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島原遊郭ぞめき 養柳会

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                    大正時代末の島原の芸妓

出口の柳に青柳踊り、柳会に養柳会と、柳は島原の象徴でした。

『技芸倶楽部』によりますと、柳会主催の第十三回常磐津会が昭和六年六月に開かれ「将門」「加賀見山、部屋場」「高砂むこ上ノ巻」「高砂むこ下ノ巻」「松の羽衣」が演目となってます。

昭和十年五月二十六日、第二十回の「常磐津演奏会歌詞」が京都府立史料館に所蔵されていましたので、年二回ほど催されたのでしょう。

同じく京都府立史料館に昭和十一年十一月の十日、十一日に養柳会の「第十回技芸奨励会番組」も書庫にありました。この技芸奨励会は温習会と思います。
目次を見ると、長唄、清元、常磐津と、十番組・・・島原芸妓の心意気がひしひしと伝わる思いです。

戦後の島原は京都市右京中央図書館に昭和三十二年、三十四年、三十五年の京都花街合同舞踊大会で窺い知る事ができます。期間は六月の第一週の三日間で、先斗町、上七軒、祗園甲部、祗園東新地、宮川町そして島原の六花街で、昭和三十二年が第九回ですので昭和二十四年から催されてきたと思います。会場は何れも祗園甲部歌舞練場が会場です。

昭和三十二年の番組を見ると 午後二時の部で、島原は常磐津舞踊「浮かれ小僧」を、語り、志づ子、芳子、記代子、三弦、登美栄、ひろ子、上調子、富菊、踊り手は三日とも狂女、初代、小僧は一日と三日は登代子、二日が千賀子です。

この時祗園甲部は「蛍狩り」で一日、二日、三日、それぞれ立ち方が八人ずつ、計二十四人に重なる名はありません。一方島原は、花街としての芸妓数、立ち方、地方合わせて二十人の規模では限られた舞踊の演目を出すしか有りません。

同年、午後五時の部でも、島原は長唄舞踊「五月雨」を立ち方三日とも千賀勇一人のみが務め、唄は登美若、志津づ子、芳子、ひろ子と、将に総力戦で望んでいます。

昭和三十四年、第十一回は、午後二時、常磐津舞踊、「松廼羽衣」、午後五時半の部、長唄舞踊、「鶯宿梅」

昭和三十五年は第十二回、京都花街国民健康保保険組合設立記念として島原は二時開演が長唄舞踊「色模様五ツ傘」、五時半開宴の部が長唄舞踊「巽八景」

『京都年鑑』によると、昭和三十六年、「横笛」「角兵衛」昭和四十年に「三保の松」ともう一つは記載なすい、昭和四十一年に「関三奴」「豊島」を確認できます。


by gionchoubu | 2016-07-12 16:49 | 島原遊郭 | Comments(0)