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by gionchoubu
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盆屋からラブホテルまで 前編

享和二年(1802)、滝沢馬琴の『羇旅漫録』の総嫁の項に「総嫁は二条より七条までのかはらへいづる。河原にむしろかこひしてこゝのて夜合す。」とあります。
総嫁は路傍に立って客を引く女で、室町時代では立君と呼ばれ、古歌に「宵の間はえりあまさるる立君の、五条わたりの月ひとり見る」があります。
又、『見た京物語』に「京の立君、声をたてて呼ぶなし。皆鼠啼なり」、つまり女が客をひくとき「もしもし」と声をかける代わりに、鼠の啼く声を真似て客の注意をひいたものです。
この総嫁は主に京都、大阪で使われ、江戸では一般に夜鷹と呼ばれました。その他これらの女は、辻君、夜発(やほち)と、時代により名を替えたものの、下等私娼に変り有りません。
さて、江戸、大阪では夜鷹、京都、大阪では総嫁と呼ばれたように、男女密会の場所も江戸では出会茶屋、京都、大阪では盆屋といいました。この盆屋の発祥は壬生の盆茶屋にあるという説もあるものの、
この盆屋は、一般の男女の密会の場所以外、プロの女性が、それを買う男と入る場所としての利用がありました。
この盆屋にかんする記述は滅多に見られないものの、昭和二十六年発行『大阪弁』みなみ特集で宇野浩二氏が「暗い町(芝居裏とぼんや町のこと)」に記述があります。これは大正九年発行の『夜の京阪』から抜粋された氏の思い出話なので、明治の後半の話と思われます
大阪には、いわゆる盆屋街というものがあり、どこも同じ格子造りの家が並び、家毎に四角な行燈が入口の脇に掛かり、金釘流の女文字で屋号が記されていました。
さらに入口には浅黄色の暖簾が掛かり、その奥のたたきから階段で、店の人と顔を合わせることなく二階の部屋に上がれるので、人を憚る男女の密会には最適、というより明らかにその目的で造られたものでしょう。
盆屋の由来は、二階の部屋毎に小さな盆が置いてあり、人々は銭をその盆に居れ、全く家人と顔を合わすことなく、利用が出来たのが由来と云われています。
場所は書かれていません。「私の町の方から千日前に行く前の辺を横町におれて、成るべく電燈や瓦斯の灯の少ない所」ということです。
南地五花街のすぐ東、日本橋の向こう側に、ラブホ街があります。繁華街から遠からず、近からず、私はそこが嘗てのその盆屋街に思えて仕方ないのです。
by gionchoubu
| 2016-10-12 14:24
| 私娼
|
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