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by gionchoubu
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島原遊郭ぞめき 太夫道中5

松本楼が面していた太夫町を省いたのでしょう。
前回は、昭和二十四年の太夫道中の文化・文政時代までの女人の時代風俗をみてきました。今回はその続きで、
明治初期時代 新造 勝代、太夫 駒太郎、太夫 富貴
ここまでが島原芸妓による太夫の扮装で、以下が現役太夫による道中になります。
現代 九重太夫 禿、青木喜久子 同、高井昌子 引舟、千代
玉袖太夫 禿、高田正美 同、松本善江 引舟、清子
美吉野太夫 禿、青木功子、同、西本幸子 引舟、満子
光扇太夫 禿、細村君子、同、若村和子
尾上太夫 禿、中田薫、太田洋子、北村智栄子、筆蔵京子、小川ハル子、長谷川トシ子、北村ナガ子
引舟 婦美子
昭和二十四年の『島原太夫道中しるべ』に「八字を踏む由来」(内八文字)が載っています。他の資料等であまりこの件に触れていないようなので抜粋しておきます。
太夫が道中に「八字」をふむ由来について種々言い伝えられているが、何分大きな頭飾りや、大きな着物、打掛を着ているので早く歩けない、当時は御所の人、寺院の僧侶などが正装をして「静かに練りあるく」場面が往々にしてあったので、この風習が島原にも取入られたものと思われる。
この後京都新聞を追いかけると、戦後二回目は昭和二十八年に行なわれています。この翌日の京都新聞を見ますと「後三時から花曇りの空のもと可愛い、子供の如く花車を先頭に行列は組合事務所を出発寛永、正保時代から年代順に文化、文政、明治、現代と移り玉袖、九重、美吉野、火扇、春日、君太夫と禿引きわたり古典艶麗な風俗絵巻をくり展げて同四時過ぎ道中を終った。昔にかえって無料公開というのが効いたのか数万の人が押しかけ道中開始二時間前に大門を閉じるという盛況であった。」
そして、私が調べた限り、島原の廓内で最後となった道中が昭和三十年のもので、矢張り翌日の京都新聞に「三本歯でシャナリ二年ぶりの島原太夫道中」が載ります。
このときも島原の芸妓が寛永~明治間の太夫風俗に身をかため練り歩いた後、現役太夫である初音、小車、九重、美吉野、玉袖がきらめくカンザシ、素足に黒塗りの三本足の高ゲタ姿で練り歩きました。

by gionchoubu
| 2016-08-11 11:08
| 島原遊郭
|
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