四ツ辻のすぐ南、東側にあり、大黒座は上馬場廓現在の商店街を東角の梅の家の東に書かれています。

大正十二年の『大阪を中心とせる近県電話帳』には

下馬場町  一、個人名
      九、蛭子屋
十六、島屋
     七一、ナベヤ
     七三、立花屋
     七十、近江咲
     八六 一二三屋    
     六四 下馬場町三業組合遊廓事務所
上馬場町  二、金繁
      三、小島屋
      十、大よし
十一、金繁
十五、金勝
二十、個人名
二三、大房
二九、富久
     三五、小島屋
     三六、中勢
     四一、大辰
     二三、下馬場町三業組合遊廓事務所
同じ貸座敷が複数載るのは、屋号と経営者宅が別々で、二箇所載せた可能性があります。



by gionchoubu | 2017-01-04 14:08 | 亡くなった滋賀の遊郭 | Comments(0)